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裏通りのお掃除屋さん、今日も死体のおかたづけ  作者: ニー太
第四章 馬鹿につける薬を塗り合おう
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22 馬鹿の挽歌

 しみったれニヒリズムの本部の場所は、以前りえが所属していた情報組織鞭打ち症梟が、ただで教えてくれた。


 俺とカイとりえは、しみったれニヒリズム本部へ向かった。ケリをつけるために。まあ、ケリをつけるのは俺と東山なんだけどな。りえとカイは、露払いかつ雑魚担当かつ見届け役だ。


 しかし本部に入っても、戦闘は発生しなかった。何度か構成員とすれ違いはしたが、俺達と戦おうとはせず、あっさりとすれ違ったからだ。

 扉を片っ端から開き、東山を探す。

 やがて東山の部屋へと行きついた。奴は現れた俺達を見て、悠然と座ったまま、薄笑いを浮かべていた。


「警備が薄かったぞ。いや、無かったぞ」


 俺が言うと、東山は軽く肩をすくめる。


「無駄に組織の構成員を死なせたくないってのが本音だ。お前達は強いからよ」


 そういえば会った時も、部下を死なせたくないとか言ってたか。そのわりには恐怖の大王後援会に抗争ふっかけて、大量に部下を死なせているし、どっちなんだと。


「俺が来ると、わかっていたのか?」

「ああ。似た者同士のシンパシーかねえ? 俺がお前の立場だったらそうしただろうし、お前もそうする気がした」


 俺が問うと、東山は遠い目で虚空を見上げながら立ち上がる。

 こいつの目が何を見ているか、それも俺にはわかっちまう。大したシンパシーだよ。糞が。


「やるならサシで言ったのはお前だろ。リクエストに応えにきてやったんだ。感謝しろよ」

「へへへ、そいつはありがとさまままだ」


 俺が問うと、東山はおどけてみせながら、葉巻を咥えて火をつける。


「やる前に少し話そうか。鴉山だけじゃなく、りえも来ているしよ」

「いいぜ」


 断りを入れる東山に、俺は頷く。


「運命、因縁、宿命、そういったあれこれが確かにあった。けどよ、多くの奴等がそうしているように、俺も棚上げして忘れようとしていた。あの時の俺は大した力も無かったし、組織に属している身で、無駄な争いを起こす気概も無かった。でもな、それは間違いだったよ」


 運命? 因縁? 宿命? 違うだろ。ただの心の傷だろうが。そう思った俺だが、東山の嘘を指摘はしなかった。わざわざそんな意地悪をしてなくもいい。


「鴉山九郎。今度は答えてくれよ。これが最後なんだからよ。聞かなくても、多分そうなんだろうなってわかっちゃいるんだが、お前の口から正直に答えてくれ。蟻塚アリサを殺したのは、お前さんだな?」

「ああ、そうだ」


 東山の問いかけに、俺は即答する。


「そうか……。じゃあ、けじめをつけさせてもらう」


 東山の視線がりえの方に向く。


「よかったなあ。りえ、喜べ。お前の母親の仇は、俺がとってやるよ」

「今更復讐なんて……」


 りえが複雑な表情になる。


「ねえ……東山さん。貴方は……お母さんのこと……」

「おいおい、いちいち言葉に出して確認すんなよ……。恥ずかしい。つーか、そんな目で俺を見るな」


 りえの顔を見て、それまでへらへら笑っていた東山が動揺しだす。


「お母さんのこと、そんなに好きだったんだ」

「首ったけで未練だらだらだったんだね」


 りえとカイが指摘する。カイの言葉は東山に聞こえていないだろうが。


「だーかーらー、言うなってのっ。畜生め」

「何かこの人、胡麻化し方もおじさんと似てるね」


 カイが言った。言うなよ。畜生め。俺も今そう思ったよ。


「犯人がわかったら必ず教えろって言ってたのは、そういうことなんでしょ? 今になって、九郎さんを襲ったのも……」


 りえも気付いていたし、俺も気付いていた。組織のボスともあろう者が、妙に俺に執着していた。わざわざ俺の前に出てきたし。


「あの時の俺は、新米幹部だったからな……。しみったれニヒリズムと恐怖の大王後援会の乗っ取り騒動が終結した直後で、しみったれニヒリズムに所属していた俺が、恐怖の大王後援会の鴉山に復讐しようとすれば、余計な火種の再燃だ。俺だって処分されかねない。それにびびって、俺は我慢していた。堪えていた。笑えよ。笑ってくれ」


 ニヒルな口調で言い、東山は葉巻を卑猥な形の灰皿に押し付けた。 


「十一年も放置していたのに、どうしてここで蒸し返すんだって話だな」

「ああ、それは俺も思うよ」


 俺が指摘すると、東山は肩をすくめた。


「運命の導きを信じるか? いや、これは運命の悪戯か?」


 新しい葉巻を取り出しながら、東山はそんな台詞を口にした。


「アリサの娘が俺を訪ねてきて、アリサのことをあれこれ聞きだした。アリサの旦那だった鴉山が、うちらの下部組織の仕事をふいにしたうえに、告発して組織の顔に泥を塗った。二つのことがほぼ同時に起こった。偶然なんだろうが、俺は運命を感じちまった。天がアリサの仇を討つ機会を与えてくれたと――思いこんじまった」


 俺が肉塊の尊厳から睨まれる原因を作った。それによって、肉塊の尊厳の上部組織であるしみったれニヒリズムに、恐怖の大王後援会を敵視する口実が出来た。東山はその名目を、私情に利用したわけだ。


「失ったものは返ってこない。復讐した所で、気持ちよくなれるわけでもねーだろうさ。だがよ、けじめはつけられる。心に突き刺さったままの、この忌々しい刺は抜けるかもしれねえ。そう思って――公私混同したあげく、この様だ。それだけの話だ。ははは、笑ってくれ」

「笑えねーよ」


 確かにこいつのやったことは馬鹿だが、俺も同じ馬鹿だから、馬鹿にする気にはなれねー。


「俺がしみったれニヒリズムのボスにまでのし上がれたのはよ、アリサのおかげなんだぜ」


 俺とりえを交互に見て、東山は語る。


「あいつを失った穴を埋めたかった。忘れたかった。それと同時に――アリサが成そうとしたことを、俺が代わりに成し遂げたい――なんて意識もあって、必死こいた結果だ」


 りえに顔を向ける東山。


「ところでりえよ、お前は母ちゃんがあまり好きじゃなかったのか? アリサを殺した男の手助けをしているようだがよ」

「私はお母さんが大好きだったよ。でも――お母さんを殺した九郎さんに憎しみは沸かない。九郎さんだって、ずっと苦しんできたんだから」


 揶揄するように尋ねる東山であったが、りえは静かな口調で告げた。


「ははっ、鴉山も俺みてーに引きずってたわけか。ま、わかっていたけどな。ははははは」


 乾いた笑い声をあげる東山。


「鴉山よぉ、お前みてーのが穴兄弟でよかったぜ。俺達はお互い、とんでもない大馬鹿野郎同士だ。ずっとずっと想いを、未練を、痛みを引きずり続けて、泣き続けている。だが、俺だけじゃなくて、俺からアリサを奪ったお前も同じだったと知って、俺は嬉しいぜ」


 軽口をたたく東山から、闘気が滾る様が見える。俺も自然と闘志が湧いてきた。


 俺が東山のことを色々とわかっちまうように、東山も俺のことが色々とわかるんだろう。言葉で確認せずとも伝わっちまう。俺の痛みが、こいつに伝わってしまう。だからこんな台詞が出る。

 十一年引きずった痛みを持つ者同士、想いをぶつけあえば、痛みも消えるだろうか――? そんなしょうもない考えが脳裏をよぎる。

 恋愛感情は三年しかもたない? 昔どっかの学者がほざいた? あー、そうかよ。じゃあ、十一年経ってもなお昔の女のこと引きずっている俺は――いや、俺達は何だってんだよ。その原因も立証してくれよ。


「そろそろ話はいいか?」

「ああ、いいぜ」


 俺が伺うと、東山は頷いた。


「りえ。手出しは無しだ。カイもな」

「わかりました」

「俺も?」


 俺の言葉にりえは頷いたが、カイは不満と不安が混じったような声をあげた。


「ああ。こいつだけは、サシでやらせてくれ」

「そういう所、おじさんの悪い癖だ。裏通りの住人のくせに、やたらと感傷的になる」


 カイの指摘は微妙に的外れと感じる、裏通りの住人だからって、皆冷酷で、ハードボイルドで、心を殺して生きているわけでもねーだろ。それどころか、俺は逆だと思ってるわ。俺達は感情にストレートに従ったからこそ、裏通りで生きている。表通りの人間こそ、社会の枠の中で我慢に我慢を重ねて自分を殺し、素直に生きられないように見える。


「鴉山さん、死なないでくださいね」


 りえが囁く。俺はそれを聞いて、自虐の笑みが零れた。

 どうせ俺なんて……死んだっていいんだ。理由はどうあれ、あいつを殺して……


「駄目だよ」


 俺の後ろ向きな考えを読んだカイが、力強い声でぴしゃりと告げた。


「おじさんが死んだら、多分俺も逝ってしまう。俺はまだこの世にいたい。幽霊として歪な形でも、この世界を楽しみたい。だから駄目だ」

「わかった。勝って生きのびる」


 声に出して呟き、俺は片手を軽く横に払った。りえとカイに下がるよう促した。りえは部屋の外へと出て、カイは部屋の入り口に留まる。


 互いにコンセントを服用する。同じタイミングで口に入れる。

 まあ、やる前から勝負の結果はわかっている。俺だけじゃない。東山もわかっただろう。きっと互いに対峙した時点で察した。


「最期に、これだけは言わせてくれ」


 東山が静かな口調で告げる。


「もし俺が鴉山の立場だったら――アリサに騙されたと知っても、アリサがしみったれニヒリズムの工作員だったと知っても、偽装や工作のためだけに結婚したと知っても、俺は絶対にアリサを殺さなかったぜ。俺だったらよ、それでもアリサの味方でい続けた。恐怖の大王後援会を裏切ってでも、アリサと共に生きる道を選んだろうさ」


 東山が口にしたその言葉は、俺の魂を貫く弾丸――にはなりえなかった。俺の心は微塵も揺るがない。

 普段ならどうかわからねえ。俺はやたらウェットな性格だし。いや、センチな性格と言うべきか? だがな、殺し合いの直前に流されるほど青くねーよ。


 同じタイミングで銃を抜く。


 撃ったのは俺が先だった。撃った直後に体を横にずらす。

 東山も撃ったが、奴の銃弾は、コンマ数秒前に俺の体があった空間を飛び、壁を穿った。


 俺の撃った弾は、東山の胸を貫いていた。

 手から銃を落とし、大きく目を剥き、口から血を吐きながら崩れ落ちる東山。


 俺はずっと現場でヤバい仕事ばかりしていた。こいつはボスとしてふんぞり返っていた。その違いもありそうだが、力量の差は対峙した時点で互いにわかったはずだ。だからといって、東山が退くわけもない。


 カイとりえが部屋の中に入ってくる。俺とカイとりえの視線が、倒れた東山に集中する。


「私が東山さんの死神だったの?」


 りえが東山に問う。


「ええ……? そんな意識は……してねーぜ」


 血を吐き続けながら、意外そうに言う東山。


「私が東山さんの元を訪れなかったら、こんな真似をしなかったでしょ?」


 りえが言うものの、発端はりえだけじゃない。こいつがさっき言ったように、俺が肉塊の尊厳に目をつけられるような行為をしたことも、引き金になったんだしよ。


「気に病むことはねーぜ……。りえには……感謝している。これで……よかったんだよ……」


 東山は脂汗を流しながら、りえを見上げて無理して笑顔を作ってみせる。


「りえの親父は誰なんだろうねえ……。俺だったらいいのになあ……。ははは……だとすれば、俺は滅茶苦茶浮かばれる……はは……」

「東山さん……」


 笑う東山の名をりえが口にしたその時、東山の体から力が抜けた。首をかしげ、動かなくなった。


 俺は東山の亡骸に寄り、かがむ。


「いやいや、それはやめておきなよ、おじさん」


 俺が何をしようとしているのか察し、カイが制止してくるが、俺はやめない。


「カイ、りえにも見せてやってくれ」


 カイにそう告げて、俺は東山の死体にサイコメトリーを行う。


 目の前にまだ十代と思われる頃のアリサがいる。視点が低い。アリサの顔を見上げる格好だ。東山の視点では、こんな風にアリサが映っているんだな。


『上手いことしみったれニヒリズムのボスに、アリサのことは売り込んでおいたぜ。これからはずっと一緒だ』


 東山が得意げに語る。アリサに尽くしたこと、そしてアリサと共にいられることへの、東山の喜びが伝わってくる。


『サンちゃん、ありがとうね。すごく嬉しい』


 アリサが笑顔で東山に抱き着く。サンちゃんて……。

 俺に向けていた笑顔と、同じ笑顔――ではない。アリサの目が笑っていない。東山は気づいてない。そんなアリサの偽りの笑顔を見て、東山の喜びがさらに増してやがる。

 哀れみの感情が自然と湧いてくる。馬鹿にする気も見下す気も無い。こいつは俺と同じだから。ただ、大きな違いは――嗚呼、その決定的な違いが、哀れみに繋がっちまう。


『俺はお前のためなら何でもするって心に決めたんだ。お前のためなら死んでもいい』


 東山のその言葉に嘘は無かった。実際、こいつはアリサのために死んだも同然だ。


『サンちゃん、気持ちは嬉しいけど、そんなこと言わないで。命も心も、自分のものよ』


 アリサが甘い口調で囁く。


『初めてなんだよ。こんなに女に首ったけになったのはさ。俺は誰も信じられずに生きてきた。欺かれて、裏切られて、殴られて、罵られて、見下されて、ひでー奴等に囲まれて生きてきたからよ。そんな俺のこと、アリサだけが認めてくれたんだ。だから俺はアリサのためなら、何でもする』


 浮かれまくっていやがるな。こいつ、恋愛したのも本当に初めてだったみてーだ。気持ちに余裕が無いし、入れ込みすぎだ。アリサからすればさぞかしチョロい相手だったろう。


 記憶映像が乱れる。場面が切り替わる。アリサが組織の別の幹部と密着していちゃついている場面。相手は自分より地位の高い幹部。それをただ陰から見つめている東山。

 アリサがすでに自分の元を離れ、アリサが自分を利用していただけと知ってもなお諦められない、東山の痛みと絶望が俺を襲う。


 記憶映像がさらに飛ぶ。暗い部屋で、東山がホログラフィー・ディスプレイを眺め、落涙している。アリサと東山が映る写真を眺めている。


 さらに記憶が飛ぶ。アリサが恐怖の大王後援会に潜入して、俺と結婚したと聞いて、東山は悲嘆に暮れていた。さらなる哀しみが俺の中に流れ込んでくる。

 やがて東山が顔を上げ、泣きながら笑う。


『いいんだよ。アリサ。お前なら俺を裏切ってもいいんだ。お前のために役立てたんだ。それでいい。例えお前が俺を捨てても、俺はずっとお前の味方だし、お前の成功と幸せを祈ってる。何かあったらまた力になってやる……。俺はそのために生きるからよ』


 虚空に向かって語りかける東山を見て、俺の胸まで痛む。糞ったれめ。こいつ……どこまで……


『アリサが死んだぞ』


 そんな東山に、同僚の幹部が悲報を伝えた。さらに打ちひしがれる東山。こいつはひでえ。まるで絶望のわんこそばだ。


 駄目だ。限界だ。俺はサイコメトリーを終わらせ、東山の骸を改めて見下ろす。


「東山さん……。あんなにもお母さんのこと……」


 りえが東山の亡骸の前で涙ぐむ。俺が掘り起こした記憶は、カイを通じてりえも見た。東山の感情もダイレクトに伝わって、三人揃って感化されちまっている。


「アリサを失った穴を埋めるために、俺はがむしゃらに走ってきた」


 不意に東山の声が聞こえた。

 俺が宙を見上げると、東山の霊体が俺を見下ろしている。


「穴は一向に埋まる気配が無かった。けどよ、今になって穴が埋まっちまった。鴉山、俺からアリサを奪ったお前が埋めてくれたよ」


 妙にさっぱりとした笑顔で、東山は告げる。

 俺は何も気の利いた言葉が出てこなくて、ただ無言で東山の霊を見上げていた。


 いや、伝えることがあった。


「喜べよ、兄弟」


 東山に向かって声をかける。


「アリサはな、お前が思っているような女じゃなかった。ただの嘘つきの男たらしじゃねーんだ。本当は優しくていい女なんだよ。俺より先にあの世に行けるお前なら、あの世でそれを確かめられるぞ」

「はははははっ、そうかそうか。そいつは楽しみだなあ。あっちに行ってアリサを見つけたら、全力で口説いて、今度こそモノにしてやるぜ。鴉山、お前にはもうアリサは渡さねえ。ざまーみろってんだ」


 俺の言葉を聞いて、東山は屈託なく笑う。目も笑っている。


「じゃあなっ、兄弟」


 東山が笑顔のまま軽く手を振り、姿を消した。


 馬鹿な奴だ。実に。俺そっくりの馬鹿な奴だった。


「何でわざわざこんな記憶見たのさ。東山の気持ちなんて知って、おじさんが余計にしんどくなるだけだろうに」


 カイが呆れ気味に声をかけてくる。


 何でかって? 見たかったからだ。知りたかったからだ。この痛みを刻んでおきたかったんだ。何でかって? きっと俺が馬鹿だからなんだろうさ。

 それに――


「もう、しんどくはないぜ」


 さっぱりした気分で、俺はカイに向かって微笑んだ。

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