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裏通りのお掃除屋さん、今日も死体のおかたづけ  作者: ニー太
第三章 文字通り過去を見つめなおしてみる
16/24

15 幽霊の学校を妄想する

 りえはアリサの遺品を取りに自宅に戻った。


「あのマラソンしているお婆さん、御存知?」


 窓の外から主婦達の井戸端会議が聞こえてくる。俺はつい耳を傾ける。


「ああ、朝、いつも同じ時間に走っている緑のジャージの人でしょ。昨日今日と見てないわ」

「交通事故で意識不明の重体ですってよ」

「ええっ! 無事だといいけど……」

「重体の時点でねえ……でも助かるといいわね」

「無事を祈っておきましょ」


 俺も無事を祈っておくか。


「おじさん、優しいねえ。じゃあ俺も祈る」


 俺の横で手を合わせるカイ。

 ひょっとしたら、俺達もどこかの誰かに知らない所で祈られているなんてこと、あるかもな。


「ほら、やっぱりおじさんはロマンチストだ。センチメンタルでもある」


 カイが俺の頭の中を覗き見て、速攻でからかってくる。畜生め。


「俺は詩人なんだよ。詩人を馬鹿にするな」

「はいはい。でもりえに詩集見られそうになったら取り乱してたよね」

「ぐっ……」


 開き直ってやったら、カイがおかしそうに指摘してきたので、俺は言葉を詰まらせた。おのれ~……


 さてと、りえが戻ってくる前に、出来ることをしなくっちゃな。


「アリサの記憶を見るんだね」


 そうだ。カイを通じてな。カイはアリサに殺されて以来、アリサに憑いていた。俺が知らないアリサを知っている。


「きっと辛いものを見る」


 カイが言う。ああ、そうだろうさ。しかし見なくちゃな……。真実を知らないと。もう目を背けてはいられない。


 俺はカイの頬に手を触れ、サイコメトリーをかける。


 視点はカイによるものだ。

 児童養護施設にいるカイの元に、アリサが訪れる。まだアリサは若く、十代後半に見える。


『君を選んだのは、とても良い里親さんよ。優しいし、それなりにお金も持っている人だから、ここにいるよりはきっと幸せになれると思う』


 アリサが優しい笑顔でカイに声をかける。

 施設での暮らしに嫌気がさしていたカイは、この誘いに乗った。アリサについていった。

 しかしカイが連れていかれたのは、優しい里親の元ではない。怪しい男達が待ち受ける倉庫だった。


『良い肉だ。力ある者の肉だ。良い拾い物であった。上質な霊薬となる』


 占い師のような格好をした皺だらけの老人が、カイを見て笑う。


『御苦労だった。ついでにこの場で処分もしてもらおうか』


 老人の要望を聞き、アリサは青ざめた。


『私が殺すの?』

『殺して、解体しろ。それも仕事のうちに入ると、事前に確認しているぞ? 儂が欲しいのは屍だ。力の資質を持つ者の血と肉と臓腑だ。生体はいらんのだ』


 震える声で確認するアリサに、老人があっさりとした口調で告げる。


 肉塊の尊厳は以前、臓器密売組織『安心切開』と提携を結んでいて、場合によっては生きた人間ではなく、事前に臓器だけを摘出して販売していたと聞いた。しかしアリサの様子を見ると、アリサはそのような行為に及んだことは無いようだ。

 アリサが青い顔のまま銃を抜く。カイもこ自分が殺されると理解して、震えだした。

 銃口がカイの額に突き付けられる。アリサが持つ銃は震えていた。初めての殺人か? それとも罪のない子供を殺すことへの躊躇いか?


『嫌だ……助けて……』


 カイが泣き声でアリサに命乞いするが、アリサは唐突に手の震えを止めた。穏やかな目つきに変わった。


 銃口が引かれた。視界が暗転した。記憶の掘り起こしはそこで終わった。


「俺が殺されたのは二十年前だよ。おじさんと会う九年前だね」


 カイが告げた。俺の心が読めるカイも、同じ記憶を見ていた。


「その後幽霊になった俺は、自分で調べたよ。俺の先祖は高名な妖術師で、その血を引く俺は生まれつき素質だか力を持っていたから、怪しい妖術師に目をつけられて、解体されて魔道具にされたんだってさ」


 どうでもよさそうな口ぶりで喋るカイ。


「あの時のアリサは、人身売買組織肉塊の尊厳に所属していた。俺はアリサを恨み、憑いていたんだ。アリサの前に何度も現れては、アリサを苦しめてやったよ。でも幽霊になってから、ずっとアリサに取り憑いていたわけじゃないよ。離れて学校に行って勉強もしてた」

「学校に?」


 幽霊の学校なんてものがあって、子供の幽霊達が通っている光景を想像する俺。


「違う。それはそれで楽しそうだけど、普通の学校だよ。もちろん先生も児童も、俺の姿は見えなかったけどね。たまに霊感の強い子に見つかったけど。俺は勝手に授業を受けて、児童の教科書を盗み見て、勉強していたんだ」


 十一年も付き合っていたが、こんな話は初めて聞いた。


「話すの、恥ずかしくてね。まだまだ秘密はいっぱいあるよ」


 照れ笑いを浮かべるカイ。


「機会があったら、俺は復讐しようと思っていた。霊力をフルに使って。運命操作を行って災いをもたらそうとしていた」

「運命操作?」

「強い悪霊はそれが出来るらしい。霊媒師なんかとも会って、話をして、色んな知識を手に入れたよ。でも俺、特殊な血筋で、特殊な霊体ではあったけど、強い悪霊にはなれなかったみたい」


 今度は自虐的な笑みを浮かべるカイ。あの昏い目のカイになっている。


「アリサはおじさんと付き合うようになって、おじさんと結婚までした。アリサがおじさんを騙しているのはわかっていた。でもおじさんはあんな女にぞっこんだったし、見てて辛かったし、ムカムカもしていた」


 アリサと俺がいちゃついててムカついたってのは、カイに何度も言われてきた。俺はとんだピエロとして映っていたわけか。


 俺は最終的にアリサを殺し、未だその傷を引きずっている。だが俺がアリサを殺したことで、カイは救われた。


「はい、ここでおじさんに質問」


 複雑な気分の俺の前に、カイが顔を寄せてきた。


「もしおじさんがアリサの境遇だとしたら、やっぱり俺のこと殺してた?」

「仮定の段階で無理があるぜ。俺は人身売買組織なんぞに、絶対に属さねーし」

「その答えはズルいね。あえて仮定したうえでの、おじさんの判断を聞きたいんだよ」

「殺さねーよ。何とかして生かす」


 有無を言わせぬ口調で問い詰めてくるカイに、俺は考えることなく答える。

 俺の答えを聞き、カイは嬉しそうににっこりと笑う。


 俺ははっとする。俺はアリサを殺してしまった。しかしカイに関しては生かすと、ここで言い切っている。


「つまりおじさんとの絆は、俺の方が強いってことだ。やったね。アリサはざまあみろだね。これで俺のアリサへの恨みもすっぱり晴れた」


 何だそりゃ……。いや、言いたいことはわかるけどな……。アリサを殺したことをずっと引きずっている俺の前で、そんなこと言う神経はどうなんだ。


「いいや、俺には言う資格あるね。俺はアリサに殺されたし、俺はおじさんを生かしているんだから」


 俺がカイを睨みつけるが、カイは上機嫌なまま堂々と言い返してきた。全くこいつは……


「俺の記憶を覗けば、もっとアリサの記憶が見れると思う。俺はずっとアリサに憑いていたからね。アリサにしてみれば悪霊みたいなもんだったと思う。いや、実際あの時の俺って悪霊か怨霊だったのかな?」


 悪霊にしては、こいつは自由意志ありすぎだな。やはりこいつは特別なんだろう。


 そして俺のサイコメトリーは対象が無生物である場合、一つの物質につき、一度しかできない。だが魂を持つ者が対象だと、複数の記憶を見られる。


「たまにアリサが俺を見ることも出来たし、会話も出来たよ。夜中とか、月齢とか、精神状態とかで、霊感が上がることがあって、その時にアリサの前に現れた」


 これまた初耳だ。


「どんな会話したんだ?」

「ろくでもない会話だよ。互いに敵視していたから。俺は毒を吐いてばかりいた。アリサは最初、怯えながら言い訳して泣き喚いてたけど、そのうち慣れてきて、俺に向かって皮肉ばかり言うようになった」


 自嘲気味に言うカイ。


「この記憶は俺の力で、後でりえにも見せてあげよう。りえも、アリサが俺を殺した理由は知りたがっているだろうし」


 いや、見せなくていいと思うぞ……


「それよりさ、この家にもアリサの記憶が残るものがあるよね?」


 カイに言われ、俺は思い出す。アリサの使っていたダブルベッドの存在。


「そこは今やっておいた方がいいよね。エロいことしてる場面をりえには見せられない」


 うん……俺もそれは思った。


 部屋を移動して、ダブルベッドにサイコメトリーをかける。


 俺が寝ている。うげぇ……間抜けな寝顔だ。俺って寝てる時、こんな面してんのかよ。そしてベッドの前には、まだ化粧をする前の、蒼白な表情のアリサが立っている。

 アリサの手には銃が握られている。アリサは震える手で時折銃口を上げ、そして下げる。それを何度も繰り返している。

 アリサのこの挙動が何を意味するか、わからないわけがない。この時アリサはきっと、俺を殺すように組織に命じられていたのだろう。


 やがてアリサは銃をしまい、寝ている俺にそっと口づける。

 そのはずみに、アリサの目から涙が零れ落ちて、俺の顔に落ちる。


『多分……私は今が、一生の中で一番幸せよ、九郎。貴方のおかげで。そして同時に、一番苦しくもある』


 アリサが俺に囁きかけたその台詞を聞いて、俺は固まった。衝撃のあまり、サイコメトリーを解いてしまった。


 甘い呪い――そんなフレーズが脳裏をよぎる。昔見た恋愛小説で、頻繁に使われていた言葉だ。愛の言葉は時として、凶器のように心に突き刺さり、呪詛のように魂を蝕み続けると。これが――これこそがそうなんじゃないかと、俺は思ってしまった。


「呪いではないでしょ。それは受け取り方次第。おじさんの心の問題。心の整理が出来てないから、そんなふうに思うんだ」


 俺の心を読み取ったカイが、優しい声で説く。

 カイの言葉で少し落ち着いた。


 電話が鳴る。相手は岳都だ。


『迎えをやるから、組織に来ーい。りえも一緒に連れきてな』

「わかった」


 短く応答して、さっさと電話を切る。


 りえがいつ頃戻ってくるかわからないが、取り敢えずあいつにも連絡しておかないとな。

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