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23_血の粛清~レインハルトside~


「違う! 誤解だ! 私はただ、あんなに美しい女性が君のような冷徹な男に飼い殺されているのが忍びなくて……! 彼女を救い出し、私の領地で幸せに……っ!」


 救い出す?

 幸せにする?

 滑稽だ。

 この汚らわしい欲望を隠しもせず、正義の面をして語るその厚顔無恥。


 僕の理性をじわじわと焼き切っていたのは、彼が僕のシャルロットに「恋」などという安っぽい感情を抱き、あまつさえその指先が、その視線が、彼女を汚そうとしたという事実そのものだ。


「……貴様が彼女をどう呼んだか、もう一度言ってみろ」

「……美しい、女神だ……。君には分からないだろうが、あの輝きは類まれなる……ぐああああっ!!」


 僕は魔法で彼の眼球の温度を、沸騰直前まで上昇させた。


「……彼女をその眼に映したこと自体が、万死に値する。貴様の網膜に焼き付いた彼女の残像ごと、すべて焼き消してあげるよ」


 僕は彼の髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。

 涙と鼻水で汚れた顔。

 これが、僕のシャルに度重なる無記名での貢ぎ物を送り、あまつさえ彼女を「救う」と夢想した男の成れの果てだ。


「……ひとつ、教えてやろう、クリストフ」


 僕は彼の眼前で、死神の囁きよりも残酷な真実を告げた。


「シャルは今、再び僕の子を宿している。それも二人だ。彼女は今、以前にも増して艶やかに、光り輝くような美しさになっているよ」


 男の瞳に、絶望と、そして救いようのない卑俗な欲情が走った。


「……なんだと……? ……あ、ああ! ……ならば、なおさらだ! その身体を、一度でいいから、この手で……っ!」


 その瞬間、僕の中の「魔導師」としての冷徹な部分は、一片の慈悲さえ捨て去った。

 この男は、死の間際まで彼女を汚れた妄想の中に引きずり込もうとしている。

 それが耐えがたかった。


 僕は立ち上がり、右手を静かにかざした。

 周囲の魔力が僕の怒りに呼応して激しく渦を巻き、空間そのものが軋むような悲鳴を上げる。


「……塵になれ。貴様のその醜い欲望ごと、彼女への執着ごと、この世から消えてなくなれ。魂の最後の一片まで、存在したという記録さえも、僕がこの世界から消去してやる」


「ま、待て……! 閣下! レインハルトどの! 助け……ッ!!」


「――――土に還れ」


 超高熱の白い奔流が、一瞬にして男を飲み込んだ。

 絶叫を上げる暇さえ与えない。

 タンパク質が焼ける臭いさえ残さない。

 ヴァルテンベルクの秘術は、対象を分子レベルで分解し、無へと還す。


 数秒後、そこには男がいたという証拠は何も残っていなかった。

 地面の石畳がわずかに白く焼けているだけで、男が身につけていた衣服も、卑俗な欲望を抱いた脳も、すべてが夜風に舞う灰へと変わった。


 僕は冷徹に魔法を解いた。

 シャルはあの時、僕の手を汚さないようにと泣いて止めてくれた。


「……ごめん、シャル。一生、僕のこの罪は隠し通すから」


 僕は懐から、純白のハンカチを取り出し、返り血など浴びていないはずの自分の指先を丁寧に拭った。

 この手で、明日も彼女の柔らかな肌を撫で、愛おしそうに子どもたちを抱き上げるために。

 僕がどれほど手を汚そうとも、彼女の住む「黄金の檻」の中だけは、永遠に清浄で、幸福に満ちていなければならない。




 屋敷に戻り、僕は一切の音を消して寝室へ向かった。


 そこには、穏やかな寝息を立てるシャルと、その隣で眠る息子、そして彼女のお腹の中で育つ二つの新しい命があった。


 僕は彼女の隣に潜り込み、その薄紫色の髪に顔を埋めた。

 彼女の体温。

 彼女の鼓動。

 それだけが、今の僕を生につなぎとめる唯一の錨だ。


 彼女を誘拐しようとした男が、どこで、どのように消えたのか。

 それを知る者は、この世界に僕しかいない。


「おやすみ、僕のシャル。……永遠に、僕の腕の中で、僕の嘘の中で、幸せな夢だけを見ていてくれ」


 僕は、彼女のふっくらとしたお腹を優しく撫でながら、その目じりに口付けた。


 夜が明ければ、僕はまた「高潔な小公爵」として、彼女をこの上なく甘やかすだろう。

 僕という怪物を、世界で一番優しい夫だと信じ込んだまま、彼女は僕の愛という名の檻で微笑み続けるのだ。






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