14_夫に知られてはいけない、わたしの肖像画
窓から差し込む朝陽が、昨夜の熱情を優しく包み込むように寝室を照らしていました。
レインハルト様が王宮へと出勤されたあと、わたしは心地よい疲労感を身体に残しながら、離れの別宮で穏やかな朝のひとときを過ごしていました。
昨夜、彼が部屋中に飾ってくださった紫の薔薇たちは、魔法の力で瑞々しさを保ったまま、今も甘く、どこか独占的な香りを漂わせています。
「奥様、エリュシオン侯爵邸からお手配されていた絵師様が、肖像画を携えてお見えです」
侍女のアンナの言葉に、わたしは弾むような気持ちで身を起こしました。
それは数か月前、リオンの誕生とわたしたちの結婚を記念して、王国でも指折りの名声を持つ老絵師に依頼していた、三人の肖像画でした。
応接間に運び込まれた大きな額縁。
ヴェールのように掛けられていた布が恭しく取り払われた瞬間、わたしは思わず感嘆の吐息を漏らしました。
そこには、夢のような光景が克明に描き出されていました。
漆黒の礼装に身を包み、峻厳ながらも慈愛に満ちた眼差しで傍らに立つレインハルト様。
その隣で、椅子に腰掛けたわたしが、八か月になったばかりのリオンを大切そうに腕に抱いています。
ようやく自分の足で立とうとし始めたリオンは、レインハルト様と瓜二つの黄金色の瞳を輝かせ、キャンバスの中から今にも飛び出してきそうなほど生き生きとしていました。
わたしの肌と、彼の黒髪、そして二人の血を受け継いだ小さな命。
そのすべてが、この上なく幸福な一枚として封じ込められていたのです。
「……まあ。なんて素晴らしいのでしょう」
わたしは、絵の中のレインハルト様の指先にそっと触れました。
絵師は、彼がわたしに向ける、あの独占欲と慈しみの中間にあるような、熱を帯びた眼差しを見事に捉えていました。
「ありがとうございます、マエストロ。わたくしたち家族の、一番大切な瞬間を切り取ってくださいましたわ」
わたしが心からの感謝を伝えると、老絵師は恐縮したように帽子を取り、上気した顔で何度も頭を下げました。
「いやはや、もったいないお言葉でございます、奥方様! 描き手としてこれ以上の光栄はございません。……それにしても、奥方様のお美しさは、今やまさに飛ぶ鳥を落とす勢いでございますな! 実は……申し上げにくいことではございますが、奥方様の肖像画の『写し』が、今、巷で売れに売れておりまして」
「……えっ? わたくしの、写し?」
予想だにしない言葉に、わたしは瞬きを繰り返しました。
「ええ、ええ! 元々、レインハルト様の肖像画は、その凛々しさと魔導師としての名声から、王都のご婦人方の間で絶大な人気を博しておりましたが……。此度の結婚式以来、奥方様の肖像画を求める声が、自国はおろか、隣国や北の帝国の商人にまで広がっておりましてな。皆様、伝説の聖女の再来だと、それはもう熱狂的なのでございますよ」
「まあ……そうでしたの」
わたしは、頬が熱くなるのを感じました。
レインハルト様の肖像画が一般に売られているだなんて、知りませんでした。
……王立学園時代から、彼が憧れの的であったことは知っていましたが、まさか世の女性たちが、彼の姿を手元に置きたがっているなんて。
(……わたしも、欲しいわ。公務でお忙しい時のために、持ち歩けるような小さな彼の肖像画があったら……)
そんな可愛らしい願いが胸を掠めます。
けれど同時に、冷や汗が背を流れるような予感もしました。
もしレインハルト様が、「自分の妻の肖像画が、見知らぬ男たちに買い求められ、鑑賞されている」などという事実を知ったら――。
間違いなく、王都中の商店からわたしの写しをすべて買い占めるか、あるいは魔法で塵に帰してしまうに違いありません。
昨夜の紫の薔薇の時のように、彼の嫉妬は時に、災害のような苛烈さを伴うのですから。
(……これは、内緒にしておきましょう。彼をこれ以上狂わせるわけにはいきませんもの)
わたしは絵師に口止めを兼ねた追加の謝礼を渡し、肖像画を寝室の一番目立つ場所へ飾るよう指示しました。
けれど、一度芽生えた好奇心は抑えられませんでした。
世間ではレインハルト様がどのように語られ、どのような姿で売られているのか。
そして、自分はどのように見られているのか。
「アンナ。少し、街へ出かけたいわ。リオンの新しい靴や、知育のためのおもちゃも見てみたいの」
「左様でございますか。では、すぐに護衛と馬車の手配を……」
「ええ、でも、今日はあまり大袈裟にしたくないの。目立たない馬車で、最低限の護衛だけでいいわ。……少し、自分の足で歩いてみたい気分なのよ」
護衛付きなら、短時間の外出は許されるはずでした。
左手の薬指には、彼の魔力が込められたイエローダイヤモンドのアミュレットが輝いています。
これがある限り、彼はわたしの居場所を把握でき、わたしもまた、彼と繋がっているという安心感を得られる。
その過信が、わたしの足取りを軽やかにさせていたのでした。




