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17_愛という名の檻の中で


 窓から差し込む朝の陽光は、あまりに穏やかで、この世界に潜む醜悪な真実などすべて夢であったかのように思わせてくれる。


 あの日――わたしの日常が音を立てて崩れ去った、あの忌まわしい事件から、もうひと月以上が経った。

 差出人不明の贈り物も、いつの頃からかぱったりと届かなくなっていた。

 今、わたしが身を置いているのはヴァルテンベルク公爵邸の最奥。

 以前よりもさらに美しく整えられ、レインハルト様が丹精込めて作り上げた、外界から隔絶された楽園でした。


 事件以来、わたしが公爵邸の門をくぐることは一度としてありませんでした。

 レインハルト様はおっしゃいます。


「君の身体は繊細だ。それに、公爵家の跡継ぎであるリオンの安全を考えれば、ここ以上に相応しい場所はない」


 その言葉に、わたしは深く頷くことしかできませんでした。

 あの路地裏で味わった、心臓を直接握りつぶされるような恐怖。

 護衛が倒され、リオンのための贈り物が石畳に散らばったあの光景は、今でも目を閉じれば鮮明に蘇り、わたしの身体を震わせる。


 ですから、レインハルト様がわたしをこの「邸という名の檻」に閉じ込めるのは、ひとえに、あまりにも深い愛情ゆえなのだと信じて疑いませんでした。


 今のわたしの生活には、何一つ不自由はありません。

 一歳を過ぎ、元気に歩き回るようになったリオンの遊び相手をする日々。

 わたしの周りには、以前よりもさらに多くの女性メイドたちが控えています。

 食事の支度から、入浴、肌の細やかなお手入れに至るまで、わたしは指一本動かす必要さえありません。


 わたしはただ、彼が与えてくださる過保護なまでの愛に、雛鳥のように身を委ねていればいいのです。




 ある日の午後。

 手入れの行き届いた庭園に併設された東屋で、わたしはリオンを膝の上で抱きしめていました。

 柔らかい春の風が木陰を揺らし、色鮮やかな蝶が花々の間を舞い踊る光景は、まるで宗教画の中に迷い込んだような神聖な静寂に包まれています。


「不自由はしていないかい、シャルロット」


 背後から響いた、低く心地よい声。

 振り返ると、そこにはいつものように、公務の合間を縫ってわたしの元へと駆けつけてくださったレインハルト様がいらっしゃいました。


「ええ、まったく……。それよりもあなた、お仕事は大丈夫ですの? あれからもう一か月、ひとときもわたしの側を離れず公爵邸でお仕事をなさって……。その、魔法省の方々は困っていらっしゃいませんか?」


 わたしの問いに、レインハルト様は微かに苦笑を浮かべ、わたしの隣に腰を下ろしました。

 彼の黄金の瞳が、吸い寄せられるようにわたしの顔を、そして腕の中のリオンを捉えます。


「うん、正直に言えば大丈夫ではないね。昨日、王宮からついに召喚状が届いてしまったから」

「レインハルト様……! やはり、無理をなさっていたのですね」


 わたしが嗜めるように言うと、レインハルト様はわたしの頬を大きな手でそっとなぞりました。

 その指先は、以前よりもどこか必死な熱を帯びているように感じられます。


「転移と飛行魔法を使えば王宮など数分だ。仕事も魔法を併用すればすぐに終わる。……だが、僕は君を一人にするのが、どうしようもなく怖いんだ」


「わたしには大勢のメイドや護衛がついていますわ。それに、この指輪アミュレットだって……」


 わたしは左手の薬指に輝くイエローダイヤモンドを見つめました。

 けれど、レインハルト様の表情は固く。

 彼は、わたしの知らないところで、何か巨大な悪意と戦っているような……そんな張り詰めた気配を、一瞬だけその美しい顔に滲ませるのでした。



 ***



 その日の夕暮れ、レインハルト様は「父上と少しばかり話し合いがある」と仰って、わたしとリオンを別宮に残し、本邸へと向かわれました。


 わたしは、彼が去ったあとの僅かな寂しさを埋めるように、眠りについたリオンをアンナに預け、彼が忘れていった魔導書の栞を届けるべく、夕闇の静寂に包まれた本邸の回廊へと足を運びました。


 ヴァルテンベルク公爵邸の回廊は、夜の帳が降りる頃には深い影を落とし、石造りの壁が冷たい静寂を吐き出しているかのようです。


 執務室へと続く長い廊下の角に差し掛かったその時、厚い扉の向こうではなく、開かれたままのバルコニーの近くから、重厚な二つの声が漏れ聞こえてきました。


「……レインハルト。あまり、やりすぎるなよ」


 その低く、大地を震わせるような威厳に満ちた声は、間違いなく義父であるライオネル公爵閣下のものでした。

 わたしは思わず足を止め、冷たい壁に背を預けるようにして身を潜めました。


「父上。やりすぎる、とは……何のことでしょうか」


 応じるレインハルト様の声は、氷の刃を研ぎ澄ませたような冷徹さを帯びていました。

 わたしに向けられるあの甘い温度は欠片も感じられず、ただ「筆頭公爵家の嫡男」としての、容赦のない魔導師の響きだけがそこにありました。


「とぼけるな。……シャルロット嬢が攫われたという一報を受けて以来、お前の采配は常軌を逸している。我が家が代々抱える私設騎士団だけでなく、裏社会に通じた密偵までもを新たに数十名規模で雇い入れたそうだな。王都中の路地裏から隣国の国境に至るまで、お前の『眼』が張り巡らされている。……黒幕を突き止めるためとはいえ、一人の女を守るための警護としては、もはや戦争の準備でもしているかのようだ」


 閣下の溜息が、夜の静寂に重く沈みました。

 閣下は、わたしが「攫われかけた」という事実こそ知っていらっしゃいますが、あの路地裏で淫魔の血を引くわたしが、どれほど危うい目に遭ったのか、その詳細までは伏せられているのでしょう。

 盟友の娘を傷つけられたことへの憤りは閣下も同じはずですが、レインハルト様の執念は、その「常識的」な怒りを遥かに超越しているようでした。


「彼女は、僕のすべてです。……あのような下劣な輩に彼女の肌が晒され、その尊厳が脅かされた。その事実だけで、この国を一度焼き尽くしても足りないほどだ」


「レインハルト!!」






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