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泥の聖獣による狂信パレード

国境への道のりはまだ遠い。馬車が次にたどり着いたのは、高くそびえ立つ尖塔と、絶えず鳴り響く鐘の音が特徴的な宗教都市「サンクト・パルム」。この街は、独自の経典を奉じる熱烈な信徒たちが住まう、静謐(という名の排他的な空気)に包まれた場所だった。


しかし、その「静謐」は、私たちが街の広場に馬車を止めた瞬間に崩れ去った。


「……見ろ、あの御方の連れている四本脚の生き物を!」

「まさか……経典に記された、千年の眠りより覚めし『泥を纏いし救世の獣』か!?」


一人の年老いた司教が、ボブの姿を見て腰を抜かした。

 確かに、今日のボブは一段と酷かった。アルフレッドが「朝露こそが真の洗顔!」とか言ってボブを泥濘で転がしたせいで、その体には奇妙な形の泥の模様がこびりついていた。それが、この街に伝わる伝説の聖獣の紋章に、偶然にも、そして完璧に一致していたらしい。


「おおお! 聖獣様だ! 聖獣様が、雑巾の皮を被って降臨されたぞ!!」


広場を埋め尽くす信者たちが、一斉にボブに向かって膝をついた。


「……ちょっと、ベレッタ。あの人たち、何を拝んでるの? あの四足雑巾が、神の使いか何かに見えているっていうの?」


「セレスティーヌ様、どうやらそのようですわ。……迅速に、この状況を利用して(デリバリーして)差し上げましょうか?」


聖女セレスティーの降臨。

私は馬車の扉を優雅に開け、後光が差しているかのような(実際はベレッタが背後で鏡を反射させている)演出と共に姿を現した。


「ええ、その通りよ。信心深き迷える子らよ。このボブ……いえ、この聖なる獣は、私の清き祈りによって具現化した、私の半身も同然の存在なの」


「おお……なんと気高く、そして現金げんなまの匂いが微塵もしない美しき御方だ!」


司教たちが涙を流してひれ伏す。私は扇子で口元を隠しながら、本題を切り出した。


「聖獣様を拝みたいのであれば、相応の誠意を見せなさい。具体的には、この街の倉庫に眠っている最高級の燻製生ハム、熟成チーズ、それから司教様が隠し持っている特級のハチミツ……。それらを寄進デリバリーするのです。そうすれば、聖獣様の泥の恩恵にあずかれるでしょう」


「もちろんです! すぐに教会の宝物庫を開放せよ! 聖女様と聖獣様に、この街の全財産を捧げるのだ!」


次々と運び込まれる、最高級の食材たち。私は心の中で喝采を上げた。

 やはり、宗教の力は素晴らしい。毒舌を振るわずとも、嘘をつくだけで……いえ、少し事実を演出するだけで、美味しいものが雪崩のように押し寄せてくるのだから。


「……触るな、下民。聖獣様に触れて良いのは、セレスティーヌ様の許可を得た者だけですわ」


ベレッタは、ボブの泥に触れて「加護」を得ようとする信者たちの首筋に、容赦なく手刀を叩き込んでいった。


「不敬です(デス)。迅速に、気絶ねむりをデリバリーして差し上げますわ」


一方、調子に乗ったのはアルフレッドだった。


「皆さん! 素晴らしい信心だ! ですが、真の加護は祈りだけでは得られません! 正義の心があれば、誰でもボブのように……そう、泥まみれになれるのです! さあ、私と共に、大地の恵みをその身に纏いましょう!!」


アルフレッドは、教会の聖水が湧き出る噴水に、どこからか持ってきた土をドバドバと投げ入れ、瞬く間に巨大な泥溜めを作り上げた。


「これぞ『正義の泥』! これを塗れば、貴方たちの魂はボブと同化するのです!」


「おおお! 正義の泥だ!」

「泥を塗れ! 聖獣様のように汚れるのだ!!」


感化された信者たちが、次々と噴水に飛び込み、全身に泥を塗りたくって街中を走り回り始めた。静謐だった宗教都市は、数分後には阿鼻叫喚の泥祭り会場へと変貌を遂げていた。


「……ちょっと、あいつら。泥を投げ合い始めてるじゃない。馬車にまで飛んできたわよ!」


窓ガラスに「ペチャッ」と不快な音を立てて泥が張り付く。見れば、街中の人間が「ボブへの同化」を目指して、狂ったように泥を撒き散らしていた。


「セレスティーヌ様! 皆さん、正義の輝き(泥)に目覚めましたぞ! 街全体がボブのようです!」


「うるさいわよ、この筋肉ダルマ! 不潔だわ! ベレッタ、迅速にここを離れなさい! 私の馬車が雑巾色に染まる前に!!」


「承知いたしました。……迅速に、不法投棄(脱出)いたしますわ!」


私たちは、大量の寄進品(最高級ジビエやワイン)を馬車に詰め込み、泥だらけになった宗教都市を後にした。

 背後からは「聖獣様万歳!」「正義の泥万歳!」という叫び声が、空高く鳴り響く鐘の音と共に聞こえてくる。


私は、馬車の床に転がった最高級のハチミツの瓶を開け、贅沢にスプーンですくい取った。


「……ふふ。やっぱり、神様に頼るより、馬の泥に頼る方が確実ね」


ボブは誇らしげに鼻を鳴らし、寄進された最高級の燕麦えんばくをムシャムシャと食べている。

 私たちの行く先には、常に混乱と、そして最高のタダ飯が待っている。

 さあ、次こそは国境よ。この泥まみれの聖獣を、隣国の連中にどう紹介してやろうかしら。

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