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「お父さん、お腹すいたー。今日、ご馳走食べれるんだよねー?」
空気を読まない場違いなリーズの声が響き、アリッサははっと我に返った。
あまりの衝撃に呆然としていたが、そんな場合ではない。
「そうだぞ~。今日は、リーズのお兄さんの誕生日だからな!」
「お兄さん?」
「前に話しただろう? リーズには1つ違いの兄がいるって」
「それって、あのかっこいい男の子?」
「そうだ」
そう言ったリーズがヒューベルトを指差す。
なんて不躾なと、アリッサは眉を顰める。マルクが咎めないことも含めて呆れるほかない。
身なりや立ち姿を見て、ダーシャという女性が貴族階級にないことは察していたが、この分だと子供の教育もされていないのだろう。
貴族に対する最低限の礼儀、貴族としてやっていくのに身につけなければならない礼儀というものを。
ヒューベルトは、本格的な教育は始まったばかりにしても、礼儀関連は歩き始めた頃から躾けてきた。
立ち居振る舞いや品格というものは、自然な動作から滲み出てくるもの。故に、物心つく前から覚えさせることが肝要だ。
姿勢ひとつ、指先ひとつまで、常に誰かに見られていることを意識する。それが、貴族というものだ。
「ほら、挨拶してきなさい。これから一緒に住むんだからな!」
「うん!」
アリッサが止めようとする間もなく元気よく返事したリーズが、息子に向かって走り出す。
あと少しという距離のところで、護衛のダンがリーズの前に立ち塞がり、ほっと息をつく。
小さな子供だろうと、何をしでかすか分からない子を、大事な息子に近づける気はアリッサにはない。
たとえそれが、夫が連れてきた、夫の娘だとしても。
「え、なに? このこわいおじさん…」
「……」
ダンは無言で見下ろしている。リーズに害意があろうがなかろうが、護衛対象を守るのが仕事であるというだけだ。
貴族家、それも他家で、急に走り出したりするような子供はほぼいない。もう4,5歳になろうかという年なら尚のこと。警戒するのは当然と言えた。
「お父さん、このおじさんこわい~~~」
ダンに通す気がないと分かったのだろう、リーズはマルクに泣きついた。
「ああ、リーズは悪くないよ。ダン、僕の娘だ。ヒューに挨拶させてやってくれ」
「……」
「ダン?」
当主の言葉にダンが迷う素振りを見せながらも、ヒューベルトの側から引く気はないようで安心した。
「…マルク」
「アリッサ。君からも言ってくれよ。何、小さい子どもおどかしてんだって」
おどけたように取り成しを口に出すマルクは、使用人全員から冷たい目が注がれていることに気付いていないのだろうか。
無論、私も。
「それよりも、話をしましょう。……ミア、客人を別室に通して夕食を振舞ってさしあげて。
ヒュー、ごめんなさい。少しだけ、待っててくれるかしら?」
侍女の1人にマルクが連れてきた2人を任せ、ヒューベルトに申し訳ないと思いながらも告げると、息子はこくりと頷いた。
折角の誕生日に、こんな祝いの日に、不要な我慢をさせることに、させることになった元凶に苛立ちを覚える。
その元凶は、未だにこの状況を何も理解していないようだが。
「おいおい、僕たちと一緒に食べればいいだろう? ヒューも人がいっぱいいた方が嬉しいよな?」
「──」
ヒューベルトは父親の言葉には返答せず、無言で踵を返す。ダンもそれに付き添う形でついていく。
「おい、ヒュー。どこに行くんだ? 待てって、」
「黙りなさい!」
尚も引き留めようとしたマルクを私は一喝した。
「な、なに怒ってるんだよ、僕はよかれと思って…」
「いいから、あなたは私についてきなさい。ジェフ、アンも一緒に来て」
「「かしこまりました」」
有無を言わせず、マルクを促す。夫は何か言いたそうにしたが、しぶしぶ後をついてくる。あのおばさんもこわい、という呟きが聞こえたが、無視した。
これ以上、ここで下らない小芝居を演じさせるつもりはなかった。
アンにお茶の準備だけ頼むと応接間に入り、ジェフとマルクと3人だけになる。
ひとまず対面でソファに座ると、あらかじめ誰かが用意してくれていたのか、アンがすぐに戻ってきた。
温かい紅茶に口をつけると、強張っていた身体が少しだけ緩む。思った以上に緊張していたようだ。
「…それでマルク。順を追って説明してちょうだい」
「順を追ってっても…」
「あの女性と知り合ったのはいつ? 関係を持ったのは?」
リーズは、1つ違いだと言った。ヒューベルトを兄だと。
誕生月が分からないから、4歳になるかならないかといったところ。
たった1度の過ちでできたのか、それとも。
「えーっと、いつだったかなぁ…ダーシャに初めて逢ったのは、確か6年前だった気がする」
「…っ」
その数字に愕然となる。
6年前。
ちょうど、私が妊娠していた、時期だ。
「町の視察に出てたときに、性質の悪い奴らに絡まれたのを助けたのが切っ掛けだったかな。それからしばらく会う機会はなくて。
ヒューが生まれてちょっとしてから、偶然再会したんだ。
子どもはまだ欲しかったけど、ヒューが生まれたとき、本当に君が死ぬかもしれないと思って怖くて、言えなかった。医師に聞いたら、出産は命がけだって言うし。
君にそんな負担をかけたくなかったから、それなら彼女に産んでもらおうと思ったんだ。ある程度育つまで、子どもは何があるか分からないから、下手にこっちに連れて帰ってくることもできなくてさ。援助だけはしてたよ。男の責任ってやつだよね」
マルクの声に、後ろめたさや罪悪感などは一切感じられない。
本当に、アリッサのことを思ってやったのだと。
私が妊娠中に不貞があったわけではないという言葉も、どこまで信じていいのか。
1度で孕むことは滅多にない。その日の体調、月のもの、条件が重なればそれもないとは言えない。
だが、マルクの言い分だと、子供が欲しくて事に及んだのだと。
つまり、何かのはずみや、一夜の過ちなどではない。
「それが……私のためだと…? 本気で言ってるの…?」
「そうだよ。あんなかわいい子を産んでくれたんだから、感謝しなきゃ」
にこにこと笑うマルクは、それがどんな意味を持つのか、きっと分かっていない。
くらりと眩暈がしそうになるのを、どうにか堪えた。
「…もういいわ。ヒューを待たせてあるから、この件については改めて話をしましょう」
「分かってくれたんだね! さすが僕のアリッサだ!」
「…分かったとは言ってないわ」
「え?」
もう何を言う気力もなく、戸惑うマルクを無視して立ち上がった。
このまま話を聞いていると、ヒューベルトの祝いどころじゃなさそうだと判断したからだ。
リーズの、ら抜きと、特定の子どもを、”子供”としていないのは意図的です。




