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「では、そのリーズとかいう子どもが、マルクと血縁関係にあった場合と、そうでなかった場合の対応を決める」
いつの間にかこの場を前子爵が仕切っているが、誰からも特に声は上がらない。私も何を言うでもない。支障なく話が進むなら、誰でもいいのだ。
その点、前子爵は適任と言える。
ここがシューリヒト子爵家ということでもあるし、マルクを容易に抑えつけられるという点でも。
「まず、子に血の繋がりがない場合、子爵家を欺いた罪で、女は騎士団に突き出す。子は孤児院行きだ」
「待ってください!」
「黙れ、と何回言わせる気だ、マルク。聞かれたときだけ答えろ」
実の父親に冷ややかに圧を込めて見据えられ、マルクが助けを求めるような目を私に向ける。前子爵と同じような目をしている、私に。
焦って周りを見渡すが、同じだ。
そんな情けない息子を無視することにしたらしい前子爵は、私の家族の方へ視線を向ける。
「メレフ子爵家も、それでよろしいか?」
「異存ありません」
答えたのは現当主である弟だが、きっとここに着くまでに意見の擦り合わせはしている。それくらいの時間が移動中にあっただろうから。
前子爵が夫人と視線を交わす。こちらも問題ないようだ。
「次に、血の繋がりがあった場合。…子が、マルクと血縁関係にあった場合だ」
話が本題に入った。
親子鑑定をとは言ったが、十中八九、マルクの子どもだとアリッサは思っている。
あの子どもは、リーズは、マルクに似ていたから。髪や目の色彩もだが、目元や表情などが、性差があるにしても、よく似ている。
血の繋がりを感じさせるくらいには。
「アリッサ、その2人は昨日からいると言ったな?」
「はい。これからこの家に住むと」
「ということは、今まで住んでいた家は引き払ってきた可能性が高いな」
「あ、そうなんです。それで時間がかかっちゃって、」
「何故、そんな勝手な真似をした」
「え?」
前子爵に問われ、マルクは訳が分からないという顔をした。
「せめて帰る家があったなら、その女もまだ行き場があったものを」
「いえ、ですから、この家に一緒に住まわせるつもりで…」
「アリッサの、女主人の許可も相談もなくか? お前の愛人と共に住めと?」
「愛人なんて呼び方やめてください!」
「そうだな。呼び方なんぞどうでもいい。愛人でも妾でも」
「父上!」
「お前が、不貞を働いた事実は変わらんからな」
「不貞などでは…!」
「アリッサのため、だったか?」
「そうです!」
前子爵が鼻で嗤うのを、大真面目に返すマルクが滑稽で、いっそ笑えてきた。どう言い繕っても、結果だけみれば不貞以外の何ものでもないというのに。
「子を産ませるだけなら、無論、その女に孕みやすい時期を調べさせて、事に及んだのだろうな?」
「え??」
「子が欲しくて、その女と関係を持ったのであろう? 当然、それくらいはしておるな?」
「……」
「まさか、いつか妊娠するだろうと、ただ闇雲に、無計画に、性交渉していたわけではあるまい?」
「………」
「本気で子を望むなら、最低限、それくらいはしておるはずよなあ?」
最早、顔を上げることすらできなくなったマルクに、答えろ!と前子爵の追及は止まらない。
「………」
「ふん、答えられないことが、何よりの答えよ。己の性欲に負けた、愚か者が」
結局は、そういうことか、と。
明確に出された答えに、私は何を思えばいいのだろう。
15年、傍にいた。
初めて逢って、婚約して、共に歩み、結婚した。
短くない期間だ。
幼い頃からずっと、同じものを見て、育ってきたはずだった。
恋や愛など自覚のないまま、ずっと、共に生きていくのだと、思っていた。傍にいるのが当たり前で、それを疑わなかった、ただひとりの人のはずだった。
愛されていると思っていた。愛していると、思っていた。
なんだったのだろう。私はこの人の、何を見てきたのだろう。
「あ、アリッサ…!」
マルクの慌てた声が遠い。
何をそんなに狼狽えているのか。
「…奥様」
近くにいたアンがすっとハンカチを差し出す。
訝しく思いながら受け取ると、膝の上に雫が落ちた。
知らず、涙が頬を伝っていたようで。
あれだけ泣いたのに、自分がまだ泣くことができることに驚いた。
もう傷だらけでぼろぼろだと思っていたのに、私はまだ夫に何か期待していたのだろうか。どこかで、まだ信じていたのだろうか。
決定的な裏切りを知って、涙が溢れるほどに。
「…申し訳ありません、続けてください」
簡単に拭い、場の進行を促す。
気遣わし気な周囲の視線を感じるも、優先すべきは私の感情ではなく子爵家の今後だ。
前子爵は一瞬だけ顔を歪めたが、私の意を汲んでくれたようだ。
「──…では続ける。マルク、お前この家に住まわせて、その女をどうするつもりだった?」
「え? どうするとは?」
「…聞き方を変えよう。その女には、何ができる?」
「何が、と言われても…」
マルクは前子爵の質問の意図が読めずに困惑している。この場で読めないのは、マルクだけだろう。
「平民だと言ったな? 読み書き、計算はできるか? 帳簿は読めるか?」
「…たぶん、できないと思います」
「言語は? 外国語ができたりは? 社交術はどうだ? 交渉に強いなど、会話力はあるか?」
「えっと…」
「お茶を上手く淹れられたり、何か特技はあるのか?」
矢継ぎ早の前子爵の質問に、マルクは何ひとつ満足に答えが出てこない。
本当に何も考えてなかったことが、その戸惑いの表情から窺い知れる。何もできない人間を、ただ連れてきただけ。
そんな人間を、何故子爵家で養ってやらねばならないのか。領民の税金を使って。
「この家にいる者は、アリッサも含めて皆、子爵家のため、領地のために働いている。その女に、どんな役割を振るつもりだったのか、聞いておるのだ」
マルクは何も答えられない。
「…話にならんな。我が息子が、ここまで考えなしの阿呆だったとは」
「…っ」
父親からのあからさまな侮辱に、マルクは頬を紅潮させた。屈辱に耐えるような顔で俯いているが、未だに何故こんなことを言われなければならないのかという、不満が見え隠れしている。
愚かだ、としか言いようがない。
「その女には、侍女も無理だろう。いいところ下働きだな」
「父上、それは…!」
侍女にはある程度の教養が要求されるが、下女はほぼ単純作業といっていい。家ごとにやり方は違うだろうが、覚えることはそう多くないはず。平民と勝手が違うにしてもだ。
「ダーシャという女は、リーズがマルクの子であった場合のみ、シューリヒト子爵家において下女としての雇用を結ぶ。その女が同意しない場合は、子爵家から追い出し、今後の援助は認めない。
リーズは教育を施し、様子を見る。費用は、マルクの私財から出させる。
令嬢として問題なさそうであれば、成人まではこの家の者として扱うが、子爵家の権限は一切認めない。当然相続権もなし。婚姻後も同様。
見込みがなければ、母親と同じく、使用人の娘として扱う。
そして、どちらの場合でも、ヒューベルトへの接触を禁ずる。…メレフ子爵家に異議は?」
ありません、とラディムが答える。
仮にこの家から出したところで、マルクが陰で、本来なら子爵家のために使われるべき資産で援助することが目に見えているからこその判断だろう。それが、個人資産であってもだ。
「ちょっと待ってください!」
「何だ。文句があるなら、代替案があってのことだろうな?」
「いやその、…そうだ! 僕の私財で養えば…!」
「だ、そうだが、アリッサ?」
聞かれることを予想して、その辺りも確認済だ。個人の支出に関しては基本、度が過ぎない限り干渉はしていなかったのだが。
「それは難しいかと思います。マルクは、当主に充てられた費用を毎月使い切ってました。服飾費、交際費も含めです。
援助していたと言っていましたので、おそらくダーシャ親子に流れていたのでしょう。個人資産も調べたところ、あと残り僅かといったところでした。
また、リーズの教育費用をマルクの私財から充てるのなら、難しいではなく、無理だと言わざるを得ません」
ほお、という無感情な声が響く。呆れも非難も混じっていないことが、却って恐ろしく感じるような。
今度は夫人の方が口を開く。
「マルク。お前の言い分だと、始めから、あの子どもを子爵家に迎え入れる予定だったようね? では何故、礼儀のひとつも教えてなかったのかしら? テーブルマナーだけ見てもひどい有様だったけれど」
教師を雇わずとも、基本ならお前でも教えることはできたでしょう、と夫人の目は冷たい。
「それはその……この家に入ってからでもいいかと、」
「遅いわ」
短くばっさり切り捨てた夫人に私も同意見だ。
礼儀の基本もそうだが、所作や姿勢は一朝一夕で身につくものではない。初めから教育しているのと、後から矯正するのではかかる時間も手間も段違いである。
「まあそれは今更言っても仕方あるまいな。…おおよその方針は決まったが、他に何かあるだろうか?」
「私からいいでしょうか」
前子爵が頷いたので、アンに持ってくるように指示する。
昨日汚された、2着のドレスを。
いつになく筆が進む~。私のやる気は止まったらなかなか復活しないので、できればこのまま維持したいところ…(´ー`)




