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裏通りのお掃除屋さん、今日も死体のおかたづけ  作者: ニー太
第三章 文字通り過去を見つめなおしてみる
19/24

18 発掘された黒歴史

 掘り起こされたのは、アリサの前に初めてカイが現れた時の映像だ。アリサは悲鳴をあげ、泣き喚き、部屋中のものをカイに向かって投げつける。


『俺がそんなに怖い?』


 空中に浮かぶカイが、恐怖に引きつった顔のアリサを見下ろし、冷めた声で問いかける。


『俺を殺して、アリサはそれで何を得た? 俺を殺すだけの価値に見合うものは得られた?』

『私は幸せになりたいのよ。欲しいものを全て手に入れて、上に登れるだけ登って、誰にも傷つけられたくないようになりたいのよっ』


 アリサは震えながらも答えた。嗚呼――この辺は、東山の言った通りのようだ。だが、アリサの上昇志向の理由を東山は語っていない。

 アリサがこういう女になった理由はわかった。誰にも傷つけられたくないなんて言うことは、今まで散々傷つけられながら生きてきたってことだろう。りえの手紙にも似たようなことが書いてあった。


『そのために七歳の俺を殺したんだ」


 しかしカイの気持ちは収まらない。


『私だって殺したくなかった……。もっと冷酷になれれば――貴方を殺しても罪悪感なんて一切抱かない心をもっていれば、苦しまずに済んだ。こんな幻覚に悩まされずに済んだ』


 アリサがそこまで喋った所で、場面が切り替わる。時間が飛ぶ。


 アリサは赤ん坊の世話をしている。きっとりえだろう。つーかカイ、アリサに娘がいたことも知ってて、ずっと俺には黙っていたのか。

 カイの気持ちが伝わってくる。カイはその頃、アリサの前に出にくくなっていた。アリサがりえのことを心底大事にしていたからだ。必死に育てていたからだ。

 その様子を見て、カイは思い出していた。自分にも母親がいた。きっとあんな風に自分を大事にして、必死になって育てていたんだろうと思ったカイは、アリサに対する憎しみが少し薄れてしまった。


『ひどいよ。ずるいよ。俺は殺しておいて、自分の子は可愛がる。その子は、俺の犠牲のうえに成り立っている』


 ある時、アリサの前に現れたカイが言った。


『ごめんなさいね……。その通りだと思うわ』


 アリサはカイを見上げ、微笑みながら認めた。


『ただ命令に従っただけとか、そんな言い訳しない。私が貴方を殺した事実に変わりは無いし、そういうことをして手を汚し続けてきたから、今の私がある。この子もいる。私はきっと呪われている。この子も呪われているかもしれない。でも、呪われた子だろうと、この子は絶対に守る』


 赤ん坊のりえの額を優しく撫でながら、決意を口にするアリサ。


 撫でられるりえを、カイは忌々しげに睨みつけている。

 ひょっとしてカイがりえのことやたら嫌ってた理由、この辺りにもあるのか? 元々りえを知っていたせいか?


『そのためにも、誰にも私を傷つけられないほどの力が必要なのよ。新しく入った組織の中でのし上がってやらないと。そのためには、何だってする』


 つまりこの時点でアリサは、肉塊の尊厳からしみったれニヒリズムに移っていたのか。


『人の運命なんて、風に舞う木の葉みたいなものよ。人はどんなに頑張っても、それを嘲るかのように、運命の悪戯でどこかへ吹き飛ばされちゃう。私はそうやって何度も吹き飛ばされてきた。だからね――私はどんな強い風でも倒れない大木みたいになりたいの』


 俺はアリサのその台詞を聞いて、安堵しちまった。


 東山の話とアリサの話。符号するようで、やはり違ったよ。アリサはただの欲深女だったわけじゃない。弱さを補うため、大事なものを守るために、力を求めたんだからよ。


 カイにかけたサイコメトリーが終わる。


 りえはうなだれていた。泣いてはいなかったが、沈鬱な表情だ。


「カイ君は私のお母さんに殺され、母さんは九郎さんに殺された。二人は私のために殺されたのかな?」

「俺はそんな風には思わないよ」


 りえが口にした言葉を、カイは即座に否定する。


「でも――カイ君と九郎さんの二人は、運命によって惹かれ合った。母さんに人生を狂わされた者同士で。これは確かなことだよね」


 複雑な顔で言うりえ。


「りえが持ってきたアリサの遺品にも、同じことが出来るぞ」

「わかりました。お願いします」


 俺が言うと、りえが鞄の中からアリサの遺品を取り出す。


 うわ……見覚えのあるものが幾つかあるぞ。ピカレスクものの少女漫画とか。アリサが好きで、よく俺の家にも持ってきて読んでいたっけ。さらにはイラストの山も。かなり下手なイラストだ。


「あ、それはアリサが描いていた奴だ」


 カイが言った。つーかこのイラストに描かれている男の顔、俺じゃねーか……


 さらに取り出されたものを見て、血の気が引く。


「この詩集、お母さんがよく読んでくれたの」


 手作りの詩集を取り出して言うりえ。


「ちょっ、待てっ! お、俺の黒歴史を晒すなっ!」


 思わず叫んだ俺に、りえが目を丸くする。


「えー? この詩集、九郎さんが書いたの?」

「おじさんはロマンチストなんだよ。詩を書くし、映画も泣ける系ばかり見て泣いてるし、恋愛映画や恋愛小説大好きだし」

「やめろっ! 余計なこと言うなっ!」


 りえが目を丸くして問うと、カイが勝手に答え、俺は狼狽しまくっていた。

 詩は今も書いているが、昔の俺が書いた詩はかなりヤバい内容だ。思い出したくも無い。おぞましい。


「まず詩集からサイコメトリーしてね」

「よりによってそれからかよ……」


 カイに促され、仕方なく詩集に触れ、力を発動させる。


 アリサが電話をしている。


『私の正体、バレかけているのよ。あるいはもうバレているかもしれない。どこでとうミスったのか……』


 アリサは動揺しまくっている様子だった。

 そうか……これはアリサが俺に殺される前の記憶か。その何日か前か? それとも当日か?


『落ち着け。そういう事もあると想定していたはずだ。例のプランに移せ』


 電話の向こうから男の声。


『例のプランて……』

『最初に決めてあったはずだ。鴉山九郎に罪を着せて殺せ。自分の正当性を示すんだ。お前なら上手くやれるはずだ。まだまだ恐怖の大王後援会で活動することは山ほどある。今バレたらこれまでの積み重ねが台無しだ。こういう時の保険のために、お前は鴉山九郎と結婚したんだろう? それをしっかりと利用しろ』


 電話の相手から出された指示に、アリサは蒼白な顔になって沈黙する。


『どうした? それともまさか、鴉山に本気で惚れたのか?』

『いえ……やるわ。大丈夫よ』


 電話を切ったアリサは、椅子に腰かけ、ぼんやりと虚空を見上げる。


 しばらくしてから、詩集を広げる。俺が書いて、アリサにプレゼントした詩集だ。今サイコメトリーしている物だ。

 詩集を読みながら、アリサはぽろぽろと涙を零す。


『うう……うっ……ううう……』


 やがて嗚咽を漏らすアリサ。


 そこでサイコメトリーは終わる。

 胸が突き刺されるような痛み。腹の中が掻き毟られるような感触。頭の芯に鉛がぶちこまれたような感覚。


「お母さん……。九郎さんのこと……」

「辛かっただろうね。俺もこの光景は見ていない。席を外していた」


 りえとカイが言う。


「糞ったれ……俺は、あいつの苦しみを何も知らずに……あいつを……畜生……畜生……」


 俺は思いっきり俺の頬を殴りつけた。


「やめてっ、九郎さん」


 さらに殴ろうとする俺だったが、りえが手を掴んで制する。俺よりずっと力が強い。


 そこに純子がやってくる。


「ちょっとちょっと、まだ数時間は安静にしてないと駄目だよー。能力は使わないで」

「残った遺品のサイコメトリーは今度にするか」


 純子に止められ、俺は大きく息を吐いた。


 気持ちの整理もつけたいしな。今は頭の中で嵐が吹き荒れている。これ以上一度にあれこれ見たら、頭がパンクしちまいそうだ。


***


 雪岡研究所を出たら夜になっていた。


 我が家に帰宅する。雪岡研究所と自宅はそれほど距離が離れていない。


「りえはもしかして今夜も泊まっていくの?」


 一緒に家に上がったりえに、カイが不満げに尋ねる。


「そりゃ九郎さんが狙われてるんだもん。護らなくちゃ。それと、サイコメトリーも色々してほしいし」

「今夜は能力使うなって純子に言われてるからよ。明日な」


 期待するりえに俺が言った。


「お風呂に入ろう」

「カイ君、一人で体洗えないの?」


 促すカイに、りえが尋ねる。


「うん。死ぬ前もずっとお父さんと一緒にお風呂入ってたし」


 カイが答える。


「私はカイ君くらいの歳には一人でお風呂入ってたけどなあ」

「何それ? 俺が年齢よりずっと子供だって言うの?」


 りえに言われ、ムッとなるカイ。


「子供だろ。俺もお前くらいの歳には一人で風呂入れたぞ」

「ぐぬぬぬ……」


 俺に言われ、悔しげに呻くカイ。


「りえと一緒に入ってきたらどうだ?」

「またそれかよ。嫌だって言ったろ。冗談じゃないって言ったろ。ふざけんなっての」

「神聖な儀式は女人禁制なんでしょ」


 俺が促すと、カイは刺々しい口調で拒否し、りえは呆れ顔で言った。


「時計。誰も見て無くても、彼は動き続ける。時に合わせて時を刻み続ける。時を呟き続ける。時計は知っている。時の流れによって人の心が移ろい――」

「おおいっ! 読むんじゃねーよ!」


 りえが持ってきた俺の昔の詩集を朗読するカイに、俺は思わず怒鳴った。


「お母さん、大事にしていたんですよねえ。この詩集。ちなみに私は全部読みましたよ。まさか九郎さんが書いたものだなんて思わなかったです。てっきりお母さんの趣味だとばかり思ってたのに」


 全部読んだのかよ……。俺は思わず額を押さえた。


「九郎さん、私、一つだけ、これだけは絶対だと思っていることがあるの」


 熱っぽい口調で喋りだすりえ。


「もし私が九郎さんを恨んだり、復讐しようとしたりしたら、絶対に母さんは悲しむ。そんなこと絶対に望まない。そして、私にそんな気持ちも沸かないから」


 何を言うかと思ったら……こいつは……

 何と言葉を返していいかわからず、俺は俯いてしまう。


「ありがとう、りえ。その言葉でおじさんはすごく救われた」


 俺ではなく、カイが俺に代わる形で礼を述べた。こいつめ……


「おじさんは十分すぎるくらい苦しんだ。そんなおじさんを憎んで、りえが襲いかかってきて、俺がおじさんを護るためにりえを殺す展開とかになったら、おじさんの苦しみがさらに上乗せになっちゃう所だった。俺はそうなるんじゃないかと思って、心配してたんだ」


 真剣な口ぶりで話すカイに、俺は目頭が熱くなってしまう。畜生……自分の涙脆さが嫌になる。今こいつらの前で俺が泣いてる所とか見られたら、どれだけからかわれるかわかったもんじゃねえ。堪えろっ。堪えるんだっ。


「カイ君、案外考えてるんだね。大したもんだよ」

「何その言い方……。俺を低く見てる証拠な言い様じゃないか。凄くムカつく上から目線。やっぱりりえは俺の敵だ」

「ちょっとー、せっかく褒めたのに、何そのヒネくれた受け取り方。別に上から目線だってつもりは無いし」

「自覚がないなら余計にタチ悪いね」


 りえとカイで言い合いを始めたので、助かった。俺は二人から顔を背け、こっそりと涙をぬぐっていた。

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