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24_闇を共有する父子~レインハルトside~


 深夜、本邸の最奥に位置する大公爵の書斎。

 重厚な扉の向こう側には、暖炉の爆ぜる音さえ遮断するほどの、重苦しい静寂が横たわっていた。


 僕がクリストフ男爵をこの世から消し去り、その魂の欠片さえも灰へと変えたあの夜。

 魔法的な隠蔽は完璧だったはずだ。

 けれど、一人の貴族が「存在そのもの」を失うという事態は、それ自体が巨大な空白――不自然な穴となって、嗅覚の鋭い連中を呼び寄せていた。


「魔法省の監察、および王宮の法務官たちが、隣国のクリストフ男爵の失踪を『異常事態』として正式に調査し始めた。……最後に目撃された現場に残された、微かな結界痕。そして何より、国境周辺の結界が不自然に書き換えられているという『情報の空白』。彼らはそれを、高度な魔導師による犯罪の証拠だと踏んでいる」


 机を挟んで向かい合う父上――ライオネル公爵の声は、かつてないほどに低く、冷ややかだった。

 僕は表情を変えず、ただ黙ってその言葉を受け止めていた。


「……僕の仕業だと、確証を掴んでいるのですか」


「証拠など必要ない。王国最強の魔導師が、愛する妻を攫おうとした男を放置するなど、誰が信じる? ……魔法省の連中も、ある程度の疑念は抱いている。だが、ヴァルテンベルクという巨大な盾に阻まれ、手を出せずにいるだけだ」


 父上は溜息をつき、机の上に置かれた何枚もの極秘文書を、乱暴に僕の前へと押しやった。


「監察には『公爵家として全責任を持つ』と宣言し、調査を打ち切らせた。クリストフは隣国への亡命、あるいは闇ギルドとの取引に失敗して消えたのだと。……お前の汚した跡は、すべて私がヴァルテンベルクの権威をもって潰した」


 それは、かつての「教育」としての叱責ではなかった。

 父上は、僕の犯した罪を、ヴァルテンベルク家全体の罪として抱え込むことを決めたのだ。

 僕たちは今、父子という関係を超え、一人の女性を守るために闇を共有する「共犯者」としての同盟を結んでいた。


 父上は椅子に深く背を預け、鋭い黄金の瞳で僕を見つめた。

 その眼差しは、僕の魔力だけでなく、僕の魂の奥底に棲みついた「執着」という名の怪物を鑑定しているようだった。


「……レインハルト。お前は今、いくつになった」


 唐突な問いに、僕はわずかに眉を動かした。


「……もうすぐ、二十二になります」

「そうか。……もうすぐ二十二か。……早すぎると思っていたが、もはや待つ意味もないようだ」


 父上は、まるで長年の重荷を下ろすかのように、静かに、けれど揺るぎない口調で続けた。


「……三年後を目途に、お前に爵位を移譲する。準備はしておけ。私は、領地内の別の邸で妻と隠居するつもりだ」


「――――はい……?」


 あまりの言葉に、僕は思わず声を漏らした。

 公爵位の移譲。

 それは、この国の政治的勢力図を根底から塗り替えるほどの重大事だ。

 二十五歳での襲爵など、王国の歴史を見ても異例の若さだった。


「お前の魔導の力は、もうとうに私を超えている。魔法省の監察を黙らせ、王宮の不信を撥ね退けるには、お前自身が『公爵』という絶対的な権力を手にしている方が合理的だ。……あとは領地運営の機微だけ覚えればいい。……三年だ。それまでに、お前のその荒ぶる魔力と采配力を、ヴァルテンベルクを統べるための『法』へと昇華させろ」


 父上は立ち上がり、窓の外、暗闇に沈む公爵邸の全景を見つめた。


「……美しい妻を守り、息災に暮らせ。……お前の作るヴァルテンベルクの歴史が、誰にも、そして彼女自身にさえも壊されぬほど強固なものであることを、私は願っているよ」




 書斎を出て、冷たい回廊を歩きながら、僕は自分の右手に宿る魔力の熱を感じていた。


 三年。

 三年後、僕は正式にヴァルテンベルクの主となる。


 そうなれば、もう誰も僕の采配に口を挟むことはできない。

 魔法省も、王宮も、そしてこの邸内のすべても。


 父上は、僕の狂気を容認したのではない。

 僕を公爵という座に据えることで、僕の狂気ごとヴァルテンベルクに封じ込め、この家の繁栄を維持しようとしているのだ。

 ……なんと残酷で、合理的な「和解」だろうか。


 別宮へ続く渡り廊下を進むと、夜風がシャルの好きな白百合の香りを運んできた。

 僕は、寝室で双子を宿し、安らかな寝息を立てているであろう彼女の姿を思い描き、唇を結ぶ。


 父上と母上が去れば、この広大な屋敷は、名実ともに僕とシャルロット、そして子どもたちだけの「聖域」となる。

 そこには、他人の視線も、不穏な噂も、一滴の毒さえも存在しない。

 僕の魔力で編み上げられた、永遠に色褪せない黄金の檻。


「……お待たせ、僕のシャル」


 僕は、寝室の扉に手を掛けた。


 公爵という名を継ぎ、僕は彼女をこの世で最も残酷に、そして最も甘やかに守り抜くことを、夜の静寂の中で静かに、けれど狂おしく誓った。






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