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15_最強魔導師のいない午後、花嫁は消えた

 王都の目抜き通りは、春の活気に満ち溢れていました。

 わたしは、目立たないよう薄いヴェール付きの帽子を被り、信頼できる数人の護衛を連れて、石畳の道を歩いていました。


 ベビー用品の専門店に入ると、そこには色とりどりの小さな服や、木製の温かみのある玩具が並んでいました。


「リオンには、この青い刺繍の靴が似合うかしら」

「まあ、奥様。きっとレインハルト様も、お喜びになりますわ」


 アンナと笑い合いながら、わたしはリオンのためにいくつかの品を選びました。

 買い物を終え、店を出ようとした時、ふと通りの向かい側にある「絵画店」に目が止まりました。

 そこには、店主が自慢げに掲げた看板とともに、多くの人々が群がっていました。


(……あれかしら)


 勇気を出して近づいてみると、ショーウィンドウの端に、確かにわたしの姿を描いた小さな版画が並んでいました。

 結婚式の時の、あの光に包まれた一瞬。

 実物よりも少しだけ神聖化されたその姿を、若い男たちが熱心に見つめ、語り合っています。


「信じられるか? これが実在する女性だなんて」

「隣国の貴族が、言い値で買い取ると言っているらしいぜ」


 背筋がぞくりとしました。

 クラリス様が言っていた「噂」は、本当だったのです。


 さらにその横には、魔導師の法衣を纏った、氷のように冷徹で美しいレインハルト様の肖像もありました。

 それは、わたしだけが知るあの甘い微笑みを一切見せない、孤高の天才の姿でした。


(……やっぱり、素敵だわ。でも、わたしの絵をあんなふうに語られるのは……やっぱり、少し怖いですわね)


 レインハルト様に叱られる前に帰らなくては。

 そう思い、わたしは購入したベビー用品の包みを抱え、迎えの馬車が待つ通りへと歩き出しました。


「アンナ、急ぎましょう。レインハルト様がお帰りになる前に、リオンのところへ戻らなくては」

「はい、奥様。馬車はすぐそこですわ」


 ベビー用品店の角を曲がり、人通りの少し少なくなった路地へ差しかかった、その時でした。

 御者が待つ馬車まで、あと十数歩という距離。


 突如として、周囲の空気が重くなったのを感じました。


(……えっ?)


 慌てて背後の護衛を振り返ろうとしましたが、それより早く、横の路地から数人の男たちが音もなく飛び出してきました。


「な、……ッ! 誰だ、貴様ら!」


護衛の騎士たちが剣を抜こうと手をかけ、しかし男たちの動きは異常なほど迅速でした。

彼らは騎士の急所を的確に突き、あるい砂利を浴びせ、一瞬にして無力化していく。


「お、奥様……ッ!!……きゃあああああっ!!」


アンナがわたしの前に立ちはだかろうとし、一人の男が彼女を乱暴に突き飛ばす。


「……静かにしていてもらおうか、女神様」


すえた匂いのする太い腕が、背後からわたしの首を絞めるように回される。

わたしは恐怖で息が止まり、腕に抱えていたリオンへの贈り物を地面に落としてしまった。

バラバラと散らばる、青い靴、木のおもちゃ。


「や、やめて……! 離してぇっ……!!」

 

 必死に抵抗しようと、巻き付いた腕を振り払おうとするけれど、びくともしない。


(レインハルト様!! 助けて!!)


 心の中で叫ぶ。

 けれど、別の男が鼻先に強い刺激臭のする布を押し当て、思考が歪む。


「っ……、う、ううっ……!」


 意識が急速に遠のいていく。

 遠ざかる視界の中で、石畳の上に転がったリオンの靴が、夕闇のような影に飲み込まれていくのが見えました。


(……レインハルト様……、リオン……、……っ)


 わたしの指先から、力が抜けていく。

 薬指で虚しく輝くイエローダイヤモンドは、主人の異変を告げることもできないまま、静かにその輝きを閉ざしていきました。


 わたしを抱え上げた男たちの足音。

 そして、人混みに紛れるように走り去る馬車の音。


 筆頭公爵家の栄華に守られていたはずの日常は、こうして一瞬にして、絶望の深淵へと引き摺り込まれていったのです。






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