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そのとき私の幸せは崩れた  作者: 篠月珪霞


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10/13

side:ダーシャ

「ねえ、お母さん、なんでここから出ちゃだめなの?」

「ごめんね、お母さんにも分からなくて……マルクなら分かると思うんだけど」

「お父さん、いつ来るんだろ?」

「うーん、お仕事終わったらかな?」


可愛い娘は椅子に座って足をぷらぷらさせている。そんな仕草も愛らしくダーシャに映る。

マルクに引っ越しするよ!と言われ、子爵家に来たのはいいものの、なんだか歓迎されてない雰囲気。

使用人?の人たちも、みんな冷たいし。丁寧には接してくれるけど。

お昼ご飯を食べた後から、部屋から出ないように言われていて、扉の前には見張りみたいな人までいる。

何も悪いことはしてないのに、どうして?


昨夜はとても楽しかったのにと溜息をつく。

ぴかぴかに磨き上げられた食器に盛り付けられた、見たこともないご馳走。お姫様みたいな、綺麗なドレス。夢のような時間だった。


「お兄ちゃん、なまえ、なんだっけ?」

「ヒューベルトって言ってたわね」

「ヒューベルトお兄ちゃんかぁ」

「リーズはお兄ちゃん好き?」


興味津々な娘に問いかけてみると、首を傾げながら考えている。可愛い。


「町の子たちとぜんぜんちがうし、お話ししてみたいなぁ」


マルクと初めて逢ったときのわたしみたいなことを言っていて、くすりと笑みが漏れる。

お店でしつこく絡まれていたときに助けてくれたのだけど、領主だなんて思ってもみなかったあのとき、マルクが王子様のように見えた。


「仲良くなれそう?」

「うん!」


これから一緒に暮らすのなら、仲良くしてくれるに越したことはない。娘の返事にほっとする。

それはそれとして。

奥様の方は、何も聞いていなかったのだろうかと疑問に思う。

昨日着いたとき、わたしたちの姿を見てとても驚いていたようだった。

考えたところで、ダーシャに答えは導き出せない。それは自分がよく分かっている。

マルクは言葉足らずなところがあるから、きっと行き違いがあったのだろう。

そういえば、さっき食堂に来ていた夫婦らしき人たちは、この家のお客さんなのかしら?




リーズと他愛もない話をしながら時間は過ぎていき、やがて夕食が運ばれてきた。部屋で摂るようにとのこと。

マルクはどうしたのか聞いても教えてくれず、だんだん不安になってくる。

本当に、ここに来てよかったのかと。

奥様は優しい方だし、リーズは可愛いから大丈夫だとマルクは言っていたけど…。

落ち着かない挙動が出てしまっていたのか、リーズが気遣わし気に見ている。いけないいけない。娘に心配させるようなことをしちゃうなんて。

でも、まさかその不安が的中するなんて思いもしなかった。

その夜のことだ。


ノックの音がして、マルクかと思って開けてみると、そこには昼間見た夫婦のひとたちが護衛?の人といた。


「あの…なにか?」

「話があるので、時間をとってもらう。悪いが拒否権はない」


男性に高圧的に言われ、身体が委縮する。身をずらす形になったわたしをすり抜け、3人は入ってきた。

ソファに座った夫婦?がわたしも来るようにと言っている。温かみの欠片もない目で見られ、何とか移動して対面で座る。急に場違いなところに来てしまったような感覚に襲われ、そわそわする。

なんだか、怖い。マルクはどうしたのだろう?


「あの、マルクは…?」

「その前に、自己紹介しよう。私はマルクの父でこの家の前当主。隣は妻だ。後ろのは護衛なので気にせずともよい」


マルクのお父様?

あ、わたし名乗ってもいなかった!


「失礼しました! わたしはダーシャと言います。あちらは娘のリーズです」

「ああ」


娘はあちこちでうろうろしているが、諫めるべきだろうか。いや、それより初めて顔を合わせる祖父と祖母だ。挨拶をさせるべきだろう。


「リーズ。こっちにおいで」

「なにー?」

「こちらは、リーズのお祖父ちゃ、…お祖父様とお祖母様よ」

「おじいちゃんとおばあちゃん?」

「ほら、挨拶して」

「えっと、こんにちは! リーズです!」

「……ああ」


ぺこりと頭を下げるリーズに短い返事。やっぱり、なんだか…。


「さて、夜も遅い。早速本題に入らせてもらう。…まず明日の朝一で神殿に行き、親子鑑定をしてもらう。その子どもがマルクの子だという保証がないのでな」

「?! そんな…!」

「何だ。鑑定して不都合でもあるのか?」

「っいいえ…」


そうではない。不都合なんかあるわけない。だって、リーズは間違いなくマルクの子なのだから。

ダーシャはマルク以外とそういうことはしてない。

なのに。


「その鑑定結果次第だが、もしマルクの子でなかった場合、お前は騎士団へ突き出す。子は孤児院行きだ。

 また、マルクの子であった場合だが、」

「ちょ、ちょっと待ってください! 騎士団って、どういうことですか?!」

「当然だろう? マルクの子でないなら、お前は詐欺師ということになるからな」

「そんな…」


愕然とした。疑われるのも心外だけど、犯罪者みたいに言われるなんて。


「続けるぞ。マルクの子であった場合、当家ではお前を下女として雇う準備がある」

「下女…?」

「下働きだ」


え? どうしてわたしが下働き?? マルクの話と違う…。


「ちなみに、当家の雇用を断った場合、娼館に行ってもらう」


娼館?!

衝撃に言葉を失っているダーシャに構わず、マルクの父という人は話を続ける。


「何故という顔をしているな。説明してやろう」


そして聞いた。

昨日、マルクが持ってきたドレスは、奥様の大切なものだったこと。無断で借りていたこと。

わたしたちが汚して、その汚れは落ちなかったということ。

その賠償として、わたしには借金ができていたこと。かなり大金の。

綺麗なドレスに目が眩んで、どこから持ってきたのかとか、何も考えなかった。考えもしなかった。


「…お母さん、だいじょうぶ? ぐあいわるいの? おじいちゃんにいじめられたの?」


顔を真っ青にして黙り込んでしまったわたしに、リーズが寄ってきて、マルクの父を睨む。小さいながら、母を守ろうと立ち塞がる姿に涙が出そうになる。


「違う、違うの、リーズ…」


声が震える。けれど。


「その点に関しては、同情の余地がなくもないが。…そもそも、妻のいる男の子を産むという選択をしたお前の自業自得だと、覚えておけ」


そうなのだ。いくらマルクに好意があったとしても。

どうしても子供が欲しいと懇願されても。

彼は領主で、既婚者であることに変わりない。

最終的に選んだのは、わたしで。

──自業自得。その通りなのだ。





その晩はなかなか眠れず、夜が明けて。

朝食を終えた後、マルクと彼の母という人がやってきた。神殿には、彼の母も同行するのだとか。

マルクは顔を腫らしていて、どうしたのかと問えば、父に殴られたと。


「いきなり暴力振るうなんて、ひどいよね」

「……そうね…」


マルクはいつも通りだった。昨日、マルクも同じような話があったはずなのに。

もしかして、わたしは、この人のことを見誤っていたのではないか。

昨日から、その疑いが晴れない。


馬車の中でも、絶えずリーズとはしゃいでいて。単純に旅行に行くかのように。

遊びに行くわけではないと、わたしでも分かるのに。

わたしとリーズ、マルクと彼の母という組み合わせで座っていたのだが、彼の母は一言も喋らない。ただ、じっとこちらを見ている視線が怖くて仕方なくて、早く神殿に着かないかとそればかりを願っていた。


3時間かけ、ようやく公爵領に入り、神殿に着いたときは疲労感でいっぱいだった。

帰りも同じなのだと分かっているが、居た堪れない空気からひとまず逃れられたことに、ほっとした。

神殿では、マルクとリーズの血が必要ということで、少しだけ我慢よ、とリーズに言い聞かせ、鑑定してもらう。

間違いなどあるはずがないが、もしマルクの子ではないと出たらどうしようと不安になる。

結果が出る1時間がとても長く感じて、祈るような気持ちになる。待つことしかできないから尚更だ。

マルクとリーズは確かに血縁であると証明されたときは、心の底から安堵した。


帰り道、マルクは得意げに彼の母にいろいろと語っていたが、覚えていない。途中で買い物に行こうと言い出した時は、止めるべきかどうか悩んだが、押し切られた。

ダーシャとリーズも馬車から下りてと促され、気が進まないものの、お店の中に入る。子爵家の馴染みのお店だという。

だがそこで、予想しなかった事態が訪れたようで。


「…は? 購入できない? どういうことだ?」

「申し訳ございません」

「いや謝罪じゃなくてさ、何で買えないのかってことなんだけど」

「申し訳ございません。当店では分かりかねます」

「はー…分かった。もういいよ」


他に客もいたので声を荒げるようなことにならなくてよかったが、どうしたのだろうか。


「他のお店行こう、ダーシャ。ほら、リーズも」


そう言って何件か回ったが、同じ返答、同じ対応だった。

訳が分からないとマルクは憤っていたが、彼の母はそんな息子に冷たい視線を投げかけるだけだ。

何か知っているのかもと思ったが、聞く勇気はなかった。





あくまで、躾は貴族基準ですので。。

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― 新着の感想 ―
生きた人間をプレゼントから始まり何を言われ糾されても変化なし。 マルクはお家へ帰れるうちは許されると思い、後悔も態度改めもしないでしょう。 昭和以前のボクちゃん家庭で甘やかされた犯罪者の思考に似ている…
マルク、ヤバい。
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