18_黄金の瞳に射抜かれて
閣下の鋭い叱責が響きました。
「感情に呑まれるな。魔導師が理性を失えば、それはただの災厄だ。……お前が今作っているのは、彼女を守るための盾ではなく、彼女を世界から隔離するための『檻』ではないのか? 密偵たちを使って、彼女に近づくすべての男を調査し、排除しようとしている……。その執着は、いずれシャルロット嬢自身をも追い詰めることになるぞ」
「……父上、僕は…………」
壁一枚を隔てた先で、レインハルト様が放つ魔力のプレッシャーが、物理的な重圧となってわたしの肌を刺しました。
アミュレットのイエローダイヤモンドが、彼の高ぶる感情に呼応するように、じわりと熱を帯びて拍動します。
(密偵……騎士団……。レインハルト様、貴方はわたしの知らないところで、そんなにも恐ろしい戦いをしてくださっていたの……?)
わたしは震える指先で、自分の胸元を強く押さえました。
彼が時折見せる、あの「張り詰めた気配」。
それは、わたしを愛するがゆえに、世界中のあらゆる悪意を根絶やしにしようとする、狂気的なまでの決意だったのです。
「……フン、勝手にするがいい。だが、シャルロット嬢には悟られるなよ。彼女の清らかな瞳に、お前のどろりとした闇を映すことだけは、ハリスへの義理にかけても私が許さん」
「……ええ。当然です」
足音が遠ざかり、重厚な扉が閉まる音が聞こえました。
わたしは栞を握りしめたまま、その場に崩れ落ちそうになるのを必死で堪えました。
窓の外では、夜の帳が完全に降り、ヴァルテンベルクの広大な敷地を深い闇が包み込んでいました。
レインハルト様が作り上げた、目に見えない巨大な網。
騎士たちの剣と、密偵たちの眼。
そのすべてが、中心にいる「わたし」を守るためだけに、息を潜めて外敵を待っている。
わたしは、彼に守られている幸福と、同時に、二度とこの温かな檻から逃げ出すことはできないのだという抗いがたい運命に、眩暈のような絶望を覚えました。
(レインハルト様……。貴方が望む通り、わたし、貴方の腕の中で、ただ貴方だけを信じる愛しい妻でい続けますわ……)
わたしは、まだ熱を帯びている指輪をそっと唇に当てました。
暗い廊下の向こうから、獲物を仕留めたばかりの狩人のような、けれどわたしを呼ぶ時はどこまでも優しい、愛しい主の足音が近づいてくるのを感じながら。
手にした栞が、指先の震えでカサリと音を立てました。
お義父様とレインハルト様の間で交わされていた、あまりにも重く、底の知れない会話。
(わたしを攫おうとした者たちは、欲望に突き動かされただけの単独犯ではなかった……?)
彼らを利用した黒幕を突き止めるために、この公爵家の総力を挙げ、さらには裏の勢力までも動員しているという事実。
わたしの知らないところで、この美しく静かな屋敷を何層もの「眼」が囲い、外の世界からのすべてを遮断しようとしている。
それは、わたしへの深く、あまりにも純粋な愛ゆえなのでしょう。
けれど、その愛の巨大さが、一瞬だけ目も眩むような「重圧」となって、わたしの細い肩にのしかかったのです。
立ち去らなくては。
彼がこちらへ来る前に。
わたしは、重い足取りで角を曲がろうとしました。
その時。
「……こんなところで何をしているんだい、シャルロット」
心臓が跳ね上がる。
振り返るよりも早く、背後からひんやりとした、けれど確かな熱を帯びた魔力の気配がわたしを包み込みました。
廊下の角から現れたのは、先ほどまでお義父様と冷徹な言葉を交わしていたはずの、わたしの夫――レインハルト様でした。
「あ……、レインハルト様……」
わたしは、逃げ遅れた小鳥のようにその場に立ち尽くしました。
彼は漆黒の外套を翻し、音もなくわたしの目の前へと歩み寄ってきました。
月光を反射する黄金の瞳が、暗闇の中で微かに光を放っています。
その瞳は、先ほどの冷たい魔導師のそれではなく、わたしだけを見つめる、甘く、蕩けるような情愛を湛えていました。
「……顔色が悪いね。身体が冷えている。……もしかして、父上との話を聞いてしまったのかい?」
レインハルト様は、わたしの震える肩を大きな掌でそっと抱き寄せました。
その手つきは驚くほど繊細で、まるで壊れやすい硝子細工を扱うかのようです。
わたしは、隠し事などできないと悟り、俯いたまま小さく頷きました。
「……申し訳ございません。栞を、お届けしようと思って……。……その、騎士団や、密偵を雇われたというお話を……少しだけ……」
わたしの声は、自分でも驚くほど震えていました。
怖い。
……いいえ、彼が怖いのではありません。
わたしという存在が、王国最強の魔導師をここまで変えてしまったことへの、恐れ。
けれど、レインハルト様は、わたしの謝罪を遮るように、そっと指先をわたしの唇に当てました。
「謝る必要なんてない。……むしろ、君を不安にさせてしまった僕の不徳だ。……おいで、シャル。そんなに震えていては、僕の胸が張り裂けてしまう」
彼はわたしの腰を抱き、そのまま廊下の壁際へと、優しく、けれど抗いようのない力で追い詰めました。




