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裏通りのお掃除屋さん、今日も死体のおかたづけ  作者: ニー太
第四章 馬鹿につける薬を塗り合おう
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終章

 数日が経過した。


 朝、俺は自宅を出て、いつも通り徒歩で恐怖の大王後援会本部へと向かう。


「ほっ、ほっ、ほっ、ほっ」


 自宅を出てすぐの場所で、あの緑のジャージの婆さんが俺の横を走り抜けていった。もう走れるくらいに回復したのかよ。早くねーか?


『生きてればそれだけで価値がある。長生きするだけでもいい』


 あの婆を見ながらアリサが口にした台詞を思い出す。アリサも俺も、その考えに否定的だったが、今は否定する気になれない。


「死んでいても俺は価値がある」


 カイが腰に手を当てて胸を張り、したり顔で言い放つ。

 そりゃあな、カイは俺にとっては価値があるさ。こいつのおかげで生きてこられたんだし。


「でも、できれば生きていたかった」


 少し切なげな顔になって言うカイ。そいつを言われてもな……


 ペデストリアンデッキに上がる。いつもアコーディオン婆さんが演奏している場所に、当然婆さんの姿は無い。しかしあの知的障害の禿げた子供はいた。


「あうー?」


 俺が近づくと、その子が怪訝な声をあげる。


「これ、アコーディオン婆さんからな」


 そう言って俺は、その子にアコーディオン婆さんから預かったカスタネットを差し出す。果たして俺の言葉が通じるか、受けるか、疑問だ。


「あうあうあうー」


 だがその子は笑顔でカスタネットを受け取って、楽しそうにカスタネットを鳴らしだした。

 カスタネットを叩きながら、その子は踊っていた。かつてアコーディオン婆さんの演奏に合わせて踊っていた、あの踊りだ。


 俺は驚きに固まっていた。その時確かに聞こえていたのだ。アコーディオンの演奏が。

 いや、俺だけじゃない。多くの通行人が立ち止まり、驚きの表情で、踊るその子を注目していた。


「皆に聞こえているみたいだよ。俺にも聞こえている」


 カイが言った。未だにアコーディオンの演奏が聞こえる。その子が踊り続けていると、頭の中に響いてくる。

 これはもしかして、あの世で婆さんが演奏して、この子が呼び水になっているのか? それとも集団幻聴?


 踊り続けるその子を尻目に、俺は歩き出す。


 本部に到着した俺は、りえから新しい情報を仕入れた。古巣である情報組織から仕入れたものだそうだ。


「しみったれニヒリズムは壊滅。下部組織の幾つかは独立する流れだそうです。肉塊の尊厳も、九郎さんを狙うのを諦めましたね」


 そりゃ諦めるだろ。しみったれニヒリズムが壊滅した経緯を見て、なお俺をつけ狙うような真似は、流石にできないだろうな。


「そういえば九郎さん、お母さんの遺品のサイコメトリーの続き、してくれないんですか?」

「いや、気持ちが落ち着かなくて、しばらくやる気になれなかったんだ」


 りえに問われ、俺は頭を掻きながら言った。


「遺品、今持ってきているんですが、どうでしょう?」


 そう言ってりえが、鞄の中から小さなイラストボードを出す。そこには下手な絵が描かれている。アリサの描いた絵だ。しかもそこに描かれているのは……


「おじさんの顔か」

「髭の無い時代ですね」


 カイとりえがくすくすと笑う。多分俺はその時、憮然とした顔になっていたと思う。


「いい記憶とは限らないぞ」

「これはきっといい記憶ですよ。だって九郎さんの顔を描いたんですよ」


 俺が断りを入れると、りえは笑顔でそう言ってのけた。


 やれやれだ。こいつは強いし、前向きだよな。俺と東山は十一年もうじうじと引っ張り続けていたのによ。


 俺がボードにサイコメトリーを施し、カイがその内容を中継してりえに見せる。


 絵を描くアリサの映像が映し出される。その横には、小さな女の子がいる。この子が誰であるかは、言うまでもない。


『初めて挑戦してみたけど、やっぱり見なくても描けるくらい、頭に焼き付いちゃってるわね』


 自分が描いた絵を見て、アリサが満足げな笑みを広げる。いや、その絵で満足なのか? かなり下手なのに……


『これ誰ー?』


 幼いりえが、絵を指して尋ねる。五歳か六歳くらいのりえだ。


『うーんとね……りえのお父さんになる人……かな?』

『おとーさん?』


 アリサの台詞を聞き、幼いりえはきょとんとした顔になる。


『うん、まあそうなればいいなって……うん……』


 気恥ずかしそうな顔になって、急に言葉を濁すアリサ。ついうっかり口にして、自分で恥ずかしくなったか。


『もうそろそろ……いいんじゃないかな』


 りえが少し離れた場所に移動した所で、アリサはぽつりと呟く。

 その台詞の意味は? まあ、何となくわかる。


 サイコメトリーはそこで終わった。俺は気疲れしてしまった。またこんなものを見ちまってよ……。だが、不思議ともう心の痛みは生じない。

 心に余計な傷を増やすのが嫌で逃げていたが、真実を知ることが出来てよかった。傷が癒えたわけじゃないが、刺さったままだった刺がようやく抜けた気がする。

 俺にそっくりな男を殺したおかげなんだろうな。俺の痛みをあいつが引き取ってくれた。そんな感じがする。あいつも似たようなこと言ってたが、俺も同じなんだ。


「正直な。やり直せるもんならやり直したい。アリサの心を知っていれば、あんな結末にはしなかった」


 りえとカイを交互に見て、俺は言った。

 俺はアリサを信じてやれなかった。アリサを裏切り者と見なして、確かな殺意をもって引き金を引いた。


「九郎さん、過ぎたことですよ。多分お母さんは、九郎さんを恨んでいません。娘の私が言うんだから確かです」


 りえが笑顔で俺を励ます。アリサの娘であるこいつにそう言われると……まあ……救われるか?


「やり直したい? 駄目。そうすると俺は浮かばれないままだったから、それは駄目」


 しかしカイがぴしゃりと否定する。


「あれで良かったんだ。なるべくしてなったことだ」

「ちょっとカイ君、それだと九郎さんが、母さんを殺してよかったって理屈にもとれるんだけど?」

「そうだよ。アリサに殺された俺はそれを言う資格がある。俺とおじさんとの時間は、おじさんとアリサが過ごした時間よりずっと長い。そして絆もずっと深いし、これからも続いていくんだから」


 りえが渋面で突っ込むが、カイは胸を張って言い張る。


「本っ当っ、カイ君は九郎さんが好きなのねー」

「ああ、好きだよ」


 りえがからかうと、カイは笑顔で認めた。


 再度、りえとカイを交互に見やる。俺だけじゃない。こいつらに刺さっていた刺も抜けた――のかな?

 掃除屋さん、十一年経ってから、放置していた自分の不始末をやっと片付けたってわけか。


「ところでこれ、いつ頃の記憶なんだろ。お母さんが九郎さんと結婚してからですかね」


 りえはこの時のことを覚えていないようだ。


「お前の年齢を見た限り、そのくらいだろ」

「まだ遺品はいっぱいあるので、頼みます」

「いや……続けて何度もは勘弁してくれ。精神的にすげー疲れるわ」


 鞄をまさぐりながら言うりえだが、俺は拒んだ。


「お前、これで少しは心の整理がついたか?」

「完全に整理はついてないけど、この前九郎さんが打ち明けた時点で、ある程度納得はしてますよ」


 俺が躊躇いがちに尋ねると、りえはあっけらかんと答えた。


 りえの性格は、アリサとかなり違うと意識する。アリサは明るく振舞っていたが、どこか儚げで、影が付きまとっていた。りえは本当に明るくて、アリサよりずっとポジティブだ。


「ところでお母さんと九郎さん、どっちからプロポーズしたんですか?」

「俺からじゃあねえよ……」


 りえの藪から棒な問いに、俺は嫌そうに答える。


「あー、やっぱりそうですか」

「おじさんにそんな度胸あるわけないし」

「言ってろ」


 納得するりえと、せせら笑うからカイに、俺は吐き捨てた。


「もう、わかりきっていることですけど、お母さんは本当に九郎さんのこと、大好きだったんですね。こないだ見せてもらった記憶や、今見た記憶を見た限り」


 アリサが描いた絵を見つめながら、しみじみとした口調で言うりえ。


「好きでもない男の絵なんて描かないだろうしね」


 カイが言った。


「それに、こうも思うんです。ただ任務のために近づいただけなら、何も結婚までしなくてもいいんじゃないかなあって。しかもお母さんの方から言い出したのなら、尚更ですよ」

「もういい加減その話題やめね?」


 しんどくなってきた俺が、無理矢理ストップをかける。


「じゃあ別の質問。九郎さんは何でこの仕事しているんですか?」


 りえの質問に、俺は絶句してしまった。はあ……親子だねえ……。


「お前はもう嫌になったか? ま、お望み通り真実は知れたんだし、もうこの仕事を続ける意味も無いが」

「そんなこと言ってませんし、飛びすぎです。ただ、好奇心で聞いているだけです。いえ――私は続ける気だから聞いているんです」


 俺がちょっと意地悪な口調で言うと、りえはむっとした顔で言い返した。


「正直な、俺はこんな仕事、この世の最底辺の役割だと思っているよ。だがな、絶対に必要なことでもある。誰かの汚した後を始末する――そんな意識があるにも関わらず、俺はやりがいを感じちまっている。たまに感謝して報われることもある」

「報われるって?」

「しみったれニヒリズムに襲われた時、お得意さん達が助けに来てくれただろ? あれこそ俺達が報われた瞬間だ。新人のお前にはいまいちわかんねーかもだが、ン十年とこの稼業してきた俺の心には、すげー響いたぜ」


 アリサには胡麻化して正直に答えなかったが、りえには正直に答えた。


「うんうん。ピュアでロマンチストで泣き虫なおじさんに、あれは確かに響くはず」


 カイがにやにや笑いながら頷く。


「うっせーんだよ。歳取ると涙もろくなるんだ」


 加齢によって脳の構造が変化し、そのせいで哀しみのブレーキが利かなくなるなんて、そんな話を聞いたことがある。ロマンも糞も無い話だ。科学ってのは全くもって糞だな。

 俺は他にも理由があると思う。生きていれば色んな糞を御目にかけちまう。年齢を積み重ねていくと、糞ったれな気分も積み重なっていく。魂が汚れて疲れていく。だから綺麗なものを見ると泣けるんだ。糞の中から糞を養分にして咲いた綺麗な花に泣けちまうんだ。


「いやいや、すごく意味不明……。全く共感できない」


 俺が頭の中で思い浮かべた台詞を読み取って、カイは顔をしかめていた。


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