21 日頃の行いのおかげです
「大丈夫ですかっ」
檜原真菜子の声がかかった。妹の華子もいる。
「俺達は大丈夫だが、この状況は大丈夫じゃねーぞ」
俺が言った。
敵の数が多すぎる。このままではいずれ数で押し込まれちまう。今みたいに、俺とカイとりえの三人がかりで対処し続けるのも無理がある。いずれ疲弊してバタンQになる。そもそもさっきヒッキーブラウンとアコーディオン婆さんと戦闘して、俺達も消耗しているし、体力的にも霊力的にももたねーよ。
「来たみたいです」
華子がホログラフィー・ディスプレイを投影して報告する。
「来た?」
りえは華子の言葉の意味がわからなかった。
銃声が複数響く。今まで以上に激しい数の銃声だ。これは間違いなく、来たな。
周囲の建物にカバーしていたしみったれニヒリズムの兵隊達が、次々と倒れていく様が、ここからでもはっきりとわかった。
「援軍? でも誰が――」
訝るりえ。
そうこうしている間にも、しみったれニヒリズムの兵隊共は、すごい勢いで掃滅されていく。
やがて援軍の姿が、こちらからも視認できるようになった。
「あれは? え? 見覚えのある人達が結構いる。ていうか、私が所属していた情報組織『鞭打ち症梟』までいるし」
「うちらのお得意さん軍団だ」
現れた援軍を見て戸惑うりえに、俺がにやりと笑う。
「岳都が手を回したのさ。恐怖の大王後援会が無くなっちまったら、多くの裏通りの住人が困るだろう?」
しみったれニヒリズムは、恐怖の大王後援会の人材消失も承知のうえで、そのブランドを欲し、乗っ取りのための抗争を仕掛けてきている。まあ、うちらを乗っ取りたいってのは、組織を動かすための建て前の問題だがな。この抗争は東山の私情が発端だし。
「だから岳都は、助けが欲しいと、各方面に救援要請したってわけだ」
結果は御覧の通り。多くの組織と個人が有志として立ち上がり、恐怖の大王後援会の助太刀にやってきた。
駆け付けた者達の方が数が多いうえに、腕利きも多くいたため、しみったれニヒリズムはあっという間に数を減らしていった。次々死体となって転がっていく。
状況を理解して、まだ生き残っていたしみったれニヒリズムの兵隊も退いていった。
どうやら危機は去ったな……
助っ人に来てくれた裏通りの住人達が姿を現す。
「いやー、皆さん、よく来てくれたー。助かったよー」
岳都が建物の中から出てきて、助っ人達に礼を述べる。
「おいすー、鴉山さん、カイ君、りえちゃん」
純子が現れ、声をかけきてた。
「純子も来たんだ」
意外そうな顔になるカイ。
「私も恐怖の大王後援会には、日頃から散々お世話になっているからねえ。抗争で人員失ったら、新たな人員が補充されて育成される期間、仕事頼めなくなっちゃうじゃなーい。だから実験台のマウスをいっぱい連れてきたよ」
純子は実験台にした奴等のことを、マウスと呼んでいる。おそらく、そいつらのテストも兼ねているな。
「それにさ、乗っ取りなんかされて、組織の体制が変わって、値段の吊り上げとかされたら困るって考える人も、結構いると思うんだ。だからこんなに集まったんだろうね」
「なるほどね」
純子の言葉に納得するカイ。
「俺は岳都がこうすることを読んでいた。俺が岳都の立場でも、同じことをしただろう。中枢もきっと読んでいただろうな。だから自分達で何とかできないなら、中枢で吸収するなんて言ったのさ」
岳都にも聞こえる声で、俺が補足する。
「ま、俺達は裏通りにおける重要なポジションなんだからー。生態系で例えるなら、最下層のスカベンジャーだけど、それって無くちゃ困るもんだろ~?」
岳都が笑いながら言う。
「東山は馬鹿なことをしたよねえ。こうなること、わかっていなかったのかなあ。十一年前にしみったれニヒリズムがうちを乗っ取ろうとした時は、もっと慎重だった。当時のボスは、うちらのことを調べつくし、うちらの動きを把握し、様々な工作を仕掛けて、内部から少しずつ、しみったれニヒリズムの手のかかった者と、入れ替えていく手法を取った。その尖兵として大いに活躍したのが――」
そこまで喋った所で、岳都が言葉を止める。りえをチラチラと見ている。
「言っていいぜ。もうりえは知っているよ」
「お母さん――なんでしょ」
俺とりえが言うと、岳都は頭を掻いた。
「うん。そっか……りえちゃん、すまないね。俺はずっと君を疑っていたけど、どうやら君は敵じゃなかったみたいだね」
バツが悪そうに話す岳都。
「でも東山は、力ずくで支配しようとしてきた。ごり押ししてきた。うちらの組織の性質を理解していなかったね。力で屈服できるタイプの組織じゃないのにさ。裏通りのお掃除スキルを備えた人材があってこその、後始末組織。それが我々恐怖の大王後援会だっていうのに、抗争ふっかけてその人材を潰すとか、ばかちんなことしちゃって~」
岳都はりえや俺達だけではなく、助っ人に駆け付けてくれた者達全員に聞こえる声で話していた。状況のおさらいを皆に聞かせているようだ。
「ま、不思議な話だよ。東山は十一年前の当時も、しみったれニヒリズムの一員だったわけだし、そのくらいの理屈はわかるだろうにねえ。何でこんな短絡的なことしたんだろうねえ。何か事情があったのかなー?」
「俺にはわかるぜ」
岳都の話の切れ目のタイミングを狙い、俺は言った。
「事情がわかるんですか?」
りえが尋ねる。いやいや、質問してるけど、りえだって本当はわかっているんじゃないか? ここまでくればわかりそうなもんだ。
「普通ならわかるけど、りえは脳筋戦闘民族だからわからないんだよ」
「ちょっとカイ君、何言ってくれちゃってるの……」
俺の心を読んで言うカイに、りえがむっとする。
「俺と似た者同士だからだよ。俺と同じ馬鹿だからだよ。でもまあ、あいつの方が俺よりさらに馬鹿だったかな」
抽象的――というか曖昧な答えを口にして、俺は空を仰ぐ。
カイと視線が合う。カイは仕方ないなという顔で、俺を見下ろしている。俺の考えていること全て、こいつはお見通しだからな。俺の今の発言の意味も理解している。
東山は、アリサを奪った俺と恐怖の大王後援会、双方に復讐したかったんだ。恨みや憎しみをぶつけるというより、復讐という形で過去を清算することで、自分の気持ちを晴らしたかったんだろう。
「中枢からしみったれニヒリズムの殲滅依頼が出されているねー。殲滅作戦に参加した裏通りの住人には、報酬を出すってさ」
ホログラフィー・ディスプレイを開いた純子が報告する。
「先に出せって話よね」
「今のタイミングが中枢的にはいいんだろうさー。中枢の政治的事情もあるだろうし」
りえが不満を露わにし、岳都は肩をすくめていた。
「やらなくちゃいけねーことがある」
静かに、しかし力を込めて、俺は言った。
「しみったれニヒリズムが完全に壊滅する前――東山が殺される前に、あいつの望みを叶えにいくさ」
「どういうこと?」
俺の言葉の真意を読めないりえが尋ねる。
「俺と東山、サシのケリをつける。どうせ死ぬなら、俺に殺された方が、あいつもすっきりするだろ」
「なるほど」
りえも納得してくれたようだ。やっぱりりえもわかっている。
「どうして今更東山と会いに行くんですか? 放っておいても、あいつはもうおしまいですよ」
そう尋ねてきたのは檜原華子だ。
「そうだねー。しみったれニヒリズムは見せしめのためにも、そして後顧の憂いを断つためにも、しっかりと壊滅させなくちゃっな~。ま、東山は上手く逃げ延びる可能性もあるから、きっちり始末を――」
「そんなんじゃねーよ。あいつは逃げねえさ」
俺に代わって説明している岳都の言葉を、俺が途中で否定した。
「俺が始末をつけに来るのを待っている。俺がそうするとわかっている。他の奴に殺される前に、俺がケリをつけたいと思うことも、きっと見抜いている」
「何でそんなことわかるんです?」
今度は姉の檜原真菜子が問うてきた。
「わかっちまうんだよ。東山のことは。似た者同士すぎてよ。出会いがもっと違った形でいれば、いいダチになれたかもな」
しかし俺と東山は残念ながら、似た者同士で殺しあう間柄になっちまった。
「そういえば、東山があの時言ってましたね。やるならサシでと」
りえが言う。
「それがあいつの望みなんだろ。別に俺はどうでもいいが、東山に付き合ってやりたい」
「おじさんは優しいねえ。優しすぎて最早馬鹿すぎるけど」
「ああ、馬鹿さ。馬鹿なんだろうよ」
からかうカイであったが、俺はあっけらかんと笑い飛ばしてやった。




