27_『お兄様』と『支配者』
双子の男女、アルテミスとサリエスが誕生してから半年。
ふたりは揃いの銀灰色の髪を持ち、瞳は黄金色の輝きを受け継いでいました。
二人の天使を授かった喜びは、わたしの心を満たし、以前よりも少しだけ、公爵夫人としての自信を授けてくれたような気がします。
***
シルバード王宮の「陽光の間」へと続く回廊を、わたしはレインハルト様にエスコートされながら歩いていました。
この日の昼食会は、表向きは次期公爵就任を控えたレインハルト様への祝意と、ヴァルテンベルク家との親睦を深めるための場。
出席者は、老齢ながら威厳を保つ国王陛下、怜悧な瞳を持つ第一王子オプティマイオス殿下とその正妃マリアンナ様。
そして、わたしたち夫婦と義父であるライオネル公爵閣下です。
「足元に気をつけて。……シャル、やはり僕が持とう。君が重いものを持つ必要はないんだ」
隣を歩くレインハルト様が、心配そうにわたしの手元を覗き込みます。
「もう、レインハルト様。たかがケーキの箱一つですわ。これくらい、わたしに持たせてくださいな。城下町で一番人気のミルフィーユなんですもの! わたし、ここのお店の広報も兼ねているつもりなんです」
わたしは、大切そうに抱えた豪華な化粧箱を胸に、少しだけ頬を膨らませました。
「君はいつからケーキ屋の広報係になったんだい? 公爵夫人が自ら宣伝せずとも、僕が買い占めて王宮に配らせれば済む話だろう」
「それでは意味がありませんわ! わたしが選んだということに価値があるのですから」
そんな、傍目には「最強の魔導師が妻に完全にやり込められている」ようにしか見えない光景を、一人の少女が射抜くような視線で見つめていました。
第六王女、ナタリア殿下。
亜麻色の髪を揺らし、翠の瞳に若々しい知性を宿した彼女は、最初、王族としての完璧な淑女の礼に則り、静かにわたしたちを迎えました。
「はじめまして、レインハルト・イル・ヴァルテンベルク様。……そして、夫人」
「はじめまして。ナタリア王女殿下。ご機嫌麗しく。……本日はお招きいただき、ありがとうございます。僭越ながら、城下町の名店のケーキなどをお持ちしました。どうぞ召し上がってくださいませ」
わたしが花が綻ぶような笑みを浮かべ、ナタリア様に挨拶を返した、その瞬間。
彼女の翠の瞳の中で、激しい魔力の火花が散りました。
「……この方が『お兄様』を狂わせた女性なのですね。確かにとんでもなく美しいですわ。しかも、こんなに気遣いができて愛らしいだなんて!」
「えっ? ……お、お兄様??」
あまりに唐突な言葉に、わたしは思わず声を漏らしてしまいました。
隣のレインハルト様も、眉をひそめてナタリア殿下を射竦めています。
「……ナタリア王女、今なんと?」
「……なるほど。お兄様が、すべてを投げ打って人生を捧げるのも納得ですわ」
ナタリア殿下は、わたしの返事も待たずに、熱に浮かされたような表情で言葉を続けました。
「わたくし、この世で最も危険な女性を見誤っていましたわ!」
「ナタリア殿下? 一体何を……」
レインハルト様がわたしを背後にかばうように一歩前に出ますが、殿下の勢いは止まりません。
「お兄様をこれほどまでに見事に御するだなんて、並の女性でないことを確信いたしましたわ! なんてことでしょう……!!」
殿下は頬を紅潮させ、拳を握りしめて、今度は会場全体に聞こえるような声で叫びました。
「あんなに恐ろしくも美しい、このお兄様を平伏させているだなんて……っ! 貴女こそが、このヴァルテンベルク……いいえ、この王国の真の支配者ですのね! シャルロット様!!」
「え、えええっ……!?」
わたしは完全に思考が止まってしまいました。支配者? わたしが?
隣でレインハルト様が、みるみるうちに顔を青ざめさせていくのが分かります。
「お兄様! 貴方がこれほどまでに尽くし、甲斐甲斐しくお世話を焼いていらっしゃる理由がようやく分かりましたわ! 逆らえば、この美しさによって国が滅ぶ……。それを防ぐために、貴方は自ら奴隷となって、この方を邸の奥深くに閉じ込めているのですね!?」
「……違う。断じて違う。ナタリア殿下、妄想を止めるんだ」
「いいえ! わたくしには見えますわ! シャルロット様の手のひらの上で、必死に機嫌を伺うお兄様の姿が! おお、なんて神聖で、そして恐ろしい光景……っ! ぜひその、最強の魔導師を手のひらで転がす、支配の極意をご教授いただきたいですわっ!」
ナタリア殿下は、もはや拝むような仕草でわたしを仰ぎ見ていました。
「……殿下、少し……いや、かなり落ち着いてください。僕が言った『注意』が、どうしてそんな解釈になるんだ」
レインハルト様は、ついに片手で顔を覆い、深く、長く、頭を抱えてしまいました。
以前の「注意」が、どうして「支配の極意」という解釈に繋がったのか、彼の計算を遥かに超えてしまったようでした。
「……ナタリア、それまでにしなさい。夫人が困っているではないか」
老齢ながら威厳を保つ国王陛下が、苦笑いを浮かべながら娘を窘めました。
ようやく昼食会が始まります。
第一王子オプティマイオス殿下とその正妃マリアンナ様、そして義父であるライオネル公爵閣下も席に着きました。
運ばれてきた料理を前に、国王陛下が少しだけ声を低くしました。
「さて、レインハルト。……近頃、ノルディア国とベルツ国の紛争が激化している。我がシルバード国には直接関係ないにしても、近隣諸国がこれを機に軍備増強を急いでいる。情報の空白を突かれぬよう、そなたらも気を抜かぬように」
「御意に。……我が方の騎士団も、万全の態勢を敷いております」
レインハルト様の声音が、一瞬で「公爵」としての冷徹なものへと切り替わります。
重苦しい外交や軍事の話が続く中、わたしは公爵夫人として静かに聞き入っていました。
……けれど。
(…………熱い、ですわ)
ふと視線を感じて横を向くと、そこにはナタリア様が、きらきらとした、もはや信仰に近い瞳でじっとわたしを見つめていました。
国王陛下が話す緊迫した情勢など、彼女の耳には届いていないようです。
「(シャルロット様、後ほど……後ほどじっくりと、お兄様の『鳴かせ方』を教えてくださいましね……)」
小さな、けれど確かな意志を込めた囁きが聞こえ、わたしは手に持っていたフォークを落としそうになりました。
最強の魔導師に愛され、守られる生活。
……どうやら、その平穏な「檻」の外には、想像以上に賑やかな「崇拝者」が待ち構えているようです。




