この世界は、生きづらい
計画は一夜にして潰えた。
ランザ公爵は賢者の石を用いた国家転覆の疑いとして王都へと連行されたが、表向きには洗脳魔法を用いた死者数2名の殺人事件として扱われた。
紫陽花の話では、ランザ公爵は生きてこの地に帰ってくることはないとのことだった。
昨晩、私はランザ公爵の側近でありながら事の顛末をただただ見守ることしかできなかった。正義とはいったいなんだろうか。ランザ公爵の真の目的を知ったとき、私は内心「そんなはずがない」と永遠に反芻していた。
この5年間、ランザ公爵は港町の住民のために死力を尽くしていた。日々増える悪魔や魔物の襲撃に備え、ランザ公爵自らも寝る間も惜しんで訓練に参加してくれていた。襲撃のときは矢面に立って指揮もしてくれていた。
今思い返すと約3年前が私たちの正義の分岐点だったかもしれない。
ランザ公爵は日々頭を悩ませていた。悪魔と魔物による住民の被害は年々増加の一途をたどっていた。このペースで進むと近い将来、港町は没落する。もっと根本的な解決策が必要なところまで港町は追い込まれていた。私たちは文献を読み漁り、悪魔のルーツや魔物の対抗策、そして、魔法、ありとあらゆる情報をかき集めた。その中で、たった1つだけ賢者の石に関する情報があった。
我々は即座に賢者の石に関する情報を集めた。情報はほとんど存在せず、最終的にたどり着いたのが反紫陽花派と組織だった。当時の私たちは藁にもすがる思いで、反紫陽花派に賢者の石に関して相談をした。
賢者の石は先大戦で世界中で使用された。賢者の石を持ったまま戦死した者の遺体から、悪魔や魔物がそれを持ち去ることは少なくなかった。賢者の石の見た目が宝石に酷似しているからだ。
持ち去った悪魔や魔物が冒険者などによって討伐されると、賢者の石は戦利品として一般的な宝石と同じ様に売り払われた。その結果、賢者の石は知らず知らずのうちに私たちの身近なところに存在しているということがわかった。
賢者の石の見分け方は実に簡単であった。賢者の石は吸血鬼の血から作られるため鏡に映らない。私たちはランザ公爵の持つ宝石を1つ残らず調べた。その中から賢者の石を2つも見つけることができた。
私たちは早速実験した。詠唱魔法が使えない者でも、高威力の魔法を安全に使用できる便利な物に、我々は高揚した。私は詠唱魔法を習得するのに3年かかった。これでも王都の魔法学校では早い方であった。それに似たことを魔法理論がなくとも意図も簡単に扱えるこの石に、私たちは未来を託すことにした。
それと同時に紫陽花が悪い存在と思えるようになった。紫陽花は賢者の石を独占していると教えられたからだ。賢者の石はもっと人々のために使うべき、私はそう考えていた。
ランザ公爵の行動に変化があったのはここからだ。突然、魔法兵に奴隷を使うと宣言をした。私は当然反対した。港町の防衛隊は優秀な者が多く、その者たちを使う方が明らかに合理的だからだ。しかし、ランザ公爵の考えは変わらなかった。今まで魔法を扱っていない者が突然魔法を扱うのは危ない、そういう理由だった。納得はできるが、奴隷は非合法であるため理解はできなかった。
ランザ公爵が購入してくる奴隷はどれも優秀な人だった。最初から魔法が少し使える状態で、とても従順で言うことをよく聞いてくれる。ランザ公爵自身も奴隷を人として扱っており、私はだんだんと非合法であることが薄れていってしまっていた。
私たちは順風満帆に事が進んでいた。成果はすぐに出た。賢者の石の能力はとてもすごく、たった1人の魔法兵でグリフォンを圧倒した。弓兵では10人程度必要な魔物をたった1人で。この件は私たちのみならず港町全員が歓喜した。
これを気に、ランザ公爵は奴隷と宝石を大量に購入し始めた。ここが分岐点だったかもしれない。
当時の私はこの点に関して何も違和感がなかった。違和感がないというよりは高揚と慣れで何も気が付かなかったが正しい。ただ、気がついていたとして止めることができただろうか。おそらくできなかったとは思う。私がランザ公爵であれば、過剰戦力は他の街に派遣するため、港町が大きくなったときの備えなど言いようがいくらでもある。私はおそらくそれに賛同していたはずだ。
私はランザ公爵不在のこの豪邸を任されている。防衛隊の指揮も私だ。昨晩の事件はランザ公爵の1人がすべての罪を被るように紫陽花が仕立て上げたからだ。私自身、加担をしていないと言えばそうかもしれない。だが、側近として止める機会はいくらでもあった。これから先、私もまた同罪だったのではないかという疑念を抱えて生きていかなければならない。そう考えると不意に不安に押しつぶされそうになる。
1日、2日と経過し、私は自然と紫陽花の家の前に来てしまっていた。
「最近思ったんですが、ネルフィナさんって結構食べますよね」
「そ、そうでしょうか…、これでも私は少食な方でした…」
「フィーネさんの料理が美味しくて…つい…」
「いいのいいの!もっとたくさん食べても大丈夫なんだから!」
「そろそろ行ってきますね」
「はい!いってらっしゃいませ」
扉が開き、紫陽花の人と目があった。
「…、あ、ランザ公爵の」
「すいません、今、よろしいでしょうか」
道中一切の会話をせず、私は行きつけの店へとお連れした。ここは、普段から突発的な防衛隊の打ち合わせに利用させてもらっており、貸し切りができる唯一のお店だ。
「ここは私がよく利用させてもらっているお店で、今は貸し切りの状態です」
「会話が外に漏れることはありません」
「なるほど、ランザ公爵のことでなにかありましたでしょうか?」
「ランザ公爵閣下を…、ランザ公爵を止めていただきありがとうございます」
「私は側近でありながら、止めることができませんでした」
「いえいえ、あなたも巻き込まれた側では」
「私は、本当に巻き込まれた側なんでしょうか」
「知る機会も、止める機会も、あなた方に比べたら何度もありました」
「それは今だから言えることなのでは?」
「そうかもしれません。そうだと思いたいです」
「ただ、私も、賢者の石でこの街を、この世界をよりよくしたいと思っています」
「その考えは今も変わりません」
「ランザ公爵も目的は違えど、思っていることは同じだったはずです」
「考え方が同じなので処罰してほしい、そう聞こえますがあっていますか?」
「…はい」
「すいませんがそれはできません」
「人の思考まで考慮して処罰するのはさすがに国としてもやりすぎです」
「ランザ公爵は明確に国を滅ぼす為に準備、行動をしていた」
「あなたは、それを別の目的で動いていた」
「幇助が成立かどうかも怪しい状況です」
「じゃあ、あなたは、紫陽花は私にこの重圧に耐えて生きていけと言うんですか」
「賢者の石が行き着く先が武力による解決になることは私も認識はしていました」
「ですが、これに頼る他なかった」
「これが正義であると思い行動していました」
「行き過ぎた正義は正義ではありません」
「私は行き過ぎた正義を黙認していました」
「先大戦のことをどれだけ知ってますか?」
「…、一通りは全部」
「先大戦でも今回のような事件は何度も発生していました」
「我こそが魔族を駆逐し、世界を平和にする」
「そういった志を持った人が大勢現れました」
「人類側の士気は常に高く、すべての戦場で勝利するまで至りました」
「しかし、ある考えが人類側の同士討ちに発展しました」
「最も戦果を上げたものが人類の最高指導者になる」
「自然とそういうものという考えが戦場に定着してしまいました」
「その結果、主要人物の暗殺、人類同士で争いが発生し、人類側は大きな被害を残しました」
「この話の結末をご存知ですか?」
「たしか、自然に消滅したと文献で…」
「それは大戦そのものの話ですね」
「人類同士の争いは、最終的に2つの大きな団体が残りました」
「俺はその団体の1つを壊滅させました」
「…!?」
「もう1つの団体は別の誰かが壊滅させたと聞いています」
「2つの団体が壊滅したことで人類側の内戦は終わりを迎えました」
「俺は行き過ぎた正義を黙認しなかった側の人間です」
「行き過ぎた正義を黙認した者と黙認しなかった者、どちらが正義でしょうか?」
私は答えを出せずにいた。
「ランザ公爵も先大戦の指導者もどちらも最初は正義から始まっていると思います」
「ただ、客観的に見ると、どちらも行動が悪そのものだった」
「邪魔するものは間違った思想なので排除するという行き過ぎた正義を掲げだした」
「俺はそれを止めた」
「結果を見ると俺が正義のようにも見えますが、団体が人類の指導者になれば、魔族に怯えることのない世界になっていたかもしれません」
「ランザ公爵も安全、安心で住みやすい地域にしていたかもしれません」
「まあ、どちらも最終的には自爆魔法に頼るという、とち狂った行動をしてきましたが」
「もう一度問います。どちらが正義だと思いますか?」
紫陽花の方とはこの会話の後に別れた。
私は正義について考えた。当初私は私自身が悪に染まったと思い込んでいた。
しかし、私は処罰されなかった。
正義は結果論であり動機論であることは十分に理解している。答えが無い難問であることも理解している。しかし、私は怖かった。自分の信じていた正義が悪であるという事実に目を向けることが。
一晩中私は考えた。しかし、答えは見つからなかった。見つからないこともわかっていた。しかし、私は心の拠り所として答えは見つけたかった。そうして私は1つの考えにたどり着いた。私は私の正義が本物だったかを知りたい。
翌日、私は紫陽花の家の扉をノックした。
「はーい」
「何度も申し訳ありません、紫陽花の方は居ますでしょうか」
「ど、どちら様でしょうか?」
「申し遅れました。私ランザ公爵の側近の、セラ・サーフです」
「ランザ公爵の…、少々お待ちください!」
「ユーさん、お客様がお見えになってますよー」
「はやく起きてくださいー」
朝早くに来すぎてしまったようだ。大変失礼なことをしてしまったようだ。
「おはようございます…」
「朝早くにすいません。今よろしいでしょうか」
「構いませんよ。今日はここで会話しましょうか」
「よ、よいのでしょうか、込み入った話になるかもしれませんが」
「問題ありません、さあどうぞ」
私は家にお邪魔することにした。往訪は2回目だが前回とは目的が異なり多少緊張する。
「紅茶をどうぞ」
「ありがとうございます」
「この紅茶…、この地域の物ではないですね」
「あ、わかりますか!私が家から持ってきた紅茶葉です」
「失礼ですが、ご自宅はどこでしょうか」
「ルビアシ領のアカネ村というところです」
「ルビアシ…」
「あなたは私が悪くはありませんか?」
「え、どうしてでしょうか?」
「私は、私たちはルビアシ領から奴隷を購入しておりました」
「あなたも…、そうなっていた可能性があったのでは」
「うーーん、そう言われるとそうですね。だんだん悪くなってきたかもしれません」
「そう…ですよね…」
「でも、あなたはそこに気をかけてくれるということは、少なくともあなたは奴隷を利用するなんてことしないんじゃないでしょうか?」
「なので、私はあなたが悪くはありません」
私は紅茶を飲む手が止まってしまった。この方はとても純粋だ。
「セラさんどうしました。お口に合わなかったでしょうか」
「あ、いえ、少し考え事を…」
「お待たせいたしました」
「答えは見つかりましたか?」
「…いえ、答えは…」
「答えはありません」
私は紫陽花の方の表情が自然と和らぐのがわかった。
「とてもよい目をしていますね」
「ユーさんは、この方のような赤い目がお好きなんですか?」
「え、どれどれ」
「ネルフィナも見たいです…」
「みなさん落ち着いて!そういう意味ではありません」
「不躾ながら1つお願いがあります」
「賢者の石を私に預けてほしい」
「ですよね?」
「な、なぜそれを」
「違和感に気がついたのは我々がランザ公爵を拘束しにいったときです」
「あなた側近でありながら、一言も発しず、何も行動をしなかったですよね」
「おそらく何か葛藤していたはずです」
「確信したのは昨日のお茶会ですね」
「俺は正義なんて言葉、一種のまやかしかなにかと思っています」
「あなたは迷っていた」
「お察しのとおりです」
「私は正義に囚われ過ぎています」
「すぐに考えを改めることもできそうにありません」
「私は自分の信じた正義が本当に正義となるか確かめたいのです」
「お願いします」
「賢者の石を私に…」
「よいですよ」
「当初よりそのつもりで動いていました」
「昨日も、今日もその手続でこれからまた仕事ですが」
「これで救われるのであれば安いものです」
「ただし、紫陽花の監視下付きというのが条件ですが」
「あ、ありがとうございます…」
私は会話のあとすぐに帰宅する予定だったが、話に流れから昼食もご一緒することになった。
「フィーネさんの料理、とても美味しいですね」
「そうでしょうそうでしょう!私の妹ですもの!」
「俺もフィーネさんの料理は天下一品だと思いますね!」
「2人ともおだてても何もでませんよ」
「セラさんにはあとで美味しいデザートを用意しますね」
「私もデザート食べたい…」
「ネルフィナちゃんはちょっと食べ過ぎなので我慢しましょうね」
「こんなに賑やかな食卓はいつぶりでしょうか」
「まあ、賑やかすぎるときもありますがね」
「1つ質問よろしいでしょうか」
「はい、なんでしょう」
「落ち着いてきて思ったことがあります」
「この世界は、悪魔や魔物の被害が後を絶たなくなってから、自分のことで精一杯なことが多くなりました」
「あなたも自分のことで手一杯じゃないのでしょうか」
「実際、手一杯ですよ」
「この子達のお守りもしないといけないですし、紫陽花の仕事もあります」
「じゃあ、どうして、敵側だった私のために動いてくれているのでしょうか」
「ちょっと前までは俺も同じ意見でした」
「この世界は我々には生きづらく、自分のこと以外には目を向けるのは非合理と思っていました」
「ですが、とある方が言った何気ない台詞が俺の考え方を変えさせてくれました」
「困った人には優しくしなさいってパパとママが言ってましたからね」
私は自然と笑みがこぼれてきた。
「あなたがパパママ呼びするのは不自然ですね」
「なっ!」
「ネルフィナさんはなんで泣いてるんですか」
「昔を思い出しちゃったのね、フィーネお姉ちゃんが慰めてあげますね」
この方の強さは、決して揺るがない信念にあるのではない。
何が正しいのか、時と場合で最善を選び取る。
その柔軟な考え方が、この方の強さなのだと、私はそう確信した。
私もこの方のようになりたい。
正義に囚われることなく、何が正しいのかを見極め、その正義を貫いていく。
私はそう心に決め、紫陽花の家を後にするのであった。




