17 フレンドリーなマッドサイエンティスト
りえが鞄の中から色々と出す。
「おじさん、今サイコメトリーするの? やめた方がいいよ。二人とも心が乱れてるしさ」
カイが意見する。ああ……その通りだな。
「これだけ、今読んでください。九郎さんに読んで欲しいです」
りえがそう言って、鞄の中から出したものの一つ――一通の手紙を差し出した。
それはアリサが、りえにあてた手紙だった。
『りえ、この手紙を見ているということは、私は生きていないと思う。私が貴女を産む決断をしたのは、いろいろな考えと思いがあってのこと。私はこれまで散々誰かに騙され、傷つけられてきた。そして私もまた、誰かを散々欺き、傷つけてきた。そんな私にも光を残すことが出来たらと、そんな考えがふと湧き起ってしまった。その選択は間違ってなかったと、貴女を産んでから思った。貴女と過ごした時間は忘れない。貴女と――』
手紙は中途半端な所で途切れていた。
「私が母親の真実を知ろうとしたきっかけが、この手紙なんですよ」
少し落ち着きを取り戻した様子で、りえが言う。
アリサのこれが本心か……
どんな人生を送ってきたら、こんな手紙を書くのか? こんな手紙を書くからには、本当のアリサはどんな女か?
東山は、アリサが俺を喜ばせるための顔を演じていただけと、そう言った。だがこの手紙を見た限り、違う気がする。俺の知るアリサこそが、素のアリサだったんじゃねーかと。
掘り起こした記憶の中で、寝ている俺に向かって、アリサは俺といた時間が一番幸せと言っていた。そして一番苦しいとも。あの台詞と、娘に宛てたこの手紙、符号しているような気がする。
そんなアリサに、最悪な結末をもたらしたのが――俺だ。糞っ……
「りえはこの先どうするの? 母親の仇であるおじさんとのパートナー関係、まだ続けるの? 一緒に戦ってくれるの? これから大変なことになるよ。しみったれニヒリズムに勝てると思えない」
カイがりえに向かって言った。りえは押し黙る。
「相手は抗争に長けたしみったれニヒリズムだ。数々の組織を力ずくで吸収してきた武闘派の大組織だ。まともに衝突したら勝ち目はない」
俺がそう言って、コーヒーを飲み干す。
「でもな、岳都はその辺もちゃんと考えているさ。むしろしみったれニヒリズムの方が、風前の灯火だ。あいつは――東山は、馬鹿なことをした」
俺が微笑を零す。
「どういうことです?」
「すぐにわかるさ」
怪訝な顔になるりえに、俺は微笑んで肩をすくめる。
「敵はしみったれニヒリズムだけじゃないよ。肉塊の尊厳に雇われた、ヒッキーブラウンとアコーディオン婆さんもいる。正直あいつら強いし、りえがいなかったらおじさんがどうなるかわからない。でもりえにも危険が及ぶ」
カイが神妙な面持ちで案ずる。
「九郎さんを見捨てることなんてできません。逆の立場だったら、九郎さんも絶対に私を見捨てないでしょうしね」
一方でりえは凛然たる面持ちで言い切る。すでに覚悟を決めてるってか。
「お前の母親の仇なのにか?」
「それはもう言わないでほしいです。九郎さんの事情も知ったうえで、九郎さんのことを憎むのは、私には無理です。そもそも私、母さんの仇を討ちたかったわけでもないですし」
「そっか。無粋なこと言っちまった」
涼やかな眼差しで告げるりえの言葉を聞いて、何だか自分が情けなく恥ずかしく思っちまった。こいつの方が俺よりずっとスマートに心を切り替えられている。
「ま、りえがいると心強いが、他に打てる手は打っておこう」
「何か策があるんですか?」
「雪岡研究所に行く」
尋ねるりえに、俺は端的に答えた。
***
「おや、鴉山さん。女の子連れなんだねー」
雪岡研究所に訪れると、りえを見て純子が言った。
「新人研修だ」
「ええ……? 研修だったんですか。ボスにはパートナーだと紹介されていたのに」
俺の台詞を聞いて、りえは心外そうに言って、唇を尖らせた。
「そんなわけで、もう一度俺を改造してほしい」
「そっかー。パワーアップの決心ついたんだね。じゃあ腕を振るってばりばり改造しちゃおうかなー」
心底嬉しそうににこにこ笑う純子を見て、俺もカイもりえも不安顔になる。
「おじさんに危険が及ぶような滅茶苦茶な改造はやめてよ」
「んー? 当然危険は伴うよ? 私は実験台を求めているんだからね。私の人体実験で力を得る可能性もあれば、死ぬ可能性もある。そういう前提での契約だからさー」
カイが釘を刺すが、純子は屈託のない笑みを満面に広げ、身も蓋も無い言葉を返す。
「ま、仕方ねーな。リスクは承知済みだ」
以前の改造手術で、俺は力を得たものの、その力に耐えられず、長生きできない身だった。それでも生き延びたのは、カイのおかげだ。
再びこのマッドサイエンティストの改造手術を受ければ、本当にただ死ぬかもしれないし、カイの力でも維持できない状態になるかもしれない。命を賭けた博打だ。
「おじさんだけにリスク追わせないで。俺にもリスク分散――というか、負担は俺が追う形がいい。これまで通り、俺がおじさんを支えられる形にしてよ」
「おいカイ……」
カイの要求を聞いて、多分俺は渋面になっていたと思う。しかし反対はしづらい。カイは俺の命綱だ。
「そうだねえ。それなら霊力を高める手術にしよう。つまり、鴉山さんが今持つ力を単純にパワーアップさせて、カイ君の力も増加させる形になるかなあ。これならリスクは少ないと思う」
どうやら純子は、カイの要望を聞きいれる構えだった。
「改造手術自体は一時間かかからないけど、大事を取って、今夜までは研究所で様子を見た方がいいよー」
「じゃあそれで頼む」
純子の方針に俺は同意した。
改造手術に取り掛かる準備中、暇なので四人で雑談を交わし合う。
「雪岡純子さんて、あまりマッドサイエンティストっぽくないですねえ。すごくフレンドリーだし、親切だし」
「あはは、褒め言葉として受け取っておくねー」
本人の前で感想を述べるりえに、純子が笑う。
「ただの科学者じゃダメなんですか? 何でマッド化するんですか?」
えらい直球な質問をぶつけるりえ。
「反逆的な意味もあるかなあ?」
純子が言った。
「今の時代って、科学文明の発達そのものを否定している風潮だよねー。私はそれに抗いたいからね。そういう理由で、現代ではマッドサイエンティストが多いんだよー」
規制しすぎれば、反動で逆効果になるって話に通ずるものがあるな。
改造手術が行われた。時間にすれば一時間もかからず、麻酔もしていない。痛みもほぼ無い。つーか手術と呼べるかどうかもわからない。点滴され、カテーテールを通され、奇妙な機材を幾つかあてられて――まあ、俺にはよくわからないことをされまくった。
その後は研究所の一室で、二時間ほど安静にして様子見という運びになった。同室にはカイとりえがいる。
「暇だし、今のうちにあれを済ませておくか」
「あれ?」
俺の言葉に、りえが反応する。
「カイと遺品にサイコメトリーをかける」
当初、カイの中の記憶はりえに見せない方がいいと思ったが、今は考えが変わった。見せても構わないだろう。
「俺の力でりえにも記憶映像を見せてあげる」
「そんなことできるんだ」
俺とカイが言うと、りえは緊張気味になっていた。
「やめておくか?」
「いや、やってください」
俺が伺うと、りえは覚悟を決める。うんうん、こいつはこういう性格。誘導も楽だ。
りえの前でカイにサイコメトリーして、カイの中のアリサの記憶の掘り起こしにかかる。
カイの前に薄汚れたシャツを着た中年男がいる。これは……カイの父親だ。
『母さん、どうしていなくなったの?』
『父さんが弱虫で情けないから、それが嫌で逃げちゃったのさ。いや……俺達のこと、まとめて捨てちゃったのさ。俺達のことが嫌いになって、面倒になっちゃったんだよ』
カイが泣きながら尋ねると、カイの父親は安酒を呷りながら答えた。
『でも父さんはカイのこと捨てないからな~。父さんは絶対に逃げないからな~』
へべれけになった父親が言った直後、場面が切り替わる。
首吊り死体になって、汚物を垂れながら揺れる父親の姿。
『嘘吐き……』
そんな父親を昏い目で見上げ、カイが呟く。
何だ、この記憶……。カイの記憶であって、アリサと関係無い。
「おじさん……俺の記憶掘り起こしてどうするの?」
「集中力が足りなくてミスったぜ」
物質対象のサイコメトリーとは異なり、人の記憶は何度でも掘り起こせるうえに、相手との協力で掘り起こせる記憶を指定も出来る。しかし今はミスっちまった。
「カイ君も大変だったのね」
「大変でも、生きていたかったよ」
りえがしんみりした顔で言うと、カイは物憂げな顔になった。
「普通に生きていたかった。学校に通って、成長して、大人になって、いろんな経験して、人生を味わいたかった。でも俺は七歳で死んじゃって、その後二十年の間ずっと幽霊だ。見た目は変わらないまま、ほぼ独りぼっちで何年も過ごしていた。心だけ歳をとっていく。この気持ち、おじさんやりえにはわからないだろうけど」
「俺の守護霊やめて成仏すれば、お前はその先に進めるんじゃないか?」
「そしたらおじさんも死んじゃうよ。死にたいの? おじさん、そういう皮肉はやめてね」
俺が言うと、カイが少し怒ったような顔になる。皮肉ったわけじゃないけどな。
「皮肉じゃないなら余計に悪い。俺はおじさんの生涯を見届けて、それから成仏することにするよ。それまでは護り続ける」
カイが力を込めて宣言する。俺は無言になる。
「九郎さん、カイ君に護る宣言されて、照れちゃって、リアクションに困ってますね~」
「もう一回するぞ」
りえがくすくす笑う。俺は憮然として、カイに触れて再びサイコメトリーを行う。




