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呪いの森、呪いの館

ハラペコニアの王都への道中、私たちは「一度入れば二度と出られない」と恐れられる、ハラペコニア最大の禁域「迷いのロスト・ガーデン」の入り口に立っていた。うっそうと茂る木々は意思を持っているかのように蠢き、立ち込める霧は方向感覚を狂わせる。


「……何よ、この陰気な場所。バターの芳醇な香りも、熟成された肉の匂いもしないわ。ただの湿った腐葉土の臭いなんて、私の鼻に対する冒涜よ」


私は馬車の窓を開け、扇子で鼻を覆いながら、空気の僅かな揺らぎを読み取った。


「アルフレッド、右よ。右に曲がると、微かに『高級エシレバター』の香りがするわ。……左は論外、安物のマーガリンの腐ったような臭いがする。そんな道、私のドレスの裾が拒絶しているわ」


驚くべきことに、私の美食に対する異常な嗅覚は、森の結界すらも無効化した。迷いの森の魔力による攪乱など、私の「美味しいものレーダー」の前では、ただの雑音に過ぎない。


森の深部へ進むと、地面が揺れ、数メートルはあろうかという巨大な人喰い植物「マングローブ・デス」が牙を剥いて現れた。粘着質のエキスを垂らし、私たちを捕食しようと触手を伸ばしてくる。


「おおお! なんという不届きな雑草! 聖女セレスティーヌ様の行く手を阻むとは、正義の除草作業が必要ですな!」


アルフレッドはボブから飛び降りるなり、その巨大な植物の根元を素手で掴み、剣を抜くかのような軽やかさで地面から引きずり出した。


「セレスティーヌ様! この植物、見た目に反して非常に繊維が豊富で、噛めば噛むほど『大地の正義』が溢れ出してきますぞ!」


アルフレッドはあろうことか、襲ってきた人喰い植物をそのままバリバリと食べ始めた。まさに物理的な「道草を食う」である。


「……セレスティーヌ様。この植物のツル、断面の粘り気と弾力が、最高級のデュラム・セモリナ粉で作ったパスタに酷似デリバリーしておりますわ」


ベレッタが音もなく動き、空中を舞う触手を短刀でミリ単位にスライス。さらに、周囲に生えていた毒々しい赤い実を「迅速に」毒抜きし、アルフレッドの闘気で煮詰めて濃厚なミートソース風(中身は人喰い植物の芯)へと加工した。


「『迷いの森産・人喰いツルのボロネーゼ風』、完成いたしましたわ。……毒性は**99%**カットしてありますので、セレスティーヌ様の胃袋にも優しい設計ですわ」


「……あら。見た目は野蛮だけど、このアルデンテな食感、意外と悪くないじゃない。軽食代わりに丁度いいわね」


私が優雅に「元・人喰い植物」を平らげている間、背後ではアルフレッドが残りの森を「食べやすいように」と次々に薙ぎ倒し、更地にしていった。

 数時間後、数十年の歴史を誇った「迷いの森」は、一行の食欲と掃除能力の前に完全消滅。最短ルートの記録を更新するどころか、地図から森そのものが消え去った。


森を抜けた先にあったのは、不気味なほど静まり返った一軒の朽ちかけた館だった。宿が見当たらないため、私たちは今夜の寝床をそこに決めた。

 埃の舞う寝室で私が一息ついていると、棚に置かれていた不気味なアンティーク人形が、カタカタと動き出し、血のような涙を流しながら囁いた。


『……私と一緒に遊びましょう……永遠に……この館に囚われて……魂を……』


「うるさいわね。夜中に騒ぐなんてマナー違反よ。あんた、ちょうどいいわ。その動く関節、肩揉みに最適そうじゃない。あと、その平らな手の上にトレイを載せて、ティーサービスをしなさい。これからは私の『移動式カップホルダー兼・自動マッサージ機』として雇ってあげるわ。返事は『イエス、マイ・ロード』よ。分かった?」


『なっ……!? 私は呪いの……怨念の塊……人形の……』


「人形どの! その怨念、正義のハグで清めて差し上げましょう! ギュギュギュギューーッ!!」


アルフレッドが背後から人形を抱きしめた。ミシミシという不吉な音が館内に響き渡り、人形の口から「呪いの煙」が物理的に押し出されていく。


『……ぎ、ギブ! ギブアップ! 呪うのやめます! 掃除でもマッサージでも何でもしますから、その筋肉の正義から解放してぇぇぇぇ!!』


恐怖と物理的な圧力によって改心(降伏)した人形は、ベレッタによって迅速に「セレスティーヌ様専用・多機能ドリンクホルダー」へと改造され、馬車の一行に配備されることとなった。


翌朝、出発の際にアルフレッドが館の庭にある「呪われた井戸」を見つめて首を振った。


「なんと不浄な気配……。ここから立ち昇る悪霊の叫び、正義の拳で鎮めて差し上げましょう!」


アルフレッドが地面に向けて渾身の「正義の一撃」を叩き込むと、大地が大きくうねり、井戸は一瞬で土砂に埋もれた。同時に、溢れ出した聖なる光(物理的な摩擦熱)によって、館に住み着いていた数千の悪霊たちは、悲鳴を上げる暇もなく一斉に成仏。


「……ふぅ。これでスッキリしたわね。ベレッタ、あの人形、お茶の温度管理は完璧かしら?」


「ええ、セレスティーヌ様。彼女(人形)、恐怖で常に震えているので、その振動を利用してミルクを完璧に泡立てる(デリバリー)ことが可能ですわ」


「『イエス……マイ・ロード……』」


ガタガタと震えながらカプチーノを運ぶ人形を従え、私たちは更地になった「元・迷いの森」を突っ切り……もう、私の行く手を阻むものは、この国には残っていないはずよ。

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