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炎上と増殖する雑巾

ハラペコニアの街道には、一定の間隔で「魔導掲示板」と呼ばれる石板が設置されていた。これは魔力によって遠く離れた場所の情報を共有できる、いわば布告板だ。

 美味しい店や盗賊の出没情報が流れる便利な代物だが、そこには今、私たちの噂が最悪の形で「炎上」していた。


『【警告】銀の歩く天災と、泥だらけの歩く雑巾を連れた、態度のデカい女一行に注意。特に女の毒舌は精神を破壊する。関わると全財産とプライドがパッキングされるぞ』


「……なんですって? 誰が態度のデカい女よ。私は『事実をありのままに指摘している王女』よ」


私が掲示板の前で冷たく言い放つより早く、ベレッタの逆鱗が爆発した。


「……セレスティーヌ様を『態度のデカい』などという安っぽい言葉で表現するなど、この掲示板の布告者は言語の使い方が未熟すぎますわ! 『全宇宙を睥睨する至高の支配者』と書き直しなさい!」


ベレッタは、見つけた掲示板を片っ端から短刀で細切れに刻んで回った。物理的な削除である。街道沿いの掲示板は次々と瓦礫の山へと変貌していった。


「おお! 私の知名度もついに隣国まで届きましたか! これで正義の輪が広がりますね!」


一方、ポジティブの塊であるアルフレッドは、掲示板が破壊された跡地に、そこら辺の木の板で自作の掲示板を立て始めた。

『正義とは筋肉! 挨拶とは頭突き! 困った時は私に全力でぶつかってこい!』という、読むだけで知能指数が下がりそうな暑苦しい言葉をギッシリと書き連ねていく。


次の宿場町までの距離が予想以上に遠く、私たちは再び不毛な荒野でキャンプをすることになった。


「……はぁ。また野宿? 私の絹のような肌が、荒野の乾燥でゴワゴワの絨毯みたいになったらどうしてくれるのよ」


文句を言いながらも、私はベレッタが手際よく設営した豪華なテントに腰を下ろし、アルフレッドが「正義の熱気」で温めたスープを自然な動作で受け取った。

 最初はあれほど嫌悪していた野宿も、今や「まあ、このメンバーならこんなものよね」と受け入れている自分がいる。


掲示板を破壊し尽くして満足げなベレッタと、焚き火の前で正義のスクワットを繰り返すアルフレッド。

 その二人を見つめ、私はふと、自分でも気づかないうちに小さく微笑んでいた。


「……ふん。意外と悪くない旅ね。退屈でお腹が空く以外は」


私の呟きは、アルフレッドの爆ぜる焚き火の音にかき消されたけれど、夜の空気はどこか穏やかだった。


しかし、翌朝。私の平穏は再び「泥」によって粉砕された。


雑巾が増殖した?

「……ちょっと、ベレッタ。あれ、何?」


私が指差した先。そこには、いつものように泥まみれの「動く雑巾」ことボブ……だけでなく、馬車を牽引するためにギムレットから貰った普通の馬二頭までもが、全身ドロドロの「雑巾色」に染まっていた。


夜中にボブが、自分の「雑巾としてのアイデンティティ」を誇示するために、他の馬たちを自分と同じ泥濘に引きずり込み、丁寧に泥を塗りたくって「雑巾化」させてしまったらしい。


「おおおおお!! 素晴らしい! 友情の証として、同じ色、同じ匂いに染まるとは! これぞ真の騎士道馬ナイト・ホースの一団ですぞ!!」


アルフレッドは、泥だらけの三頭を見て感涙にむせんでいる。


「……もう、今さらどうでもいいわ。白い馬だろうが黒い馬だろうが、この二人がいれば結局は泥色になる運命なのよ」


私は、もはや怒る気力もなく、三頭並んだ「汚い雑巾馬」を見上げてため息をついた。


「ベレッタ、あのアホ馬たち両方にドリンクホルダーを付けなさい。移動中に景色が汚れてワインが飲めないわ。あと、アルフレッド、あんたはその泥を『正義の輝き』とか言って誤魔化さないで。ただ汚いだけよ」


「承知いたしました。迅速に、シャンパンクーラー付きのホルダーをデリバリー(設置)いたしますわ!」


三頭の雑巾馬に牽かれ、私たちはさらに深い美食の迷宮へと進んでいく。

 ハラペコニアの王都までは、まだ一悶着も二悶着もありそうだった。

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