15 幽霊の学校を妄想する
りえはアリサの遺品を取りに自宅に戻った。
「あのマラソンしているお婆さん、御存知?」
窓の外から主婦達の井戸端会議が聞こえてくる。俺はつい耳を傾ける。
「ああ、朝、いつも同じ時間に走っている緑のジャージの人でしょ。昨日今日と見てないわ」
「交通事故で意識不明の重体ですってよ」
「ええっ! 無事だといいけど……」
「重体の時点でねえ……でも助かるといいわね」
「無事を祈っておきましょ」
俺も無事を祈っておくか。
「おじさん、優しいねえ。じゃあ俺も祈る」
俺の横で手を合わせるカイ。
ひょっとしたら、俺達もどこかの誰かに知らない所で祈られているなんてこと、あるかもな。
「ほら、やっぱりおじさんはロマンチストだ。センチメンタルでもある」
カイが俺の頭の中を覗き見て、速攻でからかってくる。畜生め。
「俺は詩人なんだよ。詩人を馬鹿にするな」
「はいはい。でもりえに詩集見られそうになったら取り乱してたよね」
「ぐっ……」
開き直ってやったら、カイがおかしそうに指摘してきたので、俺は言葉を詰まらせた。おのれ~……
さてと、りえが戻ってくる前に、出来ることをしなくっちゃな。
「アリサの記憶を見るんだね」
そうだ。カイを通じてな。カイはアリサに殺されて以来、アリサに憑いていた。俺が知らないアリサを知っている。
「きっと辛いものを見る」
カイが言う。ああ、そうだろうさ。しかし見なくちゃな……。真実を知らないと。もう目を背けてはいられない。
俺はカイの頬に手を触れ、サイコメトリーをかける。
視点はカイによるものだ。
児童養護施設にいるカイの元に、アリサが訪れる。まだアリサは若く、十代後半に見える。
『君を選んだのは、とても良い里親さんよ。優しいし、それなりにお金も持っている人だから、ここにいるよりはきっと幸せになれると思う』
アリサが優しい笑顔でカイに声をかける。
施設での暮らしに嫌気がさしていたカイは、この誘いに乗った。アリサについていった。
しかしカイが連れていかれたのは、優しい里親の元ではない。怪しい男達が待ち受ける倉庫だった。
『良い肉だ。力ある者の肉だ。良い拾い物であった。上質な霊薬となる』
占い師のような格好をした皺だらけの老人が、カイを見て笑う。
『御苦労だった。ついでにこの場で処分もしてもらおうか』
老人の要望を聞き、アリサは青ざめた。
『私が殺すの?』
『殺して、解体しろ。それも仕事のうちに入ると、事前に確認しているぞ? 儂が欲しいのは屍だ。力の資質を持つ者の血と肉と臓腑だ。生体はいらんのだ』
震える声で確認するアリサに、老人があっさりとした口調で告げる。
肉塊の尊厳は以前、臓器密売組織『安心切開』と提携を結んでいて、場合によっては生きた人間ではなく、事前に臓器だけを摘出して販売していたと聞いた。しかしアリサの様子を見ると、アリサはそのような行為に及んだことは無いようだ。
アリサが青い顔のまま銃を抜く。カイもこ自分が殺されると理解して、震えだした。
銃口がカイの額に突き付けられる。アリサが持つ銃は震えていた。初めての殺人か? それとも罪のない子供を殺すことへの躊躇いか?
『嫌だ……助けて……』
カイが泣き声でアリサに命乞いするが、アリサは唐突に手の震えを止めた。穏やかな目つきに変わった。
銃口が引かれた。視界が暗転した。記憶の掘り起こしはそこで終わった。
「俺が殺されたのは二十年前だよ。おじさんと会う九年前だね」
カイが告げた。俺の心が読めるカイも、同じ記憶を見ていた。
「その後幽霊になった俺は、自分で調べたよ。俺の先祖は高名な妖術師で、その血を引く俺は生まれつき素質だか力を持っていたから、怪しい妖術師に目をつけられて、解体されて魔道具にされたんだってさ」
どうでもよさそうな口ぶりで喋るカイ。
「あの時のアリサは、人身売買組織肉塊の尊厳に所属していた。俺はアリサを恨み、憑いていたんだ。アリサの前に何度も現れては、アリサを苦しめてやったよ。でも幽霊になってから、ずっとアリサに取り憑いていたわけじゃないよ。離れて学校に行って勉強もしてた」
「学校に?」
幽霊の学校なんてものがあって、子供の幽霊達が通っている光景を想像する俺。
「違う。それはそれで楽しそうだけど、普通の学校だよ。もちろん先生も児童も、俺の姿は見えなかったけどね。たまに霊感の強い子に見つかったけど。俺は勝手に授業を受けて、児童の教科書を盗み見て、勉強していたんだ」
十一年も付き合っていたが、こんな話は初めて聞いた。
「話すの、恥ずかしくてね。まだまだ秘密はいっぱいあるよ」
照れ笑いを浮かべるカイ。
「機会があったら、俺は復讐しようと思っていた。霊力をフルに使って。運命操作を行って災いをもたらそうとしていた」
「運命操作?」
「強い悪霊はそれが出来るらしい。霊媒師なんかとも会って、話をして、色んな知識を手に入れたよ。でも俺、特殊な血筋で、特殊な霊体ではあったけど、強い悪霊にはなれなかったみたい」
今度は自虐的な笑みを浮かべるカイ。あの昏い目のカイになっている。
「アリサはおじさんと付き合うようになって、おじさんと結婚までした。アリサがおじさんを騙しているのはわかっていた。でもおじさんはあんな女にぞっこんだったし、見てて辛かったし、ムカムカもしていた」
アリサと俺がいちゃついててムカついたってのは、カイに何度も言われてきた。俺はとんだピエロとして映っていたわけか。
俺は最終的にアリサを殺し、未だその傷を引きずっている。だが俺がアリサを殺したことで、カイは救われた。
「はい、ここでおじさんに質問」
複雑な気分の俺の前に、カイが顔を寄せてきた。
「もしおじさんがアリサの境遇だとしたら、やっぱり俺のこと殺してた?」
「仮定の段階で無理があるぜ。俺は人身売買組織なんぞに、絶対に属さねーし」
「その答えはズルいね。あえて仮定したうえでの、おじさんの判断を聞きたいんだよ」
「殺さねーよ。何とかして生かす」
有無を言わせぬ口調で問い詰めてくるカイに、俺は考えることなく答える。
俺の答えを聞き、カイは嬉しそうににっこりと笑う。
俺ははっとする。俺はアリサを殺してしまった。しかしカイに関しては生かすと、ここで言い切っている。
「つまりおじさんとの絆は、俺の方が強いってことだ。やったね。アリサはざまあみろだね。これで俺のアリサへの恨みもすっぱり晴れた」
何だそりゃ……。いや、言いたいことはわかるけどな……。アリサを殺したことをずっと引きずっている俺の前で、そんなこと言う神経はどうなんだ。
「いいや、俺には言う資格あるね。俺はアリサに殺されたし、俺はおじさんを生かしているんだから」
俺がカイを睨みつけるが、カイは上機嫌なまま堂々と言い返してきた。全くこいつは……
「俺の記憶を覗けば、もっとアリサの記憶が見れると思う。俺はずっとアリサに憑いていたからね。アリサにしてみれば悪霊みたいなもんだったと思う。いや、実際あの時の俺って悪霊か怨霊だったのかな?」
悪霊にしては、こいつは自由意志ありすぎだな。やはりこいつは特別なんだろう。
そして俺のサイコメトリーは対象が無生物である場合、一つの物質につき、一度しかできない。だが魂を持つ者が対象だと、複数の記憶を見られる。
「たまにアリサが俺を見ることも出来たし、会話も出来たよ。夜中とか、月齢とか、精神状態とかで、霊感が上がることがあって、その時にアリサの前に現れた」
これまた初耳だ。
「どんな会話したんだ?」
「ろくでもない会話だよ。互いに敵視していたから。俺は毒を吐いてばかりいた。アリサは最初、怯えながら言い訳して泣き喚いてたけど、そのうち慣れてきて、俺に向かって皮肉ばかり言うようになった」
自嘲気味に言うカイ。
「この記憶は俺の力で、後でりえにも見せてあげよう。りえも、アリサが俺を殺した理由は知りたがっているだろうし」
いや、見せなくていいと思うぞ……
「それよりさ、この家にもアリサの記憶が残るものがあるよね?」
カイに言われ、俺は思い出す。アリサの使っていたダブルベッドの存在。
「そこは今やっておいた方がいいよね。エロいことしてる場面をりえには見せられない」
うん……俺もそれは思った。
部屋を移動して、ダブルベッドにサイコメトリーをかける。
俺が寝ている。うげぇ……間抜けな寝顔だ。俺って寝てる時、こんな面してんのかよ。そしてベッドの前には、まだ化粧をする前の、蒼白な表情のアリサが立っている。
アリサの手には銃が握られている。アリサは震える手で時折銃口を上げ、そして下げる。それを何度も繰り返している。
アリサのこの挙動が何を意味するか、わからないわけがない。この時アリサはきっと、俺を殺すように組織に命じられていたのだろう。
やがてアリサは銃をしまい、寝ている俺にそっと口づける。
そのはずみに、アリサの目から涙が零れ落ちて、俺の顔に落ちる。
『多分……私は今が、一生の中で一番幸せよ、九郎。貴方のおかげで。そして同時に、一番苦しくもある』
アリサが俺に囁きかけたその台詞を聞いて、俺は固まった。衝撃のあまり、サイコメトリーを解いてしまった。
甘い呪い――そんなフレーズが脳裏をよぎる。昔見た恋愛小説で、頻繁に使われていた言葉だ。愛の言葉は時として、凶器のように心に突き刺さり、呪詛のように魂を蝕み続けると。これが――これこそがそうなんじゃないかと、俺は思ってしまった。
「呪いではないでしょ。それは受け取り方次第。おじさんの心の問題。心の整理が出来てないから、そんなふうに思うんだ」
俺の心を読み取ったカイが、優しい声で説く。
カイの言葉で少し落ち着いた。
電話が鳴る。相手は岳都だ。
『迎えをやるから、組織に来ーい。りえも一緒に連れきてな』
「わかった」
短く応答して、さっさと電話を切る。
りえがいつ頃戻ってくるかわからないが、取り敢えずあいつにも連絡しておかないとな。




