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そのとき私の幸せは崩れた  作者: 篠月珪霞


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1

私は、アリッサ・シューリヒト。

同じ子爵家で幼馴染だった、今は夫の、マルクと結婚して7年。両家の親からは早く孫をと言われていたが、新婚気分を味わいたいと2年ほど2人だけの生活を送り、それから息子が生まれた。

領地に特に災害もなく、大きなトラブルもなく、ヒューベルトと名付けられた息子もすくすくと育っている。平穏で、幸せな日々を送っていた、はずだった。




今日はヒューベルトの誕生日だが、何やら外せない用事があるとかで、マルクは出掛けている。

早く帰ってきてねという私の言葉に、笑顔で頷いた夫。

マルクが帰ってくるまでに、使用人と共に、息子の誕生日を祝う準備をすることにする。


使用人たちと楽しく飾りつけしながら、息子の成長をしみじみと噛み締める。概ね健康と言って差し支えない息子だが、それでもやはり時折高熱を出したり、急な腹痛で苦しんだりということはあった。

そのたび、おろおろと狼狽えては、医師に縋りつくようなこともあった。愛しい息子が苦しんでいても、何もできない自分を歯痒く思いながら。


私の父母も、こんな感じだったのだろうかと、そのたび両親に思いを馳せたりして。

小さい頃のことはあまり覚えていないし、大きな病気をした覚えもないけれど、育児の大変さを知り、改めて感謝の念を抱いたりしたのだ。


「もう5歳になるのね…」


ヒューベルトの楽しそうな様子を見ながら呟くと、侍女のアンがそんな私を微笑まし気に見る。

アンは、実家から連れてきた私専属の侍女だ。

年の近い彼女は控えめながらいつでも私に寄り添ってくれていて、最も信頼のおける侍女といっていい。


「聡明でいらっしゃるところも、お可愛らしいところも、お嬢様にそっくりで」

「そうかしら」

「ええ。将来は、きっとご令嬢方の憧れの君になりますよ」

「それは言い過ぎ」


身内びいきも過ぎると苦笑する。


「正直、お嬢様も、幼馴染という縁がなくとも、他にもいい方はいらっしゃったのに」

「アン」

「…申し訳ありません。出過ぎたことを申し上げました」


窘めると、一礼してアンが下がる。

彼女はあまり夫のマルクをよく思っていないようで、結婚する前も、本当にあの男でいいのですか?と何度も確認してきたほどだ。

なんでも、あの優柔不断で流されやすいところが信用できない、と。

確かに、楽な方に流されやすいところはあるし、決断力という意味で頼りないところもあるけれど。

悪い人ではないし、侍従や執事、何より私が支えれば問題ないと思っている。

長い間過ごした、情と絆というものが私たちにはあるのだと、このときは本当にそう思っていたのだ。



飾り付けを終え、息子は本を読んでいる。先ほどまでのはしゃぎぶりが嘘のように落ち着いたその姿に、まだ始めて間もない教育の成果を見て感心した。

息子にはつい先日から、紳士教育と領地経営についての基礎を習わせている。


いずれヒューベルトは、このシューリヒト家を継ぐ。

もう少し子供らしく過ごさせてもを、と反対する夫に、下位とはいえ貴族として、領民を預かる身。自覚は早い方がいいと押し切った。

もちろん、ヒューベルトが無理なく進めるように、極力嫌がることをさせないようにと配慮しながら。

幼いうちから、学業に対する苦手意識が生まれてしまうと、学ぶこと自体を嫌がるようになってしまう。そうなっては本末転倒なので、まずは興味ある方向からと、今のところそれは成功しているようである。

それはさておき。


「遅いわね…」


時計を見ながら、アリッサはつい言葉に出してしまう。マルクが帰ってこない。もう夕方に差し掛かっているというのに。

パーティは、時間的に夕食に合わせているが、それにしても。

領地で問題が起こったという話はないし、そもそも用事とは何だったのだろうか。夫は何も言わなかった。


「…ジェフ。何か、聞いていて?」


執事のジェフに尋ねると、彼は首を横に振った。

ジェフにさえ何も告げずに、どこに出掛けたのだろう。

まさか、どこかで事故に巻き込まれたりしたのでは、と心配と焦燥を募らせているアリッサに、侍従がマルクの帰宅を困惑を滲ませながら知らせてきた。


「何かあったの?」

「それが…」






「ただいま、アリッサ! 遅くなってごめん。思いの外、手間取っちゃって」


足早に玄関ホールに向かった先には、いつもの夫の姿があり、特にどこか怪我をしたり、トラブルに見舞われたりということがなかったようで、ほっとした。

安心したのも束の間、共に運ばれてきた荷物、側に寄り添っている人間がいることに気付いた。


「マルク、そちらの方は?」


おそらく、アリッサと同じ年頃の女性と、その女性の傍らには女の子がいた。

女性のスカートを握り、周囲をきょろきょろと見ている子が。


「ああ、アリッサ。それから、ヒューベルト」


背後からついてきていたらしい、息子と私にマルクは声をかける。


「聞いてくれ。今日から家族が増えるよ!」

「………は?」

「こちらは、ダーシャ。それから彼女の子でリーズだ。可愛いだろう?」

「ええ、可愛らしいですが。…家族が増える、とは?」

「今日から、彼女たちはここに住むんだ。家族として」


どういうことだ。夫は何を言っているのだ。

まるで理解できない。


「意味が分からないのですが…」

「え? アリッサにしては察しが悪いね。リーズは僕の子どもだよ?」


僕のこど、も?


「旦那様、ちゃんとご説明願います。そちらの女性は不貞相手ということですか?」


僕の子ども、という言葉がぐるぐるとアリッサの頭の中を回っている。

周囲の声が遠くなる。


「何を言うんだ、ジェフ。失礼にもほどがあるぞ」

「では、そのリーズという子が、旦那様の子どもというのはどういうことです?」

「ダーシャと僕の愛の結晶だよ。不貞なんかじゃない」

「……奥様を裏切っていたということですか?」

「裏切ってなんかいないさ! 僕は()()()()()愛しているんだ」


アリッサも、愛してる。

それは、そのダーシャという女性も、愛しているということか?

がんがんと頭の中で何かが鳴っているような、ひどい気分だ。

不貞。

浮気。

愛の結晶。

僕の子ども。

そんな単語が消えては浮かぶ。


「……どうして、今日、なの…」


ようやく絞り出したアリッサの声に、マルクの邪気のない笑顔が向けられた。

よりにもよって、ヒューベルトの誕生日に。

1人息子の、生まれた日に。

なぜ。


「だって、誕生祝いだろう? ヒューに新しい家族をプレゼントしたかったんだ!」


愛する僕の愛する子どもなら、きっと喜んでくれると思って!というマルクの言葉に、その場にいた全員が化け物を見る目で見た。









見切り発車で連載始めました。

完結できたらいいな…(´ー`)

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