茨の城の雑用係と熟成スローライフ
呪いの森が更地となり、ようやく景色が人里離れた秘境から、歴史を感じさせる古戦場跡へと変わってきた。その中心に、どす黒い茨に完全に飲み込まれた不気味な城がそびえ立っていた。
「ベレッタ、あのアレは何? 巨大な鳥の巣かしら?」
「セレスティーヌ様、あれは伝説に聞く『眠れる森の美女』の城ですわ。触れる者を永遠の眠りに誘う呪いの茨が城を覆い、百年の間、誰も足を踏み入れていないそうです」
私は馬車の窓からその城を睨みつけた。
「百年の眠り? 宿代がタダで、静かに寝放題なんて贅沢ね。でも、あの茨……私のドレスに引っかかったらどうしてくれるのよ。何より、景観が悪すぎるわ。アルフレッド、ベレッタ、迅速に『除草』しなさい。今夜はあそこで休むわよ」
城の前に立ったアルフレッドは、絡み合う茨を「正義の肥料」にするかのような笑顔で拳を固めた。
「百年も寝続けるなど、騎士道精神に反する怠惰の極み! 人生は常にフルスクワットであるべきです! 正義の朝ですよ、起きなさい!!」
アルフレッドが「正義の目覚まし(=全力の正拳突き)」を城壁に叩き込むと、呪いの茨は彼の発する正義の熱気で一瞬にして乾燥し、霧散した。衝撃波は城の壁をぶち抜き、最上階の寝室まで到達。百年の間、甘美な夢の中にいた姫君は、物理的な爆風でベッドから三メートルほど跳ね起き、勢いで窓から落下し、アルフレッドが正義クッションアームでキャッチした。姫がショックで目を覚ました。
「……あ、あら? 私……王子様……? 運命の口づけ……は?」
寝ぼけた眼をこする姫の前に、私は扇子を広げて立ちはだかった。
「王子? そんな軟弱なものはここにはいないわ。あんた、私の騎士が貴重な筋肉のエネルギーを使ってあんたの寝坊を助けてあげたのよ。呪いを解いたお礼に、今日から私の『移動用侍女二号』として雇ってあげるわ。とりあえず、私の馬車の掃除と、ボブ(雑巾馬)のブラッシングから始めなさい」
「えっ、ええ!? 私、一国の姫……あ、でも、こんな埃っぽい城で寝てるよりはマシかも……」
こうして、謎の姫君が新たな「戦力(雑用)」として一行に加わった。私は彼女の顔をまじまじと見つめた。
(……どこかで見たような、癪に障る顔ね。アステリアの分家の誰かかしら? ……まあいいわ、グルメフェスのイチジクタルトに比べれば、王族の血筋なんて雑巾ほどの価値もないわ)
私達は次に、街道沿いにある平和そうな「サイレント・ヴィレッジ」に到着した。ここの特産は「一年熟成の燻製ハム」。
しかし、村の入り口からして様子がおかしかった。村人が一人道を横切るのに、三十分もかかっているのだ。
「……ちょっと、店員。水を一杯持ってきなさい」
私が食堂で注文すると、店員は一分間に一センチという驚異的な遅さでこちらを向き、掠れた声で言った。
「……い……ら……っしゃ……い……ま……せ……一……年……後……に……は……」
「注文してから水が出るまで一年かかる気!? 私は今すぐ、キンキンに冷えた水とハムが食べたいのよ! 迅速に、時間をパッキングしなさい!!」
私の怒声が響く中、アルフレッドが「これは時間を奪う邪悪な呪いだ!」と勝手に断定。彼は「正義は迅速であるべきだ!」と叫びながら、村中の時計を「本来の速度」に戻すために(実際はただの物理破壊だが)叩き壊して回った。
一方、ベレッタは「一年熟成」を待てない私のために、村の貯蔵庫へ潜入。
「セレスティーヌ様。熟成の一年分、私が『超高速デリバリー』で時間を圧縮して参りました」
ベレッタがハムを手に持ち、超高速で振動させる(物理的な摩擦で分子レベルの熟成を促す)という荒業を披露。数秒後、目の前には完璧に「熟成」された最高級ハムが並んだ。
馬車の片隅で、新入りの姫はガタガタと震えていた。
隣には、喋る「呪いの人形」が震えながらカップを差し出し、外では銀色の物体が家々を正拳突きで「リフォーム」し、無口な女中が物理法則を無視した調理をしている。
「……私、とんでもない人たちに拾われちゃった……」
呆然とする姫を余所に、私は一年熟成(秒速仕上げ)のハムを優雅に口にした。
「……ふん、味はまあまあね。でも、あのアホ騎士が村中を壊したせいで、ハムの塩気に砂埃が混じったわ。ベレッタ、次は砂の一粒も通さないクリーンルームで調理しなさい」
私達は、阿鼻叫喚のスローライフ村を背に、引き続き、ハラペコニアの王都を目指す。




