偽りの通行証と動く泥の入国
朝日が昇ると同時に、私たちは「不干渉地帯」の終わり、ハラペコニア国の第一関門へとたどり着いた。目の前には、美食の国に相応しい豪華な装飾が施された、しかし威圧感たっぷりの巨大な鉄柵が立ちはだかっている。
「いい、二人とも。ここはベレッタが手に入れた偽造通行証でスマートに抜けるわよ。目立たず、迅速に。分かったわね?」
「待ってください、セレスティーヌ様! 騎士たるもの、嘘偽りの紙切れで国境を越えるなど、誇りが許しません!」
アルフレッドが、馬鹿正直な正義感で胸を張った。
「ここは堂々と、アステリア国の第一王女、セレスティーヌ様をお連れしたと宣言し、正門を——」
「させるかぁぁぁ!!」
私は、彼が「セ」と言いかけた瞬間に、グリフィン・レザーのブーツで彼の脛を思い切り蹴り上げ、そのまま背後から口を全力で塞いだ。
「むぐぐっ!? ぐぬぬぬっ!」
「大人しくしてなさい、この筋肉ダルマ! あんたのせいで私の『タルト計画』が国際問題になったら、あんたをタルトの具にしてやるわよ!!」
アルフレッドをベレッタに引きずらせながら、私は検問所の窓口に、昨夜手に入れた最高品質の偽造通行証を叩きつけた。
「アステリアの貴族よ。急いでいるの、早く通してちょうだい」
管理官は、分厚い眼鏡の奥で通行証と私の顔を何度も見比べた。
「……ふむ。確かに本物のようだが。しかし、この通行証の登録データによると……持ち主であるアガサ夫人は、体重が120キロを超える『かなりの肥満体』と記されていますな。お嬢さん、貴女は少々、いや、かなりスリムすぎるのでは?」
管理官の視線が、私の腹部を値踏みするように舐めた。
「……は? 今、なんて言ったの?」
「いえ、ですから。この通行証の『豚のように丸々と肥えた貴婦人』という設定に比べると——」
「誰が豚よぉぉぉ!!」
関門全体が震えるほどの私の一喝。その背後で、ベレッタが言葉よりも早く動いた。彼女の周囲から、物理的な冷気を伴う殺意のオーラが噴出し、窓口のガラスにヒビが入る。
「……迅速に、この無礼者の舌をパッキング(切断)して差し上げましょうか、セレスティーヌ様?」
「やめなさい! ……でも管理官、もう一度言いなさい。私が、何?」
殺気に当てられた管理官は、顔面を蒼白にしながら「ひ、ヒィッ! い、いえ、データの誤記です! 失礼いたしました!」と、ガタガタと震えながら判子を探し始めた。
強行スタンプと、動く岩
しかし、恐怖で震える管理官の手は一向に判子を掴めない。イライラが頂点に達した私は、ベレッタに目配せをした。
「ベレッタ、デリバリーして」
「御意」
ベレッタは影のように窓口の中へ潜り込み、管理官の手から判子をこっそり奪取。そのまま私たちの書類に、目にも止まらぬ速さで『入国許可』のスタンプを押し、判子を元の場所へ戻した。
「……あら、よく見たらもう判が押してあるじゃない。老眼かしら?」
「え、あ、あれ? いつ押したんだ……?」
呆然とする管理官を無視して、私たちは次のステップへ進もうとしたが、そこで関税担当の衛兵が立ちふさがった。
「待て! その馬……いや、雑巾のような生き物は何だ? 血統の良さそうな名馬なら、高額の関税がかかるぞ!」
「名馬? 何を言っているの。ベレッタ、もっとやってちょうだい」
私はベレッタに命じ、周囲の汚泥をボブにさらに塗りたくらせた。もはや脚の関節すら見えず、ボブは一塊の巨大な泥の塊と化した。
「見ての通りよ。これは馬ではなく、アステリア特産の『動く岩』。装飾用の庭石よ。岩に関税なんてかからないわよね?」
「……い、岩? 岩が歩いているのか?」
「最新の魔導技術よ。文句ある?」
「おおお! さすがセレスティーヌ様! 素晴らしい機転、まさに正義の勝利だ!!」
解放されたアルフレッドが、入国許可に狂喜乱舞した。彼は喜びのあまり、拳を振り上げて近くの鋼鉄壁を「ドンッ!」と叩いた。
ドォォォォン!!
国境の強固な壁の一部に、見事な人型の穴が開いた。
「な、何事だ!? 敵襲か!? あの銀色の男を捕らえろ!!」
怒号と共に、数十人の衛兵が抜身の剣を手にアルフレッドへ襲いかかる。しかし、アルフレッドは「入国だー! タルトだー!」と叫びながら、自分に向けられたメッタ切りの刃を、そよ風か何かのように全身で受け流し(あるいは硬すぎて弾き飛ばし)、喜びの舞を続けていた。
「……ベレッタ、後始末して」
「承知いたしました」
ベレッタが戦場を駆ける。彼女の姿が消えたかと思うと、次の瞬間、襲いかかっていた衛兵たちが一人残らず、静かに白目を剥いて地面にパッキング(気絶)されていった。
アルフレッドは攻撃されている自覚すらなく、横でバタバタと倒れていく衛兵たちを見て「おやおや、皆さん疲れが溜まっているようですね!」と爽やかに笑っている。
「……もういいわ、あのアホは放っておいて、さっさとずらかるわよ!」
私は泥の塊を急かし、気絶した衛兵の山と、壁に空いた大きな穴を背後に、隣国ハラペコニアの土を力強く踏みしめた。
「さらば、アステリア! こんにちは、私のタルト!!」
混乱の極致にある関門を後にし、私たちの馬車は美食の楽園へと爆走を開始した。




