マナーの晩餐会
私たちがついに辿り着いた「フォンデュ城」。その城門は、噂に違わぬ異様な光景だった。巨大な城壁の要となる門が、熟成された黄金色のチーズ「超熟成エメンタール」の塊でできていたのだ。
「……何よこれ。衛兵が門番をしているんじゃなくて、パンを持った市民が門を齧るのを監視しているじゃない」
私が呆れ果てていると、例によって「モモちゃん」ことアルフレッドが前に出た。
「セレスティーヌ様、お任せを! 門が開かぬなら、私の情熱(体温)で溶かして通り抜けるのみ! これぞ、心の奥底から溢れ出るチーズへの正義!!」
アルフレッドが「はああああああっ!!」と咆哮しながら城門に抱きつくと、彼の異常な新陳代謝による熱量で、巨大なチーズの門がみるみるとドロドロに溶け出した。
「ああっ! 門が……我らが誇りのフォンデュ・ゲートが、ただのフォンデュ・ソースに!」
衛兵たちの悲鳴を背に、アルフレッドはドロドロに溶けたチーズの海を、モーセのように割って進んだ。門が物理的に消滅するというパニックの中、私たちは悠々とフォンデュ城内へと足を踏み入れた。
城内に入ると、そこには既にハラペコニアの美食卿「大公チェダー」からの使者が待ち構えていた。
「……貴女様が、あの『三ツ星の盾』をマナーの深淵で絶望させたという『マナーの聖女』様ですな? 城主様が、今夜の晩餐会でその伝説の所作を拝見したいと仰っております」
「私の食事を『拝見』したい? 失礼ね、私は見世物小屋の芸人じゃないわよ。私の優雅な嚥下を見たいなら、相応の入場料を払いなさい。食後に、この国で最も希少な『白真珠のフォンダンショコラ』を十人前用意すること。それが条件よ」
使者は「じゅ、十人前!?」と驚愕しながらも、私の圧倒的なオーラに押され、平伏して城へと案内した。
その夜、フォンデュ城の大広間で晩餐会が幕を開けた。
私は、周囲の貴族たちが息を呑む中、完璧な王宮マナーで前菜を口に運んだ。しかし、その優雅な空気の裏側では、混沌が渦巻いていた。
「……セレスティーヌ様。天井裏から、すべての不届き者を監視しておりますわ」
ベレッタが天井の梁に逆さ吊りになり、フォークの角度が0.5度でも甘い貴族を見つけるたびに、指先から麻痺針をチラつかせていた。隣の席の伯爵が少し音を立ててスープを飲もうとした瞬間、彼の首筋に「デス」という文字が刻まれたかのような冷たい殺気がデリバリーされ、伯爵は恐怖のあまりスープを鼻から吹き出した。
さらに最悪だったのは、私のエスコート役を(無理やり)務めるアルフレッドだ。
「マナーとは正義の体現! セレスティーヌ様、椅子をお引きいたします!!」
アルフレッドが気合を入れすぎて椅子を引いた瞬間、音速を超えた椅子は私の背後を通り抜け、反対側の壁を爆音と共に粉砕。そのまま外の夜空へと射出されていった。
「エスコート完了です! さあ、お座りください(椅子はないが)!」
「座れるわけないでしょ!!」
そばにあった別の椅子を引きて座り、『三ツ星の盾』とかいう田舎集団に見せたのと同様の作法を美食卿達に披露した。
椅子が壁を突き破り、天井からは暗殺者の殺気が降り注ぎ、中心では音速アサシンが氷のような美しさで完璧にディナーの肉を切り分ける——。
この地獄のような、しかしあまりにも高貴でシュールな光景を目の当たりにした城主チェダー大公は、恐怖を通り越して狂ったように歓喜した。
「おおおお……! これだ! これこそが、ハラペコニアが求めていた『前衛的マナー』の極致! 破壊と静寂、殺意と優雅の結婚だ!! 素晴らしい!!」
大公は立ち上がり、スタンディングオベーションを送りながら、震える手で一枚の黄金に輝くカードを差し出した。
「聖女様! お礼に、我が国最高の栄誉……近々開催される『ハラペコニア・グルメフェス』のVIPパスを差し上げましょう! 全ての屋台、全ての特等席、そして全てのタダ飯が貴女のものです!!」
「あら……。話が早くて助かるわ。これがあれば、もう泥を塗った馬を聖獣と偽る必要もないわね」
私は、射出された椅子の代わりにアルフレッドの膝(空気椅子)に座りながら、勝利のフォンダンショコラを一口運んだ。
ついに手に入れた、夢のVIPパス。
私の食欲が、いよいよこの国を食い尽くす時が来たのだ。




