19 バイクよさらば(タイトルでネタバレ
翌朝。朝食中に、組織の一員である檜原真菜子から連絡があった。
『本部が襲撃されています。かなりの大人数です。大至急来てください』
早速かよ。まあ、宣言した当日に来ることも想定していたし、一晩明けただけマシか。
飯を中断し、りえと共に外に出る。
「あのマラソンしていたお婆ちゃん、奇跡的に意識を回復したんですって」
「あら、それはよかったわねえ」
「しかもどこにも障害が残っていないっていう話よ」
「まあ、凄いわねえ。奇跡ってあるものねー」
外に出たら、近所のおばちゃんらの井戸端会議が耳に飛び込んできた。そいつは確かに良いニュースだ。こっちは悪いニュースが飛び込んできて大わらわだが。
「バイクで行く」
近場にある駐輪場に向かって足早に歩く。
「バイクあったんですか。今まで徒歩ばかりだったのに」
「健康のためになるべく歩いている。この歳になると色々気遣うんだよ。しかし今はそんなこと言ってらんねー」
怪訝な顔になるりえに、俺が言った。
「久しぶりに使ってやるぜ」
バイクにまたがる俺。タンデムシートは一応ある。かつてアリサが乗っていたものだ。処分しなかったのは、誰かを乗せる機会もあるかもしれないと思ってのことだが、よりによって、これにアリサの娘に乗せるとはな。
バイクを走らせて一分もせずに、バイクは横転して倒れる事になった。俺とりえはバイクから飛び降りる。銃撃が行われたのだ。
さらに掃射が行われた。俺とりえはすぐさまその場から離れる。狙いはわかっている。俺達じゃない。バイクの方――ガソリンタンクだ。俺が敵の立場でも絶対そうする。
バイクが爆発炎上する。十分に距離は取っていたので、もろに爆風を浴びることは無かった。
「久しぶりに使ってやったらこれだよ。あまり乗ってやれないままオシャカにしちまって悪いな」
大破してしまったバイクを意識して言う俺。視線はバイクには向けられていない。襲撃者に向けられている。
ヒッキーブラウンとアコーディオン婆さんが、車道へと進み出る。銃撃はヒッキーブラウンによるものだ。見える範囲で、襲撃者はこの二名しかいない。
コンセントを服用する俺。りえも同様に服用している。
「朝から忙しい所をごめんなさいねえ。貴方達の組織が襲撃されているっていう話があったから、近くで張っていれば現れると思っていたら、どんぴしゃだったわー」
アコーディオン婆さんがニコニコ笑いながら言った。
「カイ、りえ、あの婆さんの方を頼む」
「了解です」
「おっけー。今度は負けない」
俺の言葉に応じ、二人は気合いの入った顔で、アコーディオン婆さんと対峙する。特にカイは、以前の雪辱に燃えているようだ。
「あらあら、二人とも怖いわねえ。今日はこの前みたいにいかないかしら~?」
余裕たっぷりにおどけているアコーディオン婆さん。
「そのアコーディオンを聴くのも今日が最後だよ」
カイが宣言する。
「そうねー。カイ君を成仏させてあげれば、この世で聴くには最期になるわ~。ま、すぐに私もあの世に行って、また聴かせてあげることになるけどねー」
アコーディオン婆さんがニコニコ笑いながらそんなことを口にした。それはつまり……
「なるほど。死相が見える」
カイがアコーディオン婆さんをじっと見て言った。
「長くないってこと?」
「ええ。医者からは余命半年って言われたわ~」
りえが問うと、アコーディオン婆さんは変わらぬ笑顔で認める。
「色々あったけど、私は生まれてきたことに感謝するわ~。音楽という奇跡に出会えたこと、触れられたことで、私は実りある人生を送れたもの。音楽は奇跡であり、音楽という奇跡を通じて、私は超常の領域を手繰り寄せることが出来るの。音で楽しむことで、本来動かないものを動かせるようになったのよ~」
俺も純子に改造され、今までに無い感覚を身に着けた。今までに見えない領域が見えて、動かせるようになった。それが超常の能力の覚醒だ。りえも同じだろう。なのでアコーディオン婆さんの言うこともわかる。
「それをここで打ち明けるってことは、死期が早まったと自分でも予感しているからじゃない? 私達に負けると思ってるんじゃない?」
りえが静かに問うた。俺にはその発想は無かった。しかもりえの口からそんな台詞が出るとか意外も意外って奴たせ。
「あらあら、お嬢ちゃんは中々鋭いことを言うわねえ。でも的外れよ~」
「じゃあ何でわざわざ死期が近いなんて教えたの?」
「カイちゃんのことは好きだからね~。あっちに行ったら仲良くしてほしいものー」
りえの問いに、アコーディオン婆さんがカイの方を見て答える。
「俺が成仏すればおじさんも死ぬ。そんなことした奴と仲良くはできないよ。ま、そんなことさせないけどね」
つっぱねるカイ。
「あーら、残念」
アコーディオン婆さんがアコーディオンを奏でだす。
「音で世界は動く。私は動かせる。音で物語を創る。物語は世界が動いている証ですもの~」
アコーディオン婆さんの闘志が急速に高まっている。
一方、俺はヒッキーブラウンと対峙する。
「気になっていたんだが、お前のそのヒッキーブラウンて名前、どういう意味だ? 由来は?」
ヒッキーブラウンに声をかける。今回は少し強めのコンセントを使ってみた。効果の出が少し遅いので、会話して時間を稼ぎたい。
「元引きこもりだからだ。一念発起してマッドサイエンティスト雪岡純子に改造してもらって、殺し屋になった」
「そっかー。よくある話だよな」
正直に答えるヒッキーブラウンに、俺は言った。適当に返したわけじゃない。実際よくあるパターンの一つだ。純子経由で裏通りの住人になった奴は多い。
「そして僕は茶色が好きだからだ」
「それは珍しい好みだな。それはそうと、お前ってさ、裏通りは性に合わないんじゃねーか? それなのにまた帰ってきちまいやがって」
「そうかもしれないけど、他に生き方を知らないから」
俺の言葉に、ヒッキーブラウンは力ない声で言いつつ、マシンピストルに弾を装填する。
「そっか。ま、皆似たようなもんだ――な」
先に俺が撃つ。撃ってすぐに走り、走りながらまた撃つ。
ヒッキーブラウンがすぐに撃ち返す。こちらも走っているが、俺の方向に向かって走ってきやがる。
弾の一発が俺の肩に当たったが、防弾繊維が防いでくれた。こちらの弾もヒッキーブラウンの腹に当たったが、やはり防弾繊維で防がれている。ただし、衝撃によって奴の動きが大きく鈍っていた。
俺は距離を取る。近接戦闘は流石に向こうに分がある。ヒッキーブラウンの身体能力は、常人のそれをはるかに凌駕している。そのうえ日本刀まで持っているしな。りえならいい勝負が出来るかもしれねーが、俺ではかなわん。
「来てくれ。力を貸してくれ」
俺は走りながら、周囲にいる低級霊達に呼びかけた。
反応したのは二体の霊だった。どちらも動物霊。ネズミの霊と、犬――スピッツの霊。上出来だ。
「させないよ~」
アコーディオン婆さんが俺の方を向く。俺が霊をけしかけようとしていることに気づき、妨害しようというのだろう。
「させないよ」
だがアコーディオン婆さんの前にカイが移動して、それを阻もうとする。
「あらカイちゃん、随分とパワーアップしているみたいねー。でも――」
何か言いかけたアコーディオン婆さんであったが、途中で中断して横に大きく飛んだ。りえが突っ込んで、三本の爪状斬撃を放ったのだ。
りえの攻撃を避けた直後を狙って、カイもアコーディオン婆さんに攻撃する。頭から高速で突っ込んで、アコーディオン婆さんの側頭部に強烈な頭突きをかました。
カイの頭突きを食らったアコーディオン婆さんが、横向きに倒れる。
あっちは任せておいてよさそうだ。俺はヒッキーブラウンに集中しよう。
すでにヒッキーブラウンは目の前に迫っているが、俺は慌てなかった。
「うわっ!?」
ヒッキーブラウンが悲鳴をあげる。ネズミの霊が奴の目を引っ掻いたのだ。
だがヒッキーブラウンの動きは止まらなかった。日本刀で斬りかかってくる。
際どいタイミングで避ける俺。
「なんてね。十一年前もその手を食って負けた。今度は通じない」
うそぶくヒッキーブラウン。スーツの下で、顔や目を何らかの形でガードしているようだな。そして確かに昔と同じ手を使った。防がれる可能性も考慮したうえで。
俺はヒッキーブラウンと何とか距離を取ろうとして、移動しながら撃つ。
ヒッキーブラウンは銃弾を避けながら、また間合いを一気に詰めにかかり――盛大にすっ転んだ。スピッツの霊が、ヒッキーブラウンのスーツの足の部分を咥えて引っ張っていた。
転んだヒッキーブラウンの両足と両手を狙って、それぞれ一発ずつ銃弾を撃ち込んでやる。
弾はどちらも防弾繊維を貫通していた。これで勝負はついた。こいつも実はさらに改造していて、再生能力を備えているとか、そんな展開でもない限りは――な。
念のため、マシンピストルも取り上げ、日本刀も没収しておく。
「また僕を殺さないのか……。見逃してくれるってのか」
うつ伏せに倒れた格好で、弱々しい声をあげるヒッキーブラウン。
「この前と同じだ。たまたま殺さずに済んだだけだろ。俺は手抜きはしてねーぜ。殺すつもりで戦っていた」
「なら……とどめを刺しなよ」
「俺はお掃除屋さんだ。ゴミを片付けるのが仕事なんで、余計なゴミを出したくねーんだよ。片付ける仕事が増えちまうだろ」
まあそれも本心だが、それだけじゃない。個人的にこいつを殺したくないという気持ちも確かにある。
ヒッキーブラウンは悲観していた。自分の人生を呪っていた。自分の道を否定していた。俺とは逆。俺の今の道は、自分で望み、臨んだ道だからな。こいつもいつか望んだ道を見つけて、歩いて欲しい。
俺だって、アリサを殺した後、もっと悲惨な道だったかもしれない。ずっと自分を呪い続けていたかもしれない。そうならずに済んだのは、カイがいたおかげだ。
おっと、感傷に浸っている場合じゃない。まだアコーディオン婆さんがいる。




