豪雨のプレハブ
天は、時として残酷な悪戯を仕掛けるみたい。暇だからかしら?
伝説のヴィンテージワインを抱え、意気揚々と国境を目指していた私たちの前に立ちはだかったのは、空を真っ黒に塗りつぶす巨大な雨雲だった。
「……何よ、このバケツをひっくり返したような雨は。馬車の屋根を叩く音がうるさくて、テイスティングに集中できないじゃない」
街道は瞬く間に泥の河と化し、さしもの「四足雑巾」ボブも、膝まで泥に浸かって前進を拒否し始めた。周囲には宿一軒ない、ただの荒野。
「セレスティーヌ様、ご安心を! 騎士たるもの、荒天こそが腕の見せ所! 今すぐ貴女様のために、最高の安らぎの場を築いてみせましょう!」
アルフレッドが、雨の中に飛び出した。
彼は「ふんっ!」という気合一閃、周囲に生えていた立派な大木を素手でなぎ倒すと、それを小脇に抱えて戻ってきた。続いてベレッタが、雨音を切り裂くような速度で短刀を振るい、丸太を次々と板材へと加工していく。
数分後。そこには、アルフレッドの筋肉パワーによって無理やり組み上げられた、即席の「ボロ小屋」が完成していた。
「……雨漏り? 湿気? 信じられない。私の肌がふやけて、価値が下がったらどうしてくれるのよ。お城のバスルームは、常に湿度が**45%**に保たれていたのよ? こんな隙間風だらけの掘っ立て小屋に私を押し込めるなんて、国家的な損失だわ」
私は、継ぎ接ぎだらけの壁から染み出す雨水を見て、絶望のあまり頭を抱えた。ギムレットから掠めた最高級のシルクのタオルが、湿った空気でじっとりと重くなっている。この世の終わりだわ。
「セレスティーヌ様、お嘆きにならないでください。迅速に、最高のバスタイムをデリバリーさせていただきますわ」
ベレッタの目が、職人のそれへと変わった。
彼女は小屋の隅に、余った木材を器用に組み上げ、即席の「檜風呂(風)」を作り上げた。その見事な組み木細工の技術には、私も少しだけ機嫌を直さざるを得なかった。
「……あら、意外と形になっているじゃない。でも、お湯はどうするの? この豪雨で薪は湿りきっているわよ。冷たい水に入るなんて、死んでもお断りよ」
「問題ありません、セレスティーヌ様! 私にお任せを!」
アルフレッドが、浴槽の底にその巨大な掌を当てた。
「はああああああっ!! 正義の情熱、沸き立て我が闘気!!」
彼の体内から放たれた凄まじい熱量が、物理的な振動を伴って水に伝わる。浴槽の水は瞬く間にボコボコと泡立ち、猛烈な湯気を上げ始めた。
「……正義の情熱って、ただの沸騰石扱いじゃない」
しかし、筋肉ダルマに「微調整」という言葉は存在しなかった。
「……ちょっと、熱い! 100度超えてるじゃない! 私をダシの出た茹で鶏にする気!?」
「申し訳ありません! すぐに冷却を! はあああああっ、慈愛の正義、静まれ我が闘気!!」
今度はアルフレッドが「冷気(?)」を込めたのか、浴槽の温度が急降下。あっという間に氷水に近い温度まで冷え切った。
「冷たいわよ!! 風邪を引いたらあんたの首を跳ねるわよ!!」
「ひいぃっ! 加減が……加減が難しい! 正義の出力調整がぁぁぁぁ……!!」
熱湯と氷水を繰り返すこと数回。私は、浴槽の横でグリフィンの防具を脱ぎかけたままで、苛立ちの限界に達していた。
「いい加減にしなさい! 私の肌は試作品の実験台じゃないのよ! ベレッタ、あんたがやりなさい!」
結局、ベレッタがアルフレッドの後頭部を小突いて黙らせ、微妙な闘気の残熱を調整しながら、ようやく適温(41.5°C)へと導いた。
私はようやく、自前の特製・プレミアムラベンダーの香りを、本来の三倍の量でドバドバと惜しみなく投入する。
外では激しい雨が即席ボロ小屋の屋根を叩いている。しかし、こっちの即席の檜風呂の中は、濃厚な香りと適度な温かさに満たされていた。
「……ふぅ。意外と悪くないわね」
木の香りと入浴剤の香りが混ざり合い、疲れが溶け出していく。
小屋の隙間から漏れる風さえも、湯上りの火照った体には心地よい。
アルフレッドは小屋の外で「セレスティーヌ様のプライバシーを守る盾!」とか言って雨に打たれながら仁王立ちし、ベレッタはドアの隙間から「迅速に、その湯気を私の瓶に回収……」と不穏な動きをしているが、今の私にはどうでもよかった。
「……人生に一度くらいは、こういう野蛮な経験も悪くはないわね。まあ、二度目があったら、その時は本当にアルフレッドを絞め殺すけれど」
私は、温まった指先で、大切に持ち込んだヴィンテージワインのボトルをそっと撫でた。
嵐の夜。ボロ小屋。即席の風呂。
それは、お城の完璧な生活では決して味わえなかった、奇妙で、そして少しだけ贅沢なひとときだった。




