14 真実を明かす
早朝、我が家に帰宅すると、自宅前にりえが待っていた。帰宅する前にりえとは連絡を取っていたし、ここにいるってことは知っていたけどな。
「九郎さん、無事でよかった……」
りえが憔悴した顔で安堵の笑みを浮かべる。
「寝ないで待っていたのか」
「いや、一応眠りました。ちょっとだけ」
俺が声をかけると、りえは照れ臭そうに言った。
三人で家の中に入り、茶を淹れる。
「さて、一息ついたところで、色々とお話をしよう。互いに腹を割ってな」
ソファーに浅く腰掛け前かがみになった姿勢で、俺は切り出した。
「訊きたいことがあるんだったら、お前から先に訊いていいぜ」
「前にも言っていた通り、私は母さんのことを調べていました。特に死因を調べていました」
俺が促すと、りえが語り始める。
「母さんは私が七歳の時に死んだと聞いています。恐怖の大王後援会の一員だったことと、同時に、乗っ取り組織『しみったれニヒリズム』にも所属していたことも知りました」
情報組織鞭打ち症梟を抜ける際に、りえは組織のボスに教えられていたな。
「母さんは私を人質に取られて、しみったれニヒリズムで汚れ仕事をさせられていたそうです」
「誰に聞いた? ボスの東山にか?」
「いいえ、それはお母さんを直接知る裏通りの人に聞きました。かなり前のことですし、その人がどうなったかもわかりません。その時からずっと引っかかってました」
そこまで話して、りえはうつむき加減になって少し間を置いた。
「私のお母さん、家にいないことが多かったんです。でもたまに帰ってきて、その時はめいいっぱい私を可愛がってくれて……。私はお母さんのこと好きでしたけど、いつも一緒にはいてくれないことに、寂しさがつきまとっていました」
りえが顔を上げ、じっと俺を見る。その話は前にも聞いた気がするな。まあともかく、りえはアリサのことが好きだったって話だ。
「お母さんが結婚していたこと、最近になって知りました。しみったれニヒリズムのボス、サンティアゴ東山に教えてもらいました。鴉山九郎さんと結婚していたって」
りえが言いづらそうにその話題を切り出す。まあ、それも知っている。サイコメトリーで記憶を盗み見てな。
「東山は、九郎さんがお母さんを殺したんじゃないかって疑っているようです。だから復讐のために九郎さんを殺すなら、協力するとも」
疑っている時点で殺す算段立てるとは、恐れ入る。つーか東山の中では、ほぼ確信しているんだろうな。アリサを殺したのが俺だって。
「恐怖の大王後援会に入って、九郎さんといきなり組んだのは驚きましたけど、でもそれって、私を怪しんで、様子を探るためですか?」
「ああ、そういうことだ。お前の母親は、俺の不始末扱いだからな」
俺が淀みない口調で告げると、りえは一瞬だが臆した顔つきになった。
「お母さんはどうして死んだんです? 東山の言う通り――ってことはないですよね?」
「いいや、それであってる。アリサは俺が殺した」
恐る恐る尋ねるりえに、俺は淡々とした口ぶりで答える。
重苦しい沈黙が流れる。りえは俺を見たまま、表情に変化を見せない。感情を隠せず、すぐに表に出るこの娘が、怒りもしなければ驚きもしない様子。覚悟はしていたようだ。
「どうしてです?」
やがてりえが理由を問うてきた。
「言わなくちゃわからないのか? アリサは乗っ取り組織のしみったれニヒリズムと、恐怖の大王後援会の、二つの組織に同時に所属していた。つまり、アリサはしみったれニヒリズムの工作員だ。恐怖の大王後援会を乗っ取るため、組織内の情報を探り続けていたし、不利益となる工作も仕掛け続けていた。乗っ取りがスムーズにいくためにな。あいつの工作活動の結果、当時の恐怖の大王後援会の構成員が何人も死んでいる。俺と結婚したのも、より多くの情報を得るため。あとは怪しまれないためのカモフラージュみてーなもんだ」
「けじめをつけるためですか。殺さずには……いられなかったんですか?」
震える声が伺うりえ。テーブルの上に置いた両手も小刻みに震えている。
けじめをつけるためには、殺されて当然だ。こっちに死人も出ていたのだから尚更な。しかしりえはそんなことわかっているだろう。ようするにりえは、俺にこう聞いている。それを踏まえてなお、俺がアリサを見逃すことは出来なかったのかと。
俺は沈黙した。俺だって殺したかったわけじゃねー。だが――
「君のお母さんは殺されて当然だった」
俺が黙っていると、カイが口を出してきた。ひどく冷たい声で。
「君のお母さんはおじさんを騙していた。それがバレたからおじさんを殺そうとした。だからおじさんも反撃して殺した。おじさんは身を守っただけだ。それに文句つける気? おじさんが黙って殺されていればよかったと?」
冷徹な口調で告げるカイに、りえは固まる。
「おじさんは性格上、そして立場的にも言い訳しづらいだろうから、俺の口から言わせてもらうよ。おじさんは何も悪くない。おじさんはね、アリサに騙されていたことも、アリサを殺してしまったことも、ずっと苦しんでいる。今なお癒えない深い心の傷を負った」
「よせ……カイ」
「よさない。りえ、おじさんを殺すつもりっていうんなら、俺はりえを殺してでもそれを防ぐと言っておく」
俺の制止を聞かず、カイは力強く宣言する。
「さらに遡れば、俺をさらって殺したのはアリサだ。おじさんは俺の仇を取ってくれた」
「母さんが……カイ君を殺した? 何で……」
カイの台詞を聞いて、戸惑いの表情になるりえ。
「カイ、今その話まで持ち出すな。ややこしくなる。また次の機会にしておけ」
「ごめん。でも言わせて。おじさんには俺が必要だったし、俺もおじさんを必要とした。もう一度言う。俺からおじさんを奪うつもりなら、俺はおじさんを護るために、りえを殺す」
りえを睨み、有無を言わせぬ口調で告げるカイ。りえはカイの視線を受け止め、何とも言えない表情をしていた。
「あの時、俺は絶望しきっていた。アリサが裏切り者だと知り、それを問い詰めたら、アリサは俺を殺そうとしてきて、俺は混乱と、さらなる絶望に陥った」
りえの方を――アリサとよく似た顔の娘を見て、俺は震える声で語る。
「でもな、俺は確かな殺意と共に引き金を引いたよ」
話しながら気が付く。俺の頬が濡れている。だが俺は拭わない。何かさ……手で拭うと余計にみっともねー気がしてな。
「そうでしたか……」
俺を見るりえの顔は、憑き物が落ちたかのようだった。母の死の真相を知って、仇が目の前にいるってのに、こんな顔するなんてよ……。複雑な気分だ。
「りえ、これで真実は知ったよな。お前はどうしたい?」
ストレートに尋ねる俺。
「九郎さんに復讐したいとか、そんな気持ちは……沸きません。そんなことはしません。だけど……今は気持ちの整理がつきません」
まあ、そんなところか……。こいつも複雑な胸中なのは当然だな。
「恨みや怒りは湧かないのか?」
さらに穿った質問を行う。
「母さんを殺した人が、利己的な理由で殺したとか、あるいはサイコパスの悪党なら、怒りも生じていたかもしれません。でも九郎さんは――殺さずにはいられない状況だった。そして母さんを殺したことを、ずっと苦しみ、悲しんでいたって知ったうえで、私は……そんな人を憎むことは……できないみたいです」
りえの最後の方の声は掠れ気味になっていた。
「それに――カイ君の大事なおじさんを殺して、恨みを買いたくもないし、悲しませたくも無いからね」
「りえを殺すことにはならないようだ。よかったよ」
りえがカイの方を見て言うと、カイは微笑を浮かべた。
「まあ、何もかも知ったわけでもないだろう。それは俺も同じことだ。俺はずっと過去に蓋をしていた。知るべきことは知らないといけないな。俺にはそれが出来る力があるんだからよ」
無視していた現実がある。ずっと蓋をしていた事がある。俺は知ろうと思えば知ることが出来たかもしれないのに、あえて知ろうとせず、見ようとしなかった。
「りえ、母親の遺品はあるか?」
「家にありますけど……」
「俺の元に持ってこい。なるべく多くな」
「どうして?」
「俺は記憶を振り起す能力がある。サイコメトリーって奴だな。だからアリサの使っていたものがあれば、アリサをもっとよく知ることが出来る」
そうだ。俺はサイコメトリーでアリサの記憶の掘り起こしを、一度ともしなかった。岳都の奴に、過去の記憶を見るように言われても、俺は拒んだ。見たくなかった。知りたくなかった。怖くて出来なかった。より深い絶望を味わうのではないかと怯えていた。
だが俺は、もう目を逸らさず、向かい合うことに決めた。余計な後悔の上乗せになるとしても、あいつの気持ちを知らないままでいるより、知った方がいい。
「それはお前も知りたいことなんじゃないか?」
「そうですね。お母さんのこと、出来るだけ知っておきたいです」
俺が伺うと、りえは同意した。
「しみったれニヒリズムが、りえを殺すと脅して、アリサを働かせていたって話は、東山に確認したのか?」
「していません。それを聞くのは何だか危険な気がして」
「お前さんもそこまで怖いもの知らずってわけじゃあなかったか」
りえの答えを聞いて、ちょっと安心してしまう俺だった。
「私、お母さんが言っていたことで、すごく好きな言葉があるんです」
りえが穏やかな口調で話す。
「風に舞う木の葉のように吹き飛ばされないようにって。賢く、力強く育って、どんな向かい風にも飛ばされないでって」
「あいつらしい教訓だ」
俺は思わず笑みを零す。
「話は変わるけど、乗っ取り組織のボスは、何でわざわざ出てきたんだろうね? それが不思議。しかもおじさんとサシで勝負するとか、変なこと言ってたし」
カイが疑問を口にする。
「東山がわざわざ俺の前に現れた理由か。俺にはわかってるよ……」
わからないはずがない。いや、俺は東山と会った時から、あいつのことが色々とわかっちまった。
「ああ……そういうことなんだ」
俺の頭の中を読み、カイも理解した。
「どういう理由なんです?」
りえが尋ねる。
「わからねーのか……。じゃあわかんなくていいわ」
「むむむ、私だけ仲間外れ? いじめですか?」
俺の答えを聞いて、冗談めかして微笑むりえ。
「九郎さん、カイ君。改めてよろしくお願いします」
りえが立ち上がり、深々と頭を下げた。
「一緒に過去と向かい合いましょう。どんな真実でも、私は受け止める覚悟です」
「そうだな」
決意を露わにしたりえの台詞を聞き、俺は微笑みながら頷く。
こいつは俺の半分も生きてないのに、俺よりずっと強そうだ。いや、そもそも俺が情けない弱虫だっただけかもしれねーな。そんな俺を、りえが引っ張り上げてくれているような気がする。よりにもよってアリサの娘がよ。




