幽霊屋敷の強制リフォーム
宿場町「ペナルティ・ビレッジ」で一番の高級宿。期待して足を踏み入れた私は、一秒で回れ右をしたくなった。
「……何よこれ。床は軋むし、シーツからは野良犬の匂いがするわ。これが『ロイヤル・スウィート』? この村の『ロイヤル』は、ドブネズミの王様のことかしら?」
ピンク色の甲冑を連れた私の背後で、宿泊客たちが小声で噂しているのが聞こえてきた。
「……おい、あの北の丘にある廃墟の屋敷、また出たらしいぞ」
「ああ、かつての領主の亡霊だろ? 入った者は全員、呪い殺されるって話だ……」
私は扇子を叩き折り、不敵に微笑んだ。
「廃墟の貴族屋敷……? 誰も住んでいないなら、この掃き溜め宿よりはマシね。ベレッタ、アルフレッド、行くわよ。今夜の寝床はあそこの『別荘』にするわ」
丘の上に建つ屋敷は、荒れ果ててはいたものの、確かに元貴族の住まいらしい重厚な造りだった。埃まみれのホールに足を踏み入れると、背後で扉がバタンと閉まり、室温が急激に下がった。
『……去れ……ここに入りし愚かな生者よ……永遠の苦しみとともに、我が怨念に……』
宙に浮かぶ、透き通った青白い老人——この屋敷の亡霊が、おどろおどろしい声を上げて現れた。
「うるさいわね。死んでるなら家賃かからないでしょ? 占有権は今から私がいただくわ」
私は耳を貸さず、埃を払いながら部屋を見渡した。
「この二階の角部屋を私の寝室にするわ。ベレッタ、アルフレッド、三秒でガラクタを片付けなさい。あと、そこの亡霊? あんた、ちょうどいいわ。その透けてる体で、私の脱いだドレスのシワを冷やしてちょうだい。この季節は湿気で生地が傷むのよ。保冷剤代わりに丁度いいわね」
『な……!? 私は呪いの……怨念の塊……冷やし中華の具ではないぞ!』
亡霊が怒りに震え、私に掴みかかろうとした瞬間、ベレッタのナイフがその霊体の喉元を「物理的に」捉えた。
「……セレスティーヌ様を怖がらせようとした罪、魂ごと万死に値しますわ。……お聞きなさい、私の暗殺術は『概念』すらも細切れ(パッキング)にできますのよ?」
『ひっ!? なぜ触れる!? なぜ霊体に物理干渉してくるんだ、この女!!』
恐怖で縮み上がった亡霊の横から、今度はピンク色の巨躯がヌッと現れた。
「亡霊どの! 死んでも正義の心を忘れてはいけません! 貴殿のその冷たさ、セレスティーヌ様のドレスをいたわる優しさに変えるのです! さあ、私と共にスクワットを! 魂の脂肪を燃焼させましょう!!」
アルフレッドが亡霊の肩(?)を掴み、無理やり上下運動を開始した。
「一、二! 正義! 三、四! 筋肉!」と響き渡る声に、亡霊は「もう嫌だ……成仏させてくれ……」と泣きながら光の中に消えていった。
一時間後。屋敷はベレッタの超高速掃除と、アルフレッドの怪力による家具の修繕で、見違えるほど清潔な「一時別荘」へと変貌していた。
「……ふぅ。ようやく人心地ついたわね」
私は豪華な椅子(アルフレッドが屋敷のどこかから拾ってきて、ベレッタが新品同様に磨いたもの)に座り、ベレッタが宿屋の厨房から「強引に徴収」してきた料理を眺めた。
「……何これ、このスープ。塩気が足りないわ。それにこの肉、焼き方が雑ね。野蛮な味だわ」
私は一口食べて眉をひそめると、皿を横に座っているピンク色のアルフレッドに押し付けた。
「アルフレッド、これ処理しなさい。あんたの強靭な胃袋なら、この程度の雑な料理でもエネルギーに変わるでしょう?」
「おおお! セレスティーヌ様からの施し! ありがたく、正義の燃料として頂きます!」
アルフレッドが皿ごと飲み込むような勢いで完食するのを眺めながら、私は奪い取ってきた最高級のワインを開けた。
自国を追われ、隣国で指名手配され、幽霊を追い出して屋敷を乗っ取る。
私の逃亡生活は、もはや「バカンス」という言葉では説明がつかない領域に達していた。
「……さて、明日はもっとマシなシェフを『パッキング』してこさせないとね」
私は、月明かりに照らされたハラペコニアの夜景を眺め、次なる美食の地への期待にお腹を膨らませた。




