side:マルク
何故こんなことになっている?!と拘束されたままのマルクを置き去りに、どんどん話は決まっていく。言いたいことは山ほどあるが、猿轡をされていて言葉にならない。
ダンにほどいてくれと目で訴えるも、無視されている状態だ。通じていないわけではなく、無視されている。
何ひとつ、マルクの思い通りにはならず、意見を聞かれることもなく、話し合いは終わり、アリッサたちは部屋を出て行ってしまい。
まともに喋ることのできない状態で父にも訴えているが、視線すら向けられない。
「書記官殿、弁護士殿両名は、先ほどの話し合い、加えて当主変更についての書類作成をお願いする。こちらのことは気にせず、職務を遂行していただきたい」
「承知しました」
「承りました」
僕に話があるのではなかったのかと、うーうー唸っていると、父が拘束を解くようダンに命じ、やっと自由になった。
解放感に息をつくと、先ほどからの不当な扱いについて抗議する。
「父上! いくらなんでも横暴です!」
「何がだ」
「何も拘束することはないでしょう、僕だって当事者ですよ?!」
「だから何だ」
父は僕の抗議などどこ吹く風で、運ばれてきた軽食に手を付けている。母も無言で咀嚼していた。
そういえば、夕食がまだだったとマルクも手を伸ばそうとしたら、ぴしゃりと撥ねつけられる。
どう見ても2人分ではないのにと不満を覚えるが、空腹は後で満たせばいいと切り替えた。
このままなし崩しに、何もかも決まってしまう方が非常にまずい。マルクの不本意な方向に。
「流さずに聞いてください! 大体、僕の当主権限を剥奪とはどういうことですか?!」
「そのままの意味だが?」
「意味がわかりません! 何故、そんなことになるんですか!!」
「何故、か…」
片手間に僕の相手をしていた父は、そこで食べる手を止めた。真正面から鋭い眼差しでマルクを射抜く。
「お前は何も分かっていないようだがな、マルク」
父の静かな声に、マルクはびくりと肩を揺らす。そのあまりにも静かすぎる声音は、父が本気で怒気を滲ませたものだと、幼い頃から刻み込まれているからだ。
「お前の動かせる資産でその女を囲うのであれば、まあそれほど問題ではなかった。あくまで、アリッサに気取られないことが前提。それも、お前の小遣い程度で、子爵家としてはの話だ。
それが、この家にとって無益で、金をドブに捨てる行為であっても」
「そ、そんな言い方は…!」
「事実だろうが」
彼女と過ごした日々を、楽しかった思い出を、まるで何の価値もない、屑籠に捨てられたゴミのように言われカッとなる。
そんな僕を見て、父は何度目かの溜息をついた。
「今回の話し合い、事はシューリヒト子爵家内部の問題なのに、何故メレフ子爵家が来ていたか、お前に分かるか?」
「…アリッサを慰めるためとか、彼女の味方をするためとかですか?」
「………」
はぁぁぁ、と父は今度はこれ見よがしに深く溜息をついた。いかにも失望したと言わんばかりの。
むっとするが、他に理由は思い当たらない。
「では、話し合いで、彼らが口出ししなかったのは?」
「父上の進行に、口を挟む隙がなかったからではないですか?」
口火を切ったのはアリッサだったのに、途中から父がすべての決定権は自分にあるとばかりに、話を進めていた。
ここはシューリヒト子爵家であるし、他家ということで口を挟めなかったのではないか?
「………お前に貴族は荷が重いようだな。もう平民になるか?」
「何故、そうなるんですか?!」
「少しは頭を使え、阿呆が」
「阿呆阿呆と、さっきからなんです!」
「阿呆を阿呆と言って何が悪い。この阿呆が」
父にこうまで馬鹿にされる理由がマルクには分からない。父の目は息子を見るものとは思えないほど、蔑みに満ちていて。
「お前とアリッサは、一応、恋愛結婚だったな」
「一応ではありません。紛れもなく、恋愛結婚です!」
一応を強調した失礼な父に憤慨する。
マルクとアリッサは幼馴染だったが、想い合って結婚した。家の利益だけで結ばれたものでは決してない。
しかし、先ほどから父の話はあちこちに飛んでいて、意図も思惑も読めない。
「…恋愛結婚ではあるが、政略も絡んでいると、お前は自覚があるか?」
「は?」
「メレフ子爵家はシューリヒト子爵家と隣接している。水路や通路などの交通整備、特産物の共同事業、農地改革。まあ、細かく挙げればまだあるが。お前たちの結婚によって提携されたものがあることを、理解しているか?」
「いえそれは、分かってますけど…」
さすがに領地に関わることだ。マルクも理解している。
「逆に言うと、お前たちが結婚していなければ、結ばれなかった事業もあるが、それは?」
…父は何が言いたいのだ?
首を捻るマルクに関せず、父は変わらず淡々としている。
「結婚とは契約だ。事業と同じくな。政略だろうがそうでなかろうが、信頼によって成り立っている。その信頼を、お前が不貞を働いたことによって、揺らがせたのだと言えば理解できるのか?」
思いもよらぬことを言われ、言葉が出てこない。
そもそも、マルクには不貞だという自覚はなかった。ダーシャのことも一緒に過ごすうちに情が芽生えていたが、元々はアリッサの代わりに子供を産んでもらうだけのつもりだったのだ。
「アリッサを裏切ったということは、メレフ子爵家をも裏切ったことと同じだ」
「う、らぎって、なんか…」
父が発した”裏切り”という言葉が重くのしかかる。思わず反論しようとする声が掠れた。
「お前がどう言おうが、結果が全てだ」
そんなつもりはなかった。そんなつもりは…。
「だから、メレフ子爵家の面々はここに来た。我々がどう判断するか、見極めるために。今後も良き隣人として、我々が信頼に値する家なのかを」
信用できないのはお前だけだと、冷静に正しく判断してくれて何よりだ。
そう続いた、容赦ない言葉。
音として耳は拾っているのに、意味が理解できない。頭が飽和状態になっていて、うまく働いてくれない。
そんな大事になるなんて思わなかったと、頭の中はそればかりが回っている。
「いいか、これだけは言っておく。これから先、お前がどこでどんな女と子を作ろうが、一切認知はしない。リーズも含めてな。
勘違いするなよ。お前がシューリヒト子爵家に連れてこなければ、あの2人は自分で選べる未来もあったことを。片方にお前の血が入っていようとな。他人に人生を決められるような、選択肢を狭める結果になったのが、誰の責任なのかを」
僕のしたことは全部、間違っていたとでもいうのだろうか。
ただ、子どもがたくさん欲しいと思っただけだったのに…。マルクにはきょうだいがいないから、尚更。
自分の子どもには、淋しい思いをさせたくなくて。でも、愛する妻には、苦しい思いをしてほしくなくて。
ただそれだけだったのに…。
「あとはそうだな。その2人には、今回の件について私から説明する。お前に任せると、都合の悪いことを隠したり、その女にいい顔をしたいばかりに調子のいいことを言いそうだからな」
呆然としたマルクに話すことはもうないと、父は食事を再開する。
喉がカラカラに乾いていた。
カップを手に取り、すっかり冷めていたお茶で喉を潤す。
これからどうすればいい?
リーズがマルクの子どもであっても、認知はされない。ダーシャはよくて子爵家の下女だ。また、マルク自身にも賠償責任があるため、当主権限が剥奪されていても、仕事は今まで通りこなさなければならないだろう。
そうだ、賠償。
自分はともかく、ダーシャには酷だ。平民の年収、何年分になるかは分からないが、働いても給与はほぼ賠償に充てられてしまう。
それはあまりにもひどすぎる。
何とかならないかと思考を巡らせ、そういえばアリッサとこの件で直接話はしていなかったことに気付く。
もしかしたら、今からでも謝罪すれば、少しは金額を抑えられるのではないか?
そんな思い入れのあるドレスとは知らなかったにしても、謝罪すらしない人間を許す気になれないのは当たり前だ。
心から謝れば、優しいアリッサのことだ。きっと許してくれるはず。
そう思ったところで、タイミングよくノックの音と、アリッサが来たことを告げられ。
「ごめん、アリッサ! 許してくれ…!!」
”きょうだい”の平仮名は意図的です。兄妹でも兄弟でも、限定されてしまうので。
なかなか話が進まず、申し訳ないです…(´・ω・)




