22_愛は、やがて怪物になる~レインハルトside~
窓から差し込む陽光は、あまりに穏やかで、この世の醜悪な真実をすべて白日の下に晒すには、あまりに眩しすぎた。
広大な公爵邸の最奥。
そこは、僕が作り上げた「黄金の檻」だ。
あの事件以来、僕はシャルを屋敷の外へ出すことを完全に禁じた。
名目は、産後の体調管理と、公爵家の跡継ぎである息子の安全。
けれど、その実態は、彼女を誰の目にも触れさせたくないという、僕の醜い独占欲の産物である。
シャルは、今の生活をそれほど不自由には感じていないようだった。
一歳を過ぎた息子の遊び相手をする日々。
彼女の周りには、僕が厳選したメイドを以前の倍以上に配置した。
彼女は、僕が与える過保護な愛に、ただ純粋に身を委ねていた。
庭園に併設された東屋。
柔らかい風が木陰を揺らし、色鮮やかな蝶が舞い踊る中、シャルは愛しい息子を胸に抱いていた。
その光景は、宗教画のような神聖さを湛えていた。
「不自由はしていないかい、シャルロット」
僕の問いに、彼女は顔を上げ、花が綻ぶような微笑みを浮かべた。
その瞳の輝きを見るたび、僕の胸の奥で、どす黒い感情が疼く。
「ええ、まったく……。それよりもあなた、お仕事は大丈夫ですの? あれからもう一か月、ひとときもわたしの側を離れず……。その、魔法省の方々は困っていらっしゃいませんか?」
「うん、正直に言えば大丈夫ではないね。昨日、王宮からついに召喚状が届いてしまったから」
「レインハルト様……!」
嗜めるような口調。
けれど、その瞳には僕を案じる確かな愛がある。
僕は彼女を安心させるように、その滑らかな頬をなでた。
ただ、僕は彼女を一人にするのが怖かった。
僕がいない間に、またあの汚らわしい獣たちが彼女に触れるのではないか。
そんな強迫観念が、僕の理性をじわじわと削り取っていた。
あの事件の後、僕は執拗に「なぜ」を繰り返した。
披露宴で、彼女の美しさが天下に轟いたのは計算違いではなかった。
僕は、僕の子を宿し、内側から発光するように輝く彼女を、僕の妻として誇らしく思っていた。
けれど、美しさは時に呪いとなる。
魔力のない平民の誘拐犯が、偶然あの日あの場所にたむろしていた?
――あり得ない。
報告を聞いても、かなり計画的な襲撃だった。
シャルロットの美しさに目を付けた何者かが、大金を積んで雇い、彼女を攫わせた。
けれど、雇われた連中は彼女という「究極の果実」を前にして、己の任務を忘れ、獣へと成り下がった。
……それが、最も合理的な推論だ。
僕は屋敷の庭師も、給仕も、古くから仕える執事でさえ信じられなくなっていた。
いつ、誰が、彼女の魅力に抗えず「間違い」を犯すか分からない。
「……可愛いね。僕たちの息子は」
僕は己の汚い思考に蓋をするように、芝生を駆け回る我が子を見た。
同時に、昏い考えが脳裏をかすめる。
(……僕の子どもが宿っている間にしか、社交界にも出したくない)
膨らんだお腹、僕によって美しさを加速させていく、その身体。
それこそが、彼女が「僕のもの」であるという何よりの証明であり、防壁なのだ。
僕は彼女を引き寄せ、ミルクの匂いと、彼女特有の甘い香りが混ざり合う唇を、情熱的に奪った。
五か月が過ぎ去る頃、僕の執念は一つの真実に辿り着いた。
事件の黒幕。
金で実行犯を雇い、シャルを奪おうとしたのは、隣国の男爵家の主人、クリストフという男だった。
その頃、シャルの身体には、僕の激情の結果が顕著に現れていた。
怒りに任せてしまった行為で、彼女の胎内には双子が宿っていた。
先日訪れた夜会。
一人目の出産からさほど間を置かず、再び大きなお腹を抱えた妻を連れて現れた僕を、周囲は「子煩悩な良き夫」と賞賛した。
僕が彼女に、どれほど暴力的な欲望をぶつけたかなど、誰も知らない。
シャルでさえ、僕のあの狂気を「自分を愛するゆえの激情」だと信じ込んでいる。
それでいい。
彼女には、ずっとその幻想を抱いていて欲しい。
僕という怪物を、愛おしい夫だと信じたまま、僕の檻の中で笑っていて欲しい。
***
――月が狂気を孕んだように赤く光る、深夜の娼館街。
僕は、血溜まりの中に立っていた。
鼻をつく血生臭さと、泥と、安っぽい酒の匂い。
足元には、恐怖で失禁し、這いつくばるクリストフ男爵がいる。
「……あ、あぁ……助けてくれ、公爵……! 私は、私は何も……っ!」
僕は無言で、彼の右手を踏み砕いた。
鈍く嫌な感触が磨き上げられた靴の裏を通して伝わってくる。
「ぐぎゃああああああッッ!!!!!!」
男が喉を潰したような絶叫を上げたが、僕が周囲に展開した「沈黙」の結界が、その声を夜の闇へ吸い込んでいく。
ここでは、いかなる悲鳴も、いかなる命乞いも、神に届くことはない。
「我が妻、シャルロットを誘拐しようとしたのは、貴様だな。あの下劣な連中を使い、あの日、あの場所で……、金で彼女の尊厳を売り渡そうとしたのは……貴様だ」




