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21_王子の傲慢と、氷の宣告


 わたしの身体が、恐怖と不快感に震えました。

 その瞬間、会場全体の空気が、一瞬で「死」を予感させる重圧へと変貌しました。

 魔法灯の光が激しく明滅し、窓ガラスがピシピシと悲鳴を上げます。


 レインハルト様は、表情一つ変えず、けれどその瞳には万物を灰に帰すほどの漆黒の殺意を宿して、王子の鼻先へ指を突きつけました。


「……殿下。敬語を崩さず、形式的な礼儀を保っているうちに、その汚い手を引いていただけますか」

「な、何だ……その態度は! 私は王子だぞ!」

「『彼女になにかすれば、王都の結界ごと更地にして差し上げる』。……以前、僕の研究室にまで来た第二王子の前で、そう誓ったことを、もうお忘れですか? ……それとも、ご存じないと?」


 レインハルト様の背後から、禍々しいまでの魔力の波動が立ち昇ります。

 それは単なる脅しではなく、彼が本気でこの場所を、この国を、わたし一人のために滅ぼす覚悟があることを示していました。


「な、っ……!!」

「あなた、落ち着いてください、また王族の方にそのような……!」


 フェンデル王子は、あまりの魔圧に膝をガクガクと震わせ、言い訳ともつかない呻き声を漏らしながら、逃げるようにその場を去っていきました。

 会場は、死のような静寂に包まれました。


「……行こうか、シャルロット。気分を害したね。……陛下には、僕が後で『丁寧な手紙』を書いておくよ」


 レインハルト様は、わたしの肩を優しく抱き、一拍遅れて騒然とする会場を悠然と後にしました。


「……あれだけ脅しておけば、王家が君に害することはほぼ無いだろう」

「……あまり、無茶をなさらないで……」


 彼の横顔には、何かを思案し、幾重にも計算を巡らせているような切実さが滲んでいました。


 夜道を駆ける馬車の中。

 窓から差し込む街灯の光が、交互に彼の美しい横顔を照らします。


「……レインハルト様? そんなに怒らないでくださいませ。わたしは、ここにいますわ」


 わたしが彼の袖を引くと、彼は我慢しきれないといった様子で、わたしを自身の膝の上へと引き上げました。


「……あんなに大勢の男が、君を、僕のシャルを舐めるような目で見ていた……。……今すぐ、彼らの記憶をすべて焼き消してやりたい気分だよ」

「まあ……、困ったことを言わないでくださいまし。ふふふっ……」


 レインハルト様は、わたしの首筋や鎖骨に執拗に口付けを落としました。

 痕跡を残すように、自分の匂いと魔力で、外で浴びた視線をすべて掻き消そうとしている。

 その必死な姿が、今のわたしにはどうしようもなく愛おしく感じられました。


「……んっ、……レインハルト様、……リオンが、待っていますわ」

「……分かっている。……だが、気が済まないんだ……」


 彼の低い囁きが、わたしの心を蕩かしていきました。

 馬車の揺れに合わせて、彼の手がわたしの膨らんだおなかを愛おしげに、けれど支配的に撫で上げました。


 ***


 やがて馬車は、静まり返ったヴァルテンベルク公爵邸へと到着しました。

 馬車の扉が開いた瞬間、控えていた老執事が一歩前に出ました。


「お帰りなさいませ。……小公爵様。ご報告があります」


 その言葉に、レインハルト様の瞳から、それまでの甘い情熱が瞬時に消え去りました。

 氷のような、冷徹な魔導師の眼。


「……分かった」


 彼は短く頷くと、わたしの肩を抱き寄せ、とびきり甘い、けれどどこか拒絶を感じさせる声音で囁きました。


「シャル、今日は疲れただろう? 先に離れに戻って、リオンと一緒に、一人でおやすみ。……僕は、少しだけ仕事の続きをしてくる」


「……はい、レインハルト様。あまり、遅くならないでくださいませね」


 わたしは、彼の瞳の奥に潜む「何か」を察しながらも、あえて何も聞きませんでした。

 あの日以来、彼がわたしの知らないところで、わたしの平和を脅かす「害」を取り除き続けていることを、わたしは知っていたからです。


 アンナに支えられ、別宮へと向かう廊下。

 振り返ると、レインハルト様は執事とともに、闇の向こうへと消えていきました。






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