エピローグ_黄金の檻の、賑やかな日常
王宮での公務を終え、馬車を降りるなり、レインハルト様の足取りはかつてないほど軽快でした。
魔法省の官吏たちが見れば、「あの氷の魔導師がスキップでもしそうだ」と目を疑ったに違いありません。
彼は執事の出迎えさえ片手で制し、一直線に向かったのは、わたしたちの聖域である離れの別宮でした。
そこでは、柔らかな午後の光の中で、わたしが一歳になった双子のアルテミスとサリエスに哺乳瓶で授乳している真っ最中でした。
「ただいま、シャル! 会いたかった、僕の愛しい人……!」
扉が勢いよく開いたかと思うと、レインハルト様が眩いばかりの笑顔で滑り込んできました。
彼はわたしの膝の上で満足げに「くぴ、くぴ」と音を立てていたアルテミスと、メイドに授乳してもらっていたサリエスを一瞥すると、即座に控えていた侍女のアンナを呼び寄せました。
「アンナ、アルテミスをお願いする。……さあ、シャル。寝室へ行こう。今日は会議が長引いて、僕の魔力はもう限界なんだ。君を吸い尽くさないと倒れてしまう」
「ああっ、レインハルト様! なんてことを……っ。今、この子が一生懸命飲んでいるところなんですわ!」
レインハルト様はわたしの抗議もどこ吹く風。
驚くべき手際で、まだ飲み足りないとばかりに「ふぇっ……」と顔を歪めたアルテミスをアンナの腕に預けようとしました。
案の定、平穏を破られたアルテミスが泣き出し、それにつられてサリエスも。
双子は「わあああああん!」と大合唱を始めてしまいました。
「……パパ、おとなげない」
その時、わたしの足元から、低く、けれど冷徹なまでの正論が響きました。
三歳になったばかりの長男、リオンです。
彼は自分の腰の高さほどもある積み木を魔法で積み上げていた手を止め、父親そっくりの黄金の瞳を細めてレインハルト様を射抜きました。
「ど、どこでそんな言葉を覚えてくるんだい、リオン。……彼らはもう一歳なんだ。そろそろミルクは卒業して、離乳食に専念すべきだろう? これは彼らの自立のためなんだよ」
レインハルト様は、三歳児相手に大真面目な顔で教育論をぶち上げました。
「パパ、うそつき。……パパが、ママをひとりじめしたいだけ。ママは、ぼくたちのだから。連れていかないで」
リオンはわたしのドレスの裾をぎゅっと握りしめ、ぱたぱたと小さな手を動かしました。
すると、レインハルト様がわたしを連れ去ろうとして伸ばしていた手に、微かな「斥力」の魔法が干渉したのです。
「ほう……。僕に魔力で挑もうというのかい、リオン。……いいかい、よく聞きなさい。ママを最初に見つけ、愛し、契約を結んだのはこの僕だ。つまり、ママはパパのものなんだぞ」
「……ママは、パパの『おもちゃ』じゃない。ママ、こっち」
三歳の息子と二十三歳の父親が、わたしの左右の手を取り合い、ばちばちと火花を散らす黄金の瞳で睨み合いました。
その間、放置された双子はさらにボリュームを上げて泣きじゃくっています。
「……お二人とも、いい加減になさってくださいまし!!」
わたしの雷が落ちると、二人の黄金の騎士は同時にびくっとして肩を震わせました。
「レインハルト様。お仕事帰りで、お疲れなのは分かりますわ。でも、アルテミスとサリエスを泣かせてまでわたしを連れていこうとするなんて、お父様として失格ですわ! 今夜は、お一人でお休みになりますか?」
「そ、それだけは勘弁してくれ、シャル! 僕が間違っていた。アルテミス、サリエス、ごめんよ……」
レインハルト様はあわてて双子をあやし始めましたが、一度火がついた赤ちゃんの機嫌はそう簡単に直りません。
結局、彼は泣き止まないサリエスを抱っこして、部屋の中を右往左往する羽目になりました。
リオンはそれを見て「ふん」と鼻を鳴らすと、満足げにわたしの膝に頭を預けてきました。
ようやく双子が寝静まり、リオンも自分の部屋で眠りについた深夜。
寝室に現れたレインハルト様は、先ほどの勢いはどこへやら、耳を垂らした大型犬のようなお顔で、ベッドの端に座るわたしのもとへ歩み寄ってきました。
「……シャル。……リオンは、僕に似すぎていて扱いにくいな」
「ふふっ。鏡を見ているようで、面白うございますわ」
わたしがくすくす笑うと、レインハルト様はわたしの腰に腕を回し、そのお腹に顔を埋めました。
「……今日は、本当に会議が地獄だったんだ。君の匂いを、君の熱を、ずっと求めていた。……ねえ、シャル。昼間の分……いや、それ以上の補給をさせてもらえるんだろう?」
彼はわたしの指先を一本ずつ、熱っぽい吐息とともに含みました。
その黄金の瞳には、子どもたちの前では決して見せない、どろりとした執着と渇望が渦巻いています。
「……仕方ありませんわね。……今夜は、たっぷりとお相手いたしますから。……その代わり、明日の朝はリオンたちと一緒に、ちゃんとパンを召し上がってくださいね?」
「ああ。……君に吸い付いていられるなら、パンでも泥でも、いくらでも食べるよ」
彼はわたしの唇を塞ぐと、そのままわたしをシーツの海へと沈めました。
昼間の攻防戦の鬱憤を晴らすかのような、執拗で、逃げ場のない愛撫。
わたしの身体から溢れ出す甘い香りが、最強の魔導師の理性を、今夜もまた完膚なきまでに溶かしていくのでした。
エピローグまでお読みいただき、ありがとうございました!
明日は新作短編、そして番外編(合計三話を予定)の公開となっています。
番外編は王家の昼食会で入れられなかったエピソードを詰め込みました。
とても面白く仕上がったので、ぜひお楽しみいただけると嬉しいです。




