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「召喚に従い、参上いたしました。シューリヒト子爵家アリッサにございます」
「ああ、来たのか。取り敢えず座ってくれ」
応接間に通され挨拶の口上を述べると、ソファに座るように促される。
寄親であるカルヒネン公爵家に、当主変更の旨送ったのは、手続きが済んですぐのことだ。あくまで礼を欠かないためと、形式上で。
すると翌日に、公爵家からの使者が来た。
その場で返事をもらってくるようにと公爵から託ったとのことで、アリッサはすぐに封書を開けた。
それは、この度の当主変更について詳細を聞きたい、明日の15時はどうかという、短い手紙で。
一見こちらの予定を聞いているようだが、実質命令のようなものだ。
承諾と伺う旨、封書に認めようとしたが、口頭でいいとのことで使者はアリッサの返事を聞くや否や帰っていった。
公爵家から何かしら反応があるかもと思っていたので、呼び出されたこと自体はそれほど意外でもない。
とはいえ、話すことなどあるのだろうかという疑問も浮かぶ。
たかが子爵家の内情、公爵家が把握していないはずもないだろうにと。
「久しぶりだね、アリッサ」
「シューリヒト子爵とお呼びください、閣下」
「私と君の仲じゃないか」
「学生時代、同じクラスなだけだったと記憶しております」
「…相変わらずだね」
それはこちらの台詞です、とは口に出さないでおいた。
相手が学生時代の延長のように話すからといっても、こちらがそれに合わせるわけにはいかない。
今は子爵と公爵という絶対的な身分の差がある。当人が許しても、周囲が許さない。その程度のことが分からないほど、アリッサは愚かにはできていなかった。
ギード・カルヒネン。
元は侯爵令息。公爵家の嫡子は、今は爵位を継いだアルーゼ・カルヒネン女公爵である。
アリッサたちが通っていた学園は身分関係なく成績で分けられていたが、同クラス以外の接点はなかった。
クラス内でも秀麗な美貌で、女性に人気があったことを本人も自覚があり、何かとそれを利用していた節があった。特定の女性とではなかったことと、それが行き過ぎたものではなかったことが、見逃されていた要因だろうか。
軽い口調の中でも探ろうとする視線だとか、妙に馴れ馴れしい態度をとるところだとか、変わってないようだが何とも言えない。卒業後は、節目に挨拶を交わす程度の関係だ。
「今回の件、災難だったね」
「…恐れ入ります」
「何故呼び出されたか分からないという顔をしているね」
「……はい」
「お察しの通り、子爵家の事情などとうに把握している」
予想と違わぬ言葉に疑問が深まる。こちらの報告書だけではない、公爵家ともなれば独自の情報網があるだろうし、時間を割いてまで会う必要性が見当たらなかった。
「マルク・シューリヒト。5年ほど前から、平民女性と逢瀬を繰り返し、その女性との間にできた娘を、君の息子の誕生日に子爵家へ連れて帰る。親族会議で当主の資格なしと見做され、君が1人息子のヒューベルトの成人まで子爵家を預かることになった。…何ともお粗末な話だな」
反論しようとも思わないが、纏められると、たったこれだけの出来事なのだ。
何の関わりのない人間からすれば。
「それまで全く気付かなかったのは、君の夫が隠すことに長けていたのか、君の目が節穴だったか、余程信頼があったからか…」
独り言じみたギードの言葉がいちいち刺さる。
そうだ。信頼していた。裏切られることなど、微塵も浮かばないほどに。
今から思えば、怪しい素振りは確かにあったのに。節穴だったと言われても否定できない。
気付かないふりをしていたわけではなかった。
始めから、その可能性を無意識に除外していたのだ。
「君にそんな顔をさせるために、呼んだわけではないが」
「……申し訳ございません」
油断していたわけではないが、微かな変化でも悟らせたのは失態だった。
殊に、ギードのような男の前で。
「さて、アリッサ・シューリヒト。いくつか聞きたい」
「はい」
「子爵家の跡取りは問題ないのかな?」
「現時点で、特に問題は挙がっておりません」
教育の方は順調に進んでいるし、倫理観や道徳観については、父親の所業をよしとしていなかったから、同じ轍を踏むことはないと言っていいだろう。
もし間違った方向に進むようであれば、是正しなければならないにしても、今のところ必要ない。
「ふむ。そういえば、まだ5歳だったな。今後の成長に期待といったところか。では例の愛人親子の方だが、何故彼女らを追い出すなり、始末なりしなかった」
「…決定したのは義父である前子爵ですが、禍根を残さないため、我々の監視下に置く選択をされたのだと思われます」
賠償の問題を抜きにしても、野放しにして誰かの思惑に利用されないとも限らない。マルクの、シューリヒト子爵家の血筋であることは間違いないので尚更。
下位貴族でも、領地を預かる身。
事前の対策というより、可能性を排除したに過ぎない。
「君にとっては夫を奪った憎い相手だろうに。禍根というなら、消した方が手っ取り早いとは思わなかったのか?」
「……」
言及されて気付いたが、それは始めから選択肢にはなかった。
だが、全く考えなかったかと聞かれれば、どうだろう。
私は、マルクを心から愛していた。
愛していたから、裏切りに傷つき、悲しみもした。じくじくと苛む痛みは、なくなったわけではない。
しかしだからといって、ダーシャを殺したいと思うほど、憎んでいるだろうか。
関わりたくないとは思っている。顔を合わせたくないとも思っている。
それは、この世から消えてほしいと思うほどの、強い感情だろうか。
「…仰ることは分かりますが」
「まさか、人を殺すことに抵抗があるとは言うまい?」
「それは…はい」
家門に不利益を齎すものは容赦なく切り捨てる。貴族社会とはそういうものだ。
アリッサ個人としては極力避けたいところだが、必要があれば躊躇してはならない。それが家を守ることに繋がるのならば。
では、今回の件はどうだろう?
あの2人の存在は、家門の不利益を招くものだろうか。メレフ子爵家との信頼は揺らぎかけたが、揺らいではいない。
存在を抹消しなければならないほど、子爵家に影響力があるだろうか。
そして仮にあの2人を秘密裏に処理したとしよう。
マルクがどう行動するかを、想像してみる。
「おそらくですが、……同じことを繰り返すような気がしますので」
「ほう?」
ダーシャが女性として魅力的だったから、もしくは彼女に好意があったから関係を持った結果、子供ができたではなく、子供が欲しくて関係を持ったというのがマルクの言い分だ。
それを信じるのならば、”ダーシャだから”不貞を働いたわけではなく、マルクにとって都合がよかっただけだとも言える。
つまり、相手は誰でもよかったということになる。
義両親たちに叱責され、今は不満を覚えているにしても、しばらくは大人しくしているかもしれない。
だが、あの2人がいなくなれば、忘れた頃に、第二第三のダーシャが生まれるのではないかとアリッサは思う。
ならば、まだ生かしておいた方が使い道があるとも言える。
「なるほど、というべきかな」
個人的に理解されなくとも構わないが、公爵家として異を唱えられるのならまた違ってくる。
自分の手を汚さないための言い訳ともとれるアリッサの言葉を、どう判断するか。後付けの理由と指摘されても何も言えない。
実際、どんな相手であれ、積極的に人を殺したいわけではないから。
ギードが口を開くまでの数秒がやけに長く感じる。
「──それが、子爵家の選択ならば尊重しよう」
「ありがとうございます」
もちろん、これから先、何も起きないことが前提の許しだ。余程目に余らない限り、介入してくることはないだろうが、気は抜けない。
「しかし、随分と寛大な処置だな。愛人親子は子爵家で保護、君の夫はお咎めなしか」
「…そうかもしれません」
「人が好いことだな。君はそれでよかったのか?」
「──…はい」
いいも何も、家の決定だ。個人の感情で左右されるものではない。どちらにせよ、私に決定権を委ねられていたわけでもなかった。
それにしても、不思議に思うほどギードはマルクの名を呼ばない。面識はあるし、知らないわけではないのに。
「君は、夫を見返してやろうとは思わないのか?」
「……どういう意味でしょう?」
「ああいう奴らは自分が同じ目に遭わないと、反省しないものだろう?」
「何が、」
言いたいのだろうか。
「君にも、愛人を用意しようかと言っている。私が相手でも構わないよ?」
殊更読めない笑顔を浮かべた男の提案に、アリッサは表情を消した。
こちらの更新はお久しぶりです。
最近、なろうトップから新着読もうとしたら、AI小説でがっかりしてたりします。マジで、AIをジャンルで分けてくんないかな~~~~~。
そんで、感想の返信しようとしたら、エラーになるのやめてもろて(PCの不具合だと思うけど)。




