破壊の隠密
ついに、アステリア国の国境最前線の街「ラスト・ゲート」に到着した。
この巨大な城壁の向こう側は、冷戦状態にある隣国、美食の国「ハラペコニア」。そこへ至るには、この街の厳重な検問を抜け、さらに対岸の厳しい都市関税を突破しなければならない。
「……ギムレットから掠めた金貨はあるけれど、隣国の都市関税は王族並みに高いって聞くわ。いちいち払っていたら、私のデザート代が削られてしまうじゃない。ムカつくわね」
私は、馬車の窓から見えるハラペコニアの険しい関所を睨みつけながらボヤいた。
「ハラペコニアの国民だけに発行される『特別通行証』があれば、関税は免除されるし、検問もスルーできるのに。ああ、どこかに落ちていないかしら。……例えば、この街を牛耳っているあの強欲な悪徳商人の屋敷とかに」
私の独り言を、あの「馬の付属品」が聞き逃すはずもなかった。
「なるほど! セレスティーヌ様、正義の天啓ですね! 悪徳商人が不当に溜め込んだ通行証を、真の正義のために『回収』してくれば良いのですね! 私にお任せを。隠密行動こそ、騎士の嗜みです!」
「え? ちょっと、話を聞きなさ——」
引き止める間もなく、アルフレッドは夜の闇へと溶け込んで……いかなかった。
(まあいいわ。私に黙って私腹を肥やしているなんて許せない。いずれギムレットに、この街でのビジネスをやらせましょう)
一時間後。街の商業地区にある悪徳商人の巨大な屋敷から、夜の静寂を切り裂くような「ドゴォォォン!」という爆発音が響き渡った。
「……ベレッタ。あれ、隠密行動の音じゃないわよね?」
「セレスティーヌ様、アルフレッド殿にとっての隠密とは、『目撃者をすべて物理的に排除(無力化)する』ことと同義のようですわ」
その頃、アルフレッドは「私が通れば道ができる」を地で行っていた。
彼は屋敷の分厚い外壁を「隠密ですので」と呟きながら素手でぶち抜き、最短距離で執務室へと直進。駆けつけた数十人の衛兵に対し、「こんばんは、通りすがりの正義です。通行証を頂きに参りました!」と爽やかに挨拶。
放たれる矢は指先でピンピンと弾き飛ばし、振り下ろされる剣は「羽毛のように軽いですね」と鼻歌交じりに受け流す。彼が軽くデコピンを繰り出すたびに、屈強な衛兵たちが紙細工のように夜空へ舞い、静かに(物理的に気絶して)着地していった。
一方、その背後ではベレッタが「真のアサシン」の仕事を完遂していた。
アルフレッドが派手に正面突破し、衛兵たちの注意を100%引きつけている隙に、彼女は煙のように屋敷へ侵入。金庫に眠っていた「最高品質の偽造通行証(ハラペコニアの貴族用)」を束で回収。さらに、ついでと言わんばかりに、商人が隠し持っていた最高級のキャビアとシャンパンまでも「パッキング」して、私の元へ帰還した。
翌朝、街は未曾有の大パニックに陥っていた。
「銀色の悪魔が現れた!」「壁を素手で溶かす怪物が商人の屋敷を更地にした!」と、尾ひれがつきまくった噂が街中を駆け巡る。
そんな騒乱を余所に、私は街で一番豪華な宿「グランド・アステリア」の最上階、スウィートルームに陣取っていた。もちろん、支払いは昨日アルフレッドが「ついでに回収してきた」悪徳商人の裏金だ。
「……ふふ。やっぱり、自分のお財布を痛めずに泊まるホテルは格別よね♪」
私は、ベレッタが手際よく用意した「略奪したてのキャビアとシャンパン」のディナーを優雅に楽しんでいた。バルコニーの下では、衛兵たちが血眼になって「悪魔」を探して走り回っているが、その「悪魔」本人は私の隣でニコニコと立っている。
「セレスティーヌ様! 昨夜の余興はお楽しみいただけましたか? 悪徳商人の屋敷の壁、なかなか良い手応えでしたぞ!」
「ええ、最高だったわ。まさか隠密と言って、正面から正門を粉砕するとは思わなかったけれど。おかげで通行証も手に入ったし、ディナーも豪華になったわ。よくやったわね、アルフレッド」
「おお……! 褒められた! 正義が報われた!!」
アルフレッドは感動のあまり号泣し、ベレッタは「セレスティーヌ様に褒められるなんて……アルフレッド、迅速にその感動を私に半分デリバリー(譲渡)なさい」と物騒な視線を送っている。
私は、手に入れた偽造通行証の束を扇子代わりに使いながら、冷戦中の国境の向こう側、美食の国「ハラペコニア」の灯りを見つめた。
「さあ、明日はこの通行証で堂々と入国よ。私のために用意された、最高のご馳走たちが待っているわ」
混乱を極める最前線の街で、私一人が勝利の美酒に酔いしれる。これぞ、王族……いえ、美食の女王に相応しい夜の過ごし方だった。




