25_支配の言霊~レインハルトside~
ヴァルテンベルク公爵邸の大広間は、高い天井から降り注ぐ陽光を大理石の床が冷ややかに反射し、静謐な威厳に満ちていた。
その中心で、僕は一人の招かれざる、しかし無視もできない来客と対峙していた。
第六王女、ナタリア殿下。
亜麻色の髪を緩やかに結い、翠の瞳に若々しい野心を宿した彼女は、王家の紋章が刻まれた親書を僕に差し出した。
「国王陛下より伺いましたわ。公爵就任に向けて、徐々に権限を委譲なさるとのことで……。取り急ぎ、簡単にご挨拶の書状でございます」
「……左様でございますか。陛下のご配慮、恐悦至極に存じます」
僕は書状を受け取りながら、内心でため息をついた。
根回しが早すぎる。
父上が隠居を宣言してからまだ数日だというのに、王家は早くも、僕という「最強の盾」を完全に繋ぎ止めるための布石を打ってきたわけだ。
「時に、レインハルト様……。貴方は愛妾を持つお考えはないのですか? 貴方ほどの美丈夫でしたら、幾人でも……。ええ、望むだけの女性が列を成すでしょうに」
ナタリア殿下は、そのエメラルドの瞳でまっすぐ僕を見つめ、あろうことか僕の指先に自身の指を絡めた。
……振り払えば不敬になるだろう。
そう思い、僕はわずかに身じろぐ。
「いえ、結構。僕は妻以外必要なく……」
「国王は、王家との結びつきをより強固にしたいとお考えですわ。……わたくしでは、不満かしら?」
彼女の瞳に宿る、征服欲と微かな情熱。
僕は嘆息した。
先日の王宮主催の夜会で少し「脅し」をやりすぎたせいか、第三王子フェンデルは黙ったものの、逆に僕という強大な力に魅せられる者まで現れ始めたらしい。
――けれど、彼女は知らない。
僕がすでに、シャルロット以外の女性を抱けない身体になっていることを。
淫魔の血がもたらす、残酷なまでに変容し続ける妻の肉体。
そして僕自身の狂おしい渇望によって、僕のすべては彼女という名の深淵に捧げられている。
「……殿下。少し、こちらへ」
僕は、ナタリア殿下を優しく、けれど抗いようのない力で壁際へと追い込んだ。
彼女の頬が朱に染まり、期待に満ちた熱い吐息が漏れる。
僕はその耳元に唇を寄せ、魔力を極限まで練り上げ、重低音の振動とともに「呪縛」を紡ぎ出した。
「僕は妾を迎え入れるつもりはございません。国王陛下にお伝えを。……二度と、そのような無駄な提案はなさらないように」
呪文のように、彼女の鼓膜から脳髄へと直接響き渡る声。
それは、聞いた者の思考を強制的に書き換える、魔導師としての冷酷な支配だった。
「……あなたも、僕のことは一切異性として見ないように。僕は、貴方の人生において『恐怖』と『畏敬』の象徴であればいい。……分かりましたか?」
「は、……はい……」
脳を直接かき回されたような恍惚と、抗いがたい支配の感覚。
ナタリア殿下は、視点の定まらない上気した顔のまま、ふらふらとした足取りで、僕に背を向けて去っていった。
彼女の記憶の中の僕は、今この瞬間から「男」ではなく、ただの「絶対的な不可侵の存在」へと固定されたのだ。
持続力は弱いが、瞬発力に優れた、使い勝手のいい魔導だった。
「……?」
殿下と入れ替わるように大広間に現れたのは、双子を宿し、はち切れんばかりの美しいお腹を抱えた我が妻、シャルロットだった。
「レインハルト様、あの方は……? なんだか熱っぽいお顔をなされて、体調でもお悪いのかしら……」
「あ、あぁ、シャル……、大丈夫だ。な、なんでもない。……そ、それより、本館に来るなんて、何かあったのかい?」
「あなたに、会いたくなっただけですわ」
僕は慌てて魔力を解き、彼女を抱き寄せようとした。
けれど、シャルはどこか疑わしげに目を細め、少しだけ頬を膨らませて僕に詰め寄ってきた。
「あなた、まさか……?」




