空飛ぶ雑巾とピンクの重罪人
ハラペコニアの街道は石畳が所々割れや沈みが多く、馬車の揺れは日ごとに激しさを増していた。
私は、クリスタルグラスの中で波打つワインを見つめ、ついに堪忍袋の緒が切れた。
「……アルフレッド。この馬車の振動、私の高貴な脳細胞をカクテルシェイカーのように揺さぶっているわ。このままだと、ハラペコニアの王都に着く頃には、私の知能がボブ並みに低下してしまうわよ。どうにかしなさい」
「なんと! セレスティーヌ様の叡智が危機に! 承知いたしました、振動がダメなら、地面から浮けば良いのですな!」
ベレッタが馬車を止めると、アルフレッドは二頭の雑巾馬の蹄に、自らの「正義の衝撃波(闘気)」を物理的に固定し始めた。
「はああああああっ!! 定着せよ、我が不滅のエネルギー!!」
次の瞬間、二頭の馬たちは地面から数十センチ浮き上がり、蹄から青白い炎のような闘気を噴出しながら、超低空ホバー移動を開始した。
「セレスティーヌ様、慣性による揺り戻しは、私の『暗殺者式ジャイロ技術』で相殺いたしますわ」
ベレッタが、馬車の四隅を超極細の鋼糸で吊り下げ、自らが御者台で細かく糸を操ることで、車内を常に完全な水平に保つという変態的な神業を披露した。
はた目から見れば、それは地獄の光景だった。
泥にまみれた「雑巾馬」が二頭、蹄から火を吹きながら空中に浮いて突進し、その後ろを無表情な女が糸を操りながら、音もなくスライドする馬車を牽引している。
通りすがりの村人たちは、その世にも恐ろしい光景を目にするなり「終末の予兆だ!」「黙示録の第四の騎士(の成れの果て)が来たぞ!」と叫び、泡を吹いて教会へ駆け込んでいった。
「……乗り心地は最高よ。揺れが一切ないわ。でも、アルフレッド。蹄から出ているその『正義の排気ガス』、煙たくて私のドレスが燻製になりそうなんだけど」
「むっ、出力が強すぎましたか!?」
結局、車内がベーコンのような匂いで充満したため、私は即座にホバー移動を却下。一行は再び、ガタガタと音を立てる「普通の泥馬車」へと戻ったのだった。
ようやく次の宿場町「ペナルティ・ビレッジ」に到着した時、街の入り口の掲示板には、見覚えのある——というより、忘れようにも忘れられない顔の似顔絵がデカデカと貼られていた。
『【指名手配】歩く天災:筋肉ダルマ。罪状:各地の公共物損壊、不法建築、及び精神的苦痛の散布。懸賞金:金貨五十枚』
「……あら。アルフレッド、ついにあんた、法的に『災害』として認定されたわね」
「おお! 見てくださいセレスティーヌ様! 私の正義がようやく世界に認められたのですね! 似顔絵の広背筋の描き込みが甘いですが、これは光栄なことです!」
アルフレッドは感動のあまり、自ら衛兵所に「この筋肉の持ち主は私です!」とサインをしに行こうとした。
「行かせるかぁぁ!!」
私は彼のマントを全力で引っ掴み、泥の地面に引きずり戻した。
「いい? 勘違いしないで。あんたが捕まったら、私の『便利な足』がなくなるのよ。ベレッタ、迅速に偽装しなさい!」
私は生き残るために、即座に「被害者ポジション」へと転換した。
「いい? 衛兵が来たら、私はあんたに攫われた『悲劇の令嬢』、あるいはあんたを飼い慣らしている『高貴な主』……いえ、後者の方がしっくりくるわね。あんたは私の『言葉を話すペット』よ」
ベレッタは私の指示を受け、アルフレッドの銀色の甲冑を、近くの店から略奪……いえ、調達した毒々しいピンク色のペンキで塗り替えた。さらに、頭には大きなリボンを装着。
「……ふん。これでよし。衛兵さん、見て。これは私の愛するペット、自律型ゴーレムの『モモちゃん』よ。指名手配の筋肉男なんて、どこにもいないわ」
「セレスティーヌ様……このピンク色、私の正義の血が燃え上がるような、情熱的な色ですな! モモちゃんという名も、実に力強い!」
「黙りなさい、モモちゃん。餌(毒キノコ)を抜くわよ」
ベレッタは、ピンク色になったアルフレッドを冷ややかに見つめ、「迅速に、そのリボンの中に盗聴器を仕込んで(パッキングして)おきましたわ」と呟いた。
こうして、ピンク色の巨漢と、三頭の雑巾馬、そして不機嫌な美少女という、以前よりもさらに目立つ一行が、堂々と街の最高級宿へと向かっていった。




