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裏通りのお掃除屋さん、今日も死体のおかたづけ  作者: ニー太
第三章 文字通り過去を見つめなおしてみる
17/24

16 殺意を向ける相手を兄弟呼ばわり

 俺とりえは組織本部に赴いた。


「おお、二人共、昨日は大変だったねー」


 岳都がにたにた笑いながら出迎える。何十年もの付き合いになるが、こいつの笑顔はいつ見ても不気味だ。


「実はさあ、『中枢』からのお達しがあったんだよねえ。中枢が掴んだ情報によると、乗っ取り組織のしみったれニヒリズムは、再び恐怖の大王後援会の乗っ取りを目論んでいるらしい。そして恐怖の大王後援会、肉塊の尊厳、しみったれニヒリズムの三組織を巻き込んだこの騒動に、中枢も注目しているってさ」


 緊張感の無い、いつもと変わらぬ緩い口調で、非常に嫌な話を切り出す岳都。


「しみったれニヒリズムの傘下にある、人身売買組織肉塊の尊厳の顔を二度も潰したってことで、うちらの組織の乗っ取りの口実にするってことか」

「そうだろうね。意趣返しのニュアンスも含まれているだろうさ」


 俺が言うと、岳都は皮肉を込めて言った。その意趣返しの対象は俺だ。糞ったれめ。


「恐怖の大王後援会がしみったれニヒリズムに吸収されることは、裏通り全体にとって好ましくない事態だってさ。恐怖の大王後援会は裏通りで非常にニーズの高い組織だ。言うならば裏通りの重要なインフラ機関。それが強欲な組織に吸収されて好き勝手されるのは、確かに中枢としては不安だろう」


 不安なのは中枢だけでもないだろうけどな。うちらの利用者は沢山いる。


「でね、この問題は可能な限り、恐怖の大王後援会で解決しろってさ」

「問題を解決しろって、どうしろって話ですか?」


 岳都の言葉に対し、りえが問う。


「解決ってのは、しみったれニヒリズムに吸収されないようにしろってことか?」

「うんうん。ま、そうなるよねー」


 俺が言うと、岳都は二度頷いた。


「つまりしみったれニヒリズムと抗争しろと?」


 りえが半眼で問う。多分、今りえの怒りは、中枢に向けられている。


「普通ならそうなるよねー。でもうちらは荒事に長けた組織じゃないし、他の組織と抗争なんてして人員失ったら、今後の仕事にも差し支えると思うんだ。中枢もそれはわかっていると思う」


 そしてしみったれニヒリズムも、そいつはわかっているだろう。うちらの組織の肝は人材だ。抗争で掃除のプロを失って、組織の質を低下させたら意味が無い。


「わかっているなら、中枢が助けてくれてもいいのに……」

「うん。解決が困難であれば、それを中枢に訴えろとさ。恐怖の大王後援会は、中枢に吸収することで解決するとさ」


 岳都の言葉を聞き、りえも俺も絶句してしまった。こいつは何とも理不尽極まりない……


「それって……ここがボスの組織ではなくなっちゃうってことです?」

「そうなるかもね。いや、俺の立場はそのまま据え置きだろうけど、中枢にあれこれ指示される立場になって、組織はこれまでと大きく変わってしまうだろうさ。俺はそんなの御免だし、他の皆も望まないと思うんだよねえ」


 りえが呻くように問うと、岳都はへらへら笑いながら、あっさりと答える。大事なのにまるで他人事だ。

 まあ、いつも通りの岳都だ。こいつが取り乱したことなんて、見たことがない。いや、一度あるな。贔屓にしていた売春宿の嬢が引退した時、馬鹿みてーに泣き喚いたうえに、二週間くらい落ち込んでeた。


「まだ新参の私ですが、望みませんっ。ていうか、中枢のやり方がひどいっ。許せませんっ。やめてくださいっ」

「おおう、りえちゃん、落ち着いて~。俺にやめてくださいって言われても困るよ。あはは」


 激昂するりえを見て面白がる岳都。


「そ、そうでした。でも中枢が酷いですよ。しみったれニヒリズムに、乗っ取りやめろーって言えば済むはずなのに。しかもしみったれニヒリズムは、裏通りで禁忌とされている人身売買組織まで傘下にしているんですよ?」

「そこはほら、中枢のダブルスタンダードだよ。裏通りの住人同士の抗争には、出来るだけ干渉しないスタンスだもの。表通りへの影響が多大になったら、話は別だろうけどね」


 怒気に満ちた声と顔のりえに、余裕に満ちた顔で説明する岳都。


「民間企業を吸収――国有化みてーなことをするってわけか……」


 俺が言った。


「あはは、表通りに例えると、そんな感じだねー。それとー、もう一つ用事がある。もうすぐ客人が来るよー。あ、噂をすればだ。ここに通すね」


 岳都がホログラフィー・ディスプレイを展開する。

 俺達にわざわざ言うってことは、俺達に関わりのある客人ってことだな。すげえ嫌な予感。


 その嫌な予感は、数十秒後に的中した。人相の悪い小男が、部下数名を伴って室内に入ってきやがった。しみったれニヒリズムのボス、サンティアゴ東山だ。


「いよっ、また会ったな。昨日ぶり」


 親しみを込めて俺に挨拶する東山。


「出しゃばりなボスさんだな。うちのボスと違ってよ。どっちに見習えと言えばいいやら、迷うね」

「ははっ、普段は出たがりってわけでもないぜ。今回は特別だ」


 俺が皮肉ると、東山は朗らかに笑う。


「今日は宣戦布告をしに来たぜ。お前達恐怖の大王後援会は、しみったれニヒリズムの下部組織である肉塊の尊厳の顔に二度も泥を塗ってくれた。取引相手の依頼を断るどころか、告発しやがってよ」


 そして朗らかな笑顔のまま、宣戦布告ときた。


「乗っ取るつもりかと思ったら、宣戦布告かよ」

「いいや、乗っ取るための宣戦布告だよ。今すぐ降伏するなら、ドンパチしなくて済むぜ」


 俺が言うと、東山はそれまでの朗らかな笑みを、いやらしいにやけ笑いへと変えた。


「ドンパチしたら、その結果うちらの人員は失われ、乗っ取る意義も薄れるぞ。そんなこともわかってねーのか?」

「わかっているさ。つーか、そっちのボスと話にきたのに、鴉山ばかり喋ってるのな。お前さんは口下手で、部下の交渉はお任せってか?」


 東山が岳都の方を見る。


「いやあ、そういうわけじゃないけどねー。あはは。そっちにさ、中枢から何かお達しはあったかなー?」


 岳都が尋ねる。


「何も無いぜ。そっちはどうよ?」


 東山が問い返す。


「しみったれニヒリズムに乗っ取られるくらいなら、恐怖の大王後援会は中枢が吸収するって言ってたよー。どうするー?」

「はんっ、そう来たか。中枢もえげつねえなあ」


 呆れ顔になる東山。その展開は東山からしてみても、予想外だったようだ。


「乗っ取るための宣戦布告ねえ。つまり今降伏してそっちの傘下に降れば、戦いは起こらないわけだ」

「もちろんそうなるぜ。俺も余計な犠牲なんて出したくねーから、そうしてくれると助かる」


 岳都と東山が言うも、岳都にそのつもりは無いし、東山も言葉とは裏腹に抗争を望んでいる。


「ま、こっちの意思を伝えるよ。断じてノーだ」


 笑みを張り付かせたまま、岳都は突っぱねた。ま、当然だな。


「いいのか? お前さんらは掃除屋であって、武闘派組織じゃねーだろ。一方こっちは、力づくで数々の組織を吸収してきた、バリバリの武闘派だ。戦っても勝ち目はねーだろ」

「そうだろうね。うちらは後始末のスペシャリストだ。つまりは人材こそが財産である組織。その人材を潰しまくり、ぼろぼろになって人のいなくなったうちらを吸収する意味あるの?」

「ああ、それは心配しなくていい。恐怖の大王後援会のブランドだけでも吸収できればめっけものだ。人材は後から育てる」


 岳都が疑問をぶつけると、東山はあっさりと答えた。


 理不尽や不条理はどこから発生している? 一部の利己的なクソ野郎が発生源というケース。まさしくこれもそうか?

 そうじゃない。東山の場合は、私欲とは異なる理由で動いている。俺にはそれがわかる。わかっちまう。そう。組織を拡大するという欲ではない。私情だ。私怨だ。

 東山は――俺を殺したいんだ。俺にはわかる。乗っ取りはそのための口実だ。それに加え、こいつは恐怖の大王後援会という組織も憎んでいて、潰したがっている。だからこそ抗争にこぎつけた。俺はそう見ている。


 東山は最初から喧嘩するつもりだったわけだが、一応組織の長であるから、私情で抗争するわけにもいかない。例え本音がそうであろうと、建て前は取り繕わないとな。


「さて、見事に交渉決裂だな。考え直す気も無いだろ」

「そうだねえ。考え直す気は一切無いよ」


 東山が伺うと、岳都は笑顔のままきっぱりと答えた。


「お暇する前に、蟻塚りえ、鴉山九郎。お前たちに話がある。話の内容はわかってるよな?」


 東山がりえと俺とを交互に見やる。ああ、わかっているともさ。


「場所を変えようか。お前らも来なくていいぞ」


 東山が部下に向かって言い、先に部屋を出た。俺とりえもその後を追った。


***


 俺とりえと東山は、『弾痕の安らぎ』という名の和洋折衷な内装の喫茶店に入った。物騒な名前だが、裏通りの住人専門の店というわけではない。


「まずな、りえの知りたがっていた話をしようか。アリサのことな」


 東山が切り出す。俺の隣に座ったりえが緊張している。


「アリサ――あれがどういう女か、お前達は全然知らないんだろうな。鴉山、アリサがお前の前で見せていた顔は、お前用の顔だ。お前に気を許させるための、お前を喜ばせるための顔だ。お前を騙すために演じた顔だ。あいつは男をたぶらかす天才だからな。標的にした男の心を射止めるには、何をどうすればいいかをすぐに見抜き、その理想の女になりきる。鴉山よ、お前さんを喜ばせる台詞を、アリサは何度も何度も口にしただろ?」


 りえではなく、俺の方に話を振ってきやがった。しかもその話題ときたら……


「本当のアリサはな――くだらねえ俗物だよ。物欲、出世欲、それに承認欲求、そういったもんに取りつかれていやがった。特に組織の中での出世のためなら何でもしたさ。元々はしみったれニヒリズムの一員でもなく、肉塊の尊厳の構成員だったしな。そしてしみったれニヒリズムによる、肉塊の尊厳の乗っ取りにも、アリサが噛んでいた」


 アリサが肉塊の尊厳の一員だってことは、俺も後から知ったが、肉塊の尊厳乗っ取りの立役者とまでは知らなかった。


「アリサは肉塊の尊厳からしみったれニヒリズムにこっそり鞍替えし、組織の情報を流し続け、組織の不利になる工作もし続けて、しみったれニヒリズに肉塊の尊厳を乗っ取らせたのさ。アリサはその功績を認められて、しみったれニヒリズムのメンバーになった。まだ十代の頃だったな。俺がアリサを推薦したのさ。ひでえ即物的な女だったが、しっかりと成果はあげていた」


 こいつがアリサを推薦した? つまりそれは――まあ、容易に想像できるな。アリサと東山の繋がり。東山のアリサへの想いはわかっていたが、こいつもアリサに利用されたからこそ、今こんなことを話しているわけか。


「その後、数年にわたる恐怖の大王後援会の工作活動でも、アリサは多大な成果をあげていた。恐怖の大王後援会の一員になって、鴉山をたぶらかして女房になって、そりゃあもう大した働きだったぜ。鴉山に殺されなければ、あのまま恐怖の大王後援会の乗っ取りを完遂するにまで至り、その後も功績を上げ続け、アリサがボスになっていたかもしれねーな」

「嘘よっ。母さんは私を人質にとられて汚れ仕事をしていた聞いたわっ」

「誰に聞いた? それこそ嘘だ。あいつが望んでやったことだ」


 りえが否定するも、東山はせせら笑うように否定し返す。


「いや……そいつは嘘をついていないかもな。そいつもアリサに騙されていた可能性がある。それとな、りえ。お前の父親は誰だか知っているのか?」


 東山の問いに、りえは憮然とした顔で首を横に振る。


「DNA鑑定してみるか? 時系列的に鴉山ってことはねーだろうが、俺の可能性は高いぜ。ま、あの時組織にいた幹部は皆怪しいんだがな」


 今度ははっきりとせせら笑う東山。


「しかしまあ、あいつが子を産んで育てていたのは、意外ではあった。あいつにもそんなことが出来たなんてよ。どういう気まぐれかねえ。どう考えてもアリサのキャラじゃねーわ」


 そこまで喋ってから、東山は笑みを消し、急に悲しい顔になる。


「でもよ、俺は希望を抱いちまった」

「希望?」


 りえがその台詞に反応する。


「ああ……いや、何でもねえ。今のは聞かなかったことにしてくれ」


 照れ笑いを浮かべて被りを振る東山。


 東山を見て、俺は思う。非常に目つきが悪い凶顔。歪んだ薄笑いを張り付かせた男。しかしこいつの目はいつも笑っていない。それどころか、悲しい光を帯びている。俺にはそう見える。ま、その理由は知れているが。


「おい兄弟、お前は俺を出汁にして、自分の未練を消したいのか?」


 俺が自分でも驚くほど低く静かな声を発する。


「おー、よくわかってんなあ。流石だぜ、鴉山。流石は兄弟だ」


 一瞬意外そうな顔をした後で、嬉しそうに笑う東山。その時は――今までと違い、こいつの目も笑っていた。


 俺の兄弟という台詞に反応したな。何かやたら嬉しそうに、こいつも同じ台詞を返してきたし。


「もっとシンプルに、俺にだけ喧嘩売りにくればよかっただろう? 互いの組織まで巻き込む必要があったのか?」

「せっかくだし、派手に祭りをしてやろうと思ってな、その方がアリサも浮かばれるだろ」


 俺が問うと、東山はふざけた答えを返してきた。しかしこいつの真意はわかった。やはり俺だけではなく、恐怖の大王後援会も憎んでいる。


 俺は沈黙した。もうこいつと話すことはねえ。


「他に聞きたいことはねーか?」


 東山が問うが、俺もりえも無言。


「じゃーな。お互い楽しもうぜ」


 東山が立ち去る。


「九郎さん……」


 りえが悲痛な顔で俺を見る。


「あんな奴のことはどうでもいい。それより、アリサの遺品は持ってきたか?」


 俺はあえて突き放すような態度を取り、話題を強引に変えた。

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