この世界は、防衛隊が存在する
「ユーさん、この甘いやつ美味しいですね」
「よかったですフィーネさん」
あの後、なんとかフィーネの誤解を解くことが出来た。今は果物の菓子を食べており機嫌がよい。
人生の中で屈指の死合だったかもしれない。
「なあ、イレブン、フィーネって愛情過多ってやつかにゃ?」
ナインが小さい声で俺に耳打ちしてきた。
「そんな難しい言葉、どこで覚えてきたんですか」
「テンに教えてもらったにゃ」
あの、女好きめ。だがしかし、否定ができない自分がいることもまた事実。
「そんなことないと思いますよ」
「今は、吊り橋効果もあるんじゃないですかね」
「吊り橋効果ってなんだにゃ?」
「今度、教えてあげます」
「調査の方ってどうなってます?」
「抜かりないにゃ」
ナインはとても優秀な斥候だ。
ネコ属特有の身のこなしで、どんな場所のどんな情報でも拾ってきてくれる。
「最近、馬車が襲われているはずなんですが」
ナインはこれと言わんとばかりに紙を見せつけてきた。
| ランザ公爵
| 街の防衛に熱心に取り組んでおり、市民からの信頼が厚い
| 公爵が指揮する防衛隊は街としても信頼を寄せている
| 奴隷商の馬車が頻繁に出入りしているとの噂あり
「昨日、噂になってたにゃ」
「ネルフィナさんは馬車に乗せされていたと言っていたので、奴隷売買を行っているのは間違いないなさそうですね」
「あの子、奴隷にゃ?」
「になるところでした」
「ただ、もっと決定的な証拠が欲しいですね」
「お願いできますか」
「当然にゃ」
「こっちでも探りをいれてみます」
俺達は各々の持ち場に戻った。
滞在しているこの建物は、外観そのものは普通の豪邸だが、内部は便利機能がたくさんある。
最上階の天井裏には出入り口があり、人知れず外出することが可能になっている。ナインは基本的にそこから出入りする。
これら便利機能の中でも最も優秀なのが台所である。
「ユーさんユーさん!この食料庫ってどういう仕組なんですか!」
「中がひんやりして、果物が冷たいままです!」
フィーネが目を輝かせながら未知の原理で動作する食料庫に胸踊らせている。
「これが賢者の石の本来の使用用途です」
「賢者の石を魔法で凍らせると、賢者の石は凍った状態を維持しようとします」
「魔力を込めた量によりますが、1週間くらいはこの温度を維持しつづけられますね」
「これが賢者の石…」
「悪いのは悪用する人たちです」
「ただ、簡単に悪用できてしまうのも問題なので、今後の技術革新に期待ですね」
「ところで、今ってお時間ありますか」
「一緒に散歩しながら調査に行きませんか」
「行きます」
フィーネは食い気味に返事をした。知らない土地でワクワクしているのだろうか。
「ちょっと準備してきます」
フィーネは階段を駆け上がり自分の部屋に戻っていった。
我々は贅沢に1人1階層を使っている。最上階が最も安全であるが、ネルフィナは2階、俺が3階。フィーネは4階、フィリンは5階を使っている。ネルフィナは体力が戻るまでは2階を使ってもらうことになっている。体力が戻ったら6階に移動する計画だ。
「フィリンさん居ますか?」
返事がない。出かけている間の留守をお願いしようと思ったが、既にどこかに行ってしまっているようだ。
「ネルフィナさん居ますか?」
返事がない。居ないわけがない。ゆっくり扉を開けて中を確認した。
面倒を見ていたと思われるフィリンがネルフィナと一緒に寝ている。ずいぶん仲がよさそうだ。
「姉さんは面倒見るのが好きだから、一緒に寝ちゃったのね」
「書き置きしておくので、外で待っててください」
俺は素早く書き置きを残し、フィーネと散歩という名の情報収集に向かった。
時刻は申の刻。
フィーネは俺の腕をがっしりと掴んでいる。とても上機嫌だ。
「フィーネさん、その服とっても似合ってますね」
「でしょでしょ!宿場で姉さんと見て一目惚れしちゃって」
あの宿場は冒険者向けと言うよりも貴族向けだったようだ。腕に伝わる感触から察するに素材は絹。しかも純白。庶民には手が出せない額と思われるが、いったいどうやって…。考えるまでもなかった。俺が大金を渡したのだった。
貴族の住宅が立ち並ぶここではとても馴染んでいる服装だ。あとは宝石の1つや2つ身につければ完璧だ。ここで行動するなら買っておいて損はないかもしれない。ただ、若いうちから貴族の嗜好品に染まってしまうのはダメか。若い…。
「そういえば、フィーネさんって何歳ですか」
「乙女に年齢を聞くなんて、ユーさん覚悟はできてますよね」
「何歳だと思いますか」
「乙女は覚悟なんて言葉使いません」
「フィーネさん、というか2人はエルフ属ですよね」
「エルフ属の年齢を当てるのは、流れ星に願いを言うくらい難しいですよ」
「と、普通の人なら言うかもしれませんが、墓穴を掘りましたねフィーネさん」
「エルフ属はある程度の年齢から数えるのが面倒になって数えなくなります」
「問題にできるということはまだ数えられる年齢であるということ」
「18歳だと思います」
「ぶっぶー!19歳でした」
数千歳生きるエルフ属なら1歳はもう誤差ではなく正解なのでは。エルフ属の年齢当てゲームはいつもレベルが高すぎる。理不尽だ!
「来年で初期成人です!お祝いしてくださいね」
エルフ属は成人に段階があるのが特徴である。20歳から100歳までは初期成人と呼ばれ、身体つきは大人そのものだが、精神面に若干の幼さが残る期間となる。エルフ属が長期間生きていても精神が崩壊しないのは、この精神面の成長の遅さによるものが大きい。
「ええ、楽しみに待っていますね」
雑談しながら適当に歩いていると、繁華街の一角で宝石店を見つけることができた。
「フィーネさんちょっと寄らせてください」
生まれて初めての宝石店でフィーネは見惚れている。宝石は主に貴族が身につけるもののため、街や村という規模ではよほどの事がない限り存在しない店である。この世界において、生涯一度も宝石店を見たことがないとしても珍しいことではない。
「綺麗…」
「フィーネさんはどの色の宝石が好きですか」
「うーん…うーん…」
とても真剣に悩んでいる。目線から察するにルビーとサファイアで迷っているようだ。
「うーん…、やっぱり好きと言われたらこれだと思います」
フィーネはサファイアを指さしている。
何となくサファイアを選ぶ気がしていた。フィリンとフィーネの2人からは良くも悪くも運命に近い何かを感じる。
サファイア。
賢者や聖職者に相応しい石として太古より重宝されてきた宝石。
別名、賢者の石。
店員に目配せする。
「フィーネさんちょっとここで待っていてください」
「?」
俺は店員と店の奥に入った。
貴族御用達の店は値段を付けない。値段はすべて購入者が決める。店側は出された金額相応の品を提供する。結局のところ、貴族の嗜好品は財力の誇示でしかないのだ。
「サファイアの首飾りを2つ貰えますか」
「できれば完全に同じ物で」
俺は金貨20枚を出した。こういった店に相場なんてものはないが、宝石は最高級品でも金貨2枚と言われている。20枚はとんでもない額だが、経費を使うのは絶対なのだ。
「おまたせしました、行きましょう」
「え、あ、はい」
宝石店を出て少し歩いたところで足を止める。
「フィーネさんこれを」
俺はフィーネの首にサファイアの首飾りをかけた。サファイアがこれでもかという数散りばめられている。ちょっと豪華すぎる気もするが、ここで活動するのであればこれくらいでも問題ないだろう。
「うん!似合ってますね」
「ユーさん…これ…」
「俺からのプレゼントです、大事にしてくださいね」
太陽の光を反射することで、深い青色がより一層映える。天の宝石と言われるだけのことはある。
ワンピースも相まってまさに天使といった雰囲気をしている。ただ、豪華になりすぎたかもしれない。この場においては逆に輝きすぎてしまっている。
フィーネは俺の腕をより深く掴んでいる。常に笑顔で、この上なくご機嫌のようだ。これで昼間の事件はすべてなかったことになっただろう。
散歩を再開して程なく、事件は起きた。
「…」
「フィーネさん聞こえましたか」
「はい。広場の方だと思います」
俺達は広場に駆け寄った。
グリフォンが今まさに貴族を襲おうとしている。グリフォンは宝石を巣に貯める習性があり貴族がよく狙われる。鉤爪で宝石を掴んで引きちぎるのだが、その際に身体ごと引きちぎられる。悪魔であろうがなかろうが危険な生物であり、冒険者ギルドでは定期的に討伐対象として名を連ねる。
貴族を襲おうとした瞬間、グリフォンがこちらを向いた。フィーネの大きなサファイアの輝きに反応したのだろう。目の前の貴族は無視され、こちらに狙いを定めている。グリフォンが今まさに俺達に飛びかかろうとしたその時。
グリフォンの頭部で爆発が発生した。
頭部以外の部分は凍っており身動きが取れない状況になっている。
「みなさん今です!頭部にありったけの魔法を!」
「ランザ公爵閣下だ!」
「やっちゃってください!!」
「市民の皆様、ここは危険です。どうかお下がりください、ここは我々におまかせを」
隠す気は無しか。魔法を使っているのは奴隷か。装いは高貴な魔法兵士だが、手首と足首に枷の痕がある。手に持つ杖の先端は…、ここからでは断定はできないがおそらく賢者の石。詠唱魔法を使っていないところからも可能性は高い。
グリフォンは一瞬で片付けられた。これだけの人数から休みなく魔法を打ち込まれたのだ。勝負の行方など火を見るより明らかだ。
「大丈夫でしたか、お怪我は?」
ここは貴族を演じておこう。俺はフィーネを身体操作魔法で操りながら跪いた。身体操作は首を触る必要があるが、フィーネの髪の毛が長く助かった。これならバレずに首を触り続けることができる。
「此度は救っていただき、誠に感謝いたします」
「私どもに怪我はございません。どうかお気になさらぬよう」
「それは何より、お怪我でもされていたならば、我が防衛隊の恥となるところであった」
「無事で何よりであった」
「ありがたきお言葉にございます」
「お務めのところ、お邪魔しては申し訳ありません、我々はこれにて失礼いたします」
「うむ。道中、気をつけて参られよ」
俺とフィーネは立ち上がり、フィーネにカーテシーと呼ばれるポーズを強制させた。
「失礼いたします、公爵閣下」
俺達はできるだけ自然に広場を後にした。
「びっっっっくりしたぁ、まるで操り人形になった気分でした」
「様になってましたよフィーネさん」
「ひとまず家に帰りましょう。今頭にある単語は絶対に外では言わないでくださいね」
「わかってます」
その後我々は雑談を再開し、少し遠回りで帰路についた。
「ただいまー」
「ただいまかえりました」
「おかえりなさいー」
「おかえりなさいませ」
先程の事件で少し遅くなってしまった。2人はお腹が空いたのかキッチンに立ち、夕飯を作ろうとしている。
「2人って料理できるんですか」
「ユーさんひどい!できるに決まってるじゃない!」
「フィリンさんいつも火の…」
フィリンの眼光が鋭い。狩るものの目をしている。
「私は料理苦手です」
「はいはい、今日は私たちに任せて、カップルさんは椅子に座って待ってて!」
フィリンはネルフィナに料理を教えてようとしていたらしい。姉の方が面倒見が良い傾向があるというが、それはそれとしてちゃんとした料理が出てくるのだろうか。そこが不安である。
「めちゃくちゃ美味い」
「美味しいー」
フィリンが当然といった表情で腕組みしながらこちらを見下ろしている。
「当然!ママ直伝よ!」
「俺は姉御の事を誤解していたかもしれません」
「ただの火の番人かと思ってました」
「フィリンさんはすごく手際良かったです」
「私も頑張らないと…」
姉御の料理はフィーネに匹敵するほど美味しかった。
得意不得意といった領域もやはり双子だと同じになる傾向があるのだろうか。
ネルフィナも元気になってきている。ひとまずメンタルケアはフィリンに任せておいて良いかもしれない。
夕飯を食べ終わり、俺は読書をしながらナインの帰りを待っていた。
いつもよりも帰りが遅い。何かあったに違いない。
「帰ったにゃ」
「ナイン!遅かったじゃないか」
「追っ手を撒くのに手間取ってしまったにゃ」
「耳寄りの情報はありましたか?」
「残念ながら今日は収穫なしだにゃ」
「ふむ、ガードが固いですね」
俺は立ち上がり、机の周りを歩きながら思考を巡らせる。ゆっくりと5周したところで1つの答えを出した。
「あなたは誰ですか?」
「な、何を言っているにゃ?」
「口調に関しては50点です。最後ににゃをつければいいと思っていませんか?」
「仕事のやり取りは書面で。紫陽花の常識です」
「あなたは玄関から入ってきました。出入り口を間違ってます」
「まあ、これだけでも十分ですが」
「ナインは第一声で必ず俺の名前を言うんですよ」
「さすがに癖までは知らなかったようですね、ランザ公爵の御使いさん」




