この世界は、公爵の計画が存在する
「さすがに癖までは知らなかったようですね、ランザ公爵の御使いさん」
俺は会話にさり気なく身体操作魔法を混ぜていたが、この偽ナインは即座に相殺魔法で対策をしてくる。
「…なかなかやりますね」
偽ナインが使っている魔法は変身魔法と呼ばれる。これは俗称であり正式名称は幻影魔法である。意味のわかりやすさから正式名称が使われることはほとんどない。俗称のとおり、他者から見える自身の姿を変化させる魔法である。この魔法は姿を変えるが声は変わらない。
声を変えるのは変声魔法と呼ばれる。完全な変身を実現するには両方の魔法を常に同時に発動する必要があり、魔力効率がとても悪い。
「幻影魔法、変声魔法、そして、先ほどからさり気なく詠唱魔法でこちらに牽制している」
「そして先程の相殺魔法」
「あなた相当の手練れですね」
偽ナインの表情が険しくなる。
相手の動きに制限をかける魔法は多数存在する。身体操作魔法、強制睡眠魔法が直接的な魔法であれば、幻惑魔法、洗脳魔法は間接的な魔法になる。これらはすべて生物魔法に属しており、いずれも精神や神経に影響を与える魔法である。
これら魔法は基本的に詠唱魔法と相性が悪い。声として発動させると効果時間が限られてしまう。身体操作魔法が一瞬で切れてしまうのはこのためである。しかし、この一瞬の間が戦いにおいては重要である。
偽ナインは素早く移動し撹乱する。魔法での戦い方を知っている者の動きだ。魔法の発動場所を特定させなくする良い動きをしている。しかもここは室内。動きを止めるために広範囲の魔法を使ったら、家どころか術者本人も影響をうけてしまう。準備万端で挑んできたことがわかる。
偽ナインは剣を用いた接近戦も合わせて行っており、単純な魔法使いというよりは剣士に近い。俺は仕込んでいたナイフで辛うじて受け止めるが、質量が違いすぎるため受け流すのが精一杯だ。
「その動き、どこで覚えましたか」
「悪魔や魔物と戦っていて、この対魔法の動きはそうそう身につけられるものではないですよ」
偽ナインは一言も発さず、休みなく切りかかってくる。
「身体操作魔法での拘束は無理そうですね」
「教本通りの動きだ」
偽ナインの剣を受けると同時に、俺はナイフを氷魔法で凍らせ相手の剣と凍着させた。
偽ナインは火魔法で即座に解除したが、ほぼ同時に両足を雷魔法で硬直させる。偽ナインは雷魔法も即座に相殺したが、両足に視線を落とした一瞬の隙をつき、身体操作魔法によって偽ナインの動きを一瞬封じた。
「…しまっ」
偽ナインは即座に視線を戻すと、そこには誰もいなかった。
「ど、どこに」
偽ナインは注意しつつもあたりを見渡し標的の姿を探すが、全方位どこにも居ない。
俺は隙だらけの偽ナインの頭に手を触れると、魔力を存分に込めた身体操作魔法を発動する。
「残念、真上でした」
「魔法の使い方は無限大です」
「身体の一時的な拘束は、身体操作魔法だけじゃありません」
「教本通りの動きしかできなかったのがあなたの敗因です」
偽ナインは身体操作魔法を相殺しようとするが、直接触れた身体操作魔法はそう簡単には解除できない。
理由は明白で、魔力が術者から常に供給されるためである。
「さあ、こうなったら魔力量の勝負です。どちらの魔力が多いか根比べといきましょう」
偽ナインは全身に汗を流し意識混濁の状態になるまで抵抗したが、最後は当然のように俺が勝利した。
「数分くらいで音を上げると思いましたが、四半刻くらい持ちましたね」
偽ナインの幻影魔法はとうの昔に解け、女性騎士としての姿があらわになっている。
汗だくで息が上がり、目がぎりぎりの状態で開いている、艶めかしい姿で椅子に座っている。
「さあ、洗いざらい白状してもらいましょうか」
俺は洗脳魔法によって偽ナインの自白を試みる。
「ここにきた目的は?」
「…っ…くっ…」
洗脳魔法は対象の意思に反する動きを強制させる魔法だが、自白を強制させる魔法ではない。対象の自我が強い場合や思想が強い場合は、洗脳魔法は失敗し洗脳酔いだけが残る。
「女性の苦痛に満ちた表情を見るのは好きじゃないですが、しょうがない」
俺は幻惑魔法で精神を揺さぶる。偽ナインは自身の骨が折れる音、四肢が切断される感覚、目に映る恐怖、すべてが偽りと理解しつつも、その経験は本物と遜色がない。
偽ナインは肉体的にも精神的にも疲弊し、一切の抵抗を見せなくなった。
「ここにきた目的は?」
「…ランザ…っ…くっ…殺…せ…」
「広場から尾行していたのはあなたですか?」
「…そ…っ…殺せ…」
まるで悪役になった気分である。最後まで口を割らず、偽ナインは失神してしまった。
わかったことはたった1つだけだ。
「…こ…の…外道…共…め…」
唯一引き出せた情報はこれだけだったが、共という言葉から、紫陽花に相当な恨みを持っていることがわかる。
この場所が割れたのは情報屋から買ったか…。もしくは王都の内通者か…。
「イレブン、やっと帰ったにゃ」
「やっと本物のナインが帰ってきましたか」
「なんのことにゃ?」
「あとそいつ誰にゃ?」
「この人はナインですね」
「にゃ?」
俺はナインから紙を受け取る。
| 敷地の地下に大勢の奴隷を収容
| 地下に広大な魔法訓練所
「正確にはナインに化けて襲ってきた偽ナインです」
| ルビアシ領主に奴隷を増やすよう要請
| 王都にいる反紫陽花派に情報提供を依頼
「ふーん、こいつも不憫だにゃ」
| 敷地内にて決起集会が開催
| 賢者の石開放計画
「しかし、珍しく遅かったですね」
「なんかあいつらが集まってたから盗み聞きしてたにゃ」
| 紫陽花からすべてを取り戻す
| 決行は未月の一日
「え、明後日!?ずいぶん急ですね」
「こいつらからしたら何年も前からの計画にゃ」
「うちらが遅かっただけにゃ」
「今回も一応確認しますよね」
「あたりまえにゃ」
「まあ、なにも変わらないと思うけど」
「にゃ」
「あれ、今、アイデンティティを付け忘れましたかにゃ」
「殺すよ」
「ちょっとした冗談じゃないですかナイン先輩」
「じゃあ、ラブレターはこの人に持たせておきますね」
「いいと思うにゃ、持たせたら外に寝せてくるにゃ」
「よろしくお願いします」
ナインさんの歩く音で起きてしまったが、好奇心から会話を全部聞いてしまった。
盗み聞き?ラブレター?この人たちはいったい?。
「ネルフィナさん、もう降りてきても大丈夫ですよ」
「曲者はもういなくなりましたので」
やはりこの人、只者ではない。一度も階段の方を向いていないのに私がここに居ることを完全に把握している。
「ご、ごめんなさい…、全部聞いてしまいました…」
「問題ないですよ。いつか教えてようと思っていたところです」
「せっかくなので、今、全部お伝えしますね」
ハイドランジア魔法会、フィリンさんとフィーネさんが巻き込まれた事件、今のやろうとしていること。全部教えてもらった。
「ユーさんってすごいんですね」
「すごいなんてもんじゃないにゃ」
「もしかしたら世界で一番強いんじゃないかにゃ」
「さすがにそれは言い過ぎですってナイン」
「そんなことないにゃ」
「ネルフィナ見てるにゃ」
ナインさんが突然鋭い爪の手刀でユーさんの腹部を刺した。あまりにも速い。全く目で追えなかった。
しかし、ナインさんの手刀は身体どころか服まで届いていない。寸止めのような状態になっている。
「うちの全力でこれにゃ」
「こいつより強いやつがいるなら神様かなにかにゃ」
「もしかしてさっきの殺すを実践しようとしました?」
「気のせいにゃ」
「今のって寸止めじゃなかったですか?」
「そんなことないにゃ、ネルフィナもやってみればわかるにゃ」
「え?」
「ネルフィナさん怪我と傷はもう大丈夫ですか?」
「はい、すっかり治りました」
「じゃあ、大丈夫ですね。全力できてください」
本当に全力を出しても大丈夫だろうか。ナインさんとユーさんはじゃれあってるだけなんじゃ。
「ほ、本当に大丈夫なんですよね?」
「全力じゃないとナインが怒りますよ」
「じゃ、じゃあ、遠慮なく」
私は右足を後ろに動かし、それに合わせて右腕を大きく後ろに動かした。
右拳に全力を注ぎ込み、一気にユーさんに向かって放った。
ユーさんの身体にまったく届かなかった。届かないというよりは触れられないというのが正しい。
まるで、ユーさんと私の間に見えない壁のような空間があるかのようだ。反動もない。不思議な感覚だ。
「ネルフィナさんって、もしかして…」
ユーさんが後ろに視線を向けながら質問をしてくる。
「ネルフィナすごいにゃ!」
「拳だけで衝撃波が出たにゃ!」
や、やってしまった。ユーさんの後ろの窓を全部割ってしまった…。
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!」
「力を込めただけでこの威力とは…」
「しかも、俺の治療があったとはいえ、骨折もたった2日で完治」
「ネルフィナさん、オニ属ですね」
「あ、はい、そうです」
私はオニ属の証拠である歯を見せた。
オニ属はヒト属との見分けがまったくできない。殆どの場合、ヒト属と間違われてしまう。
見分けるためには歯を見るのが定石である。オニ属は糸切り歯がヒト族より少し長い。
これは吸血鬼の名残とも言われており、他の種族からはチャームポイントとして人気が高い。
オニ属は絶対数がそもそも少なく、さらに女性は2割ほどしか生まれて来ないため、ネルフィナはとても希少な存在となる。
「もしかして、ネルフィナさんと最初に合ったときに骨折していたのって」
「あれは、オークの攻撃を受け止めたときに折れてしまいました」
「受け止め…、骨折だけで済むとはオニ属はすごいですね」
「ネルフィナさんも紫陽花に入りますか」
「それいいにゃ」
「魔法なしでこれなら、紫陽花最強の一角になれるにゃ」
私が紫陽花に…。紫陽花に入ればなにかわかるかもしれない。この人…、ユーさんの強さを。
「私、紫陽花に入ります」
「強くなりたいです。この世界で生きていくために」
「そして…、ユーさんに恩返ししたいです」
「イレブンってテンよりモテるけど、女たらしってやつかにゃ?」
「違います」
翌朝。1階の全窓にカーテンを設置した。私が割ってしまった窓を隠すために。
フィリンさんは何も知らずにカーテンを開けたとき窓が無い状況にびっくりしていたが、私が全部割ったとは恥ずかしくて言えなかった。
朝日が指し、ハッと目を覚ました。
「…こ…ここは…」
紫陽花の隠れ家に侵入し、対象に接触して…。
早くランザ公爵閣下に伝えないと。
見立てが甘かった。このままだと計画は…。
身体を起こしたときに、身体から手紙が落ちた。
「手紙…?」
恐る恐る中を確認した。
「こ、これは…、早くランザ公爵閣下に伝えないと…」
「このままでは明日の計画が…」
魔力はまだ回復しきっていないが、身体強化魔法でできるだけ早く伝える必要がある。
できるだけ…早く…。
「ランザ公爵閣下!」
「戻ったかセラ」
「あいつは…はぁはぁ…紫陽花は危険です」
セラは魔法を扱う者のなかでもかなり上位に位置する。そのセラが一切刃が立たなかった相手が、我々の敵である紫陽花だ。この5年間、我々は綿密に計画を立て準備した。最新の魔法科学も取り入れた。ありとあらゆる文献を読み漁り魔法の知恵も得た。
「1対1ではまったく刃が立たなかったか…」
「だが、相手の多重発動数は8か」
「大義であったセラ」
「我々は自信を持って計画を進められる」
「お言葉ではございますが、やつの強さは計り知れませんでした」
「多重発動数は…意味をなさないかもしれません…」
「多重発動には限界がある」
「紫陽花に挑むには、この限界を超える魔法を発動させる必要がある」
「故に集団戦が得策」
「我々は完璧な連携ができるように血の滲むような特訓をした」
「その甲斐あってか、先のグリフォンには圧勝することができた」
「我々はもう紫陽花に匹敵しうる力がある」
「何を恐れているのだセラよ」
「我々が足を止めるということは、正義が遠のくということだ」
「この世界は醜い。利権に支配されている」
「わしはもう見ていられないのだ。悪魔に蹂躙される市民を。魔物に破壊される住居を」
「た、大変失礼いたしました…。目的を見失っていました」
「すべては市民の平和のため」
「すべては世界のため」
「先ほど書簡」
「夜は宴じゃ、準備を怠るでないぞセラ」
「はっ」
| ランザ公爵閣下
| 今宵、貴殿を国家への叛逆で処断する
| ハイドランジア魔法会




