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考古学の味

馬車はワインの街を離れ、国境へ続く長閑な街道を進んでいた。

 伝説のヴィンテージワインを手に入れた私は、馬車の揺れに合わせてグラス(ギムレットのアジトから掠めたクリスタル製)を傾け、気分は最高潮だった。

「ああ、旅はこうでなくちゃ♪」

ほろ酔い気分で眺める、役に立ったボブは、いつもに比べ嫌悪感がわかなかった。しかし。

 ……そう、「自称・村一番の料理人」が現れるまでは。


休憩のために立ち寄った名もなき小さな村。そこで、一人の筋骨逞しい男が、見るからに不衛生な木皿を私の前に叩きつけた。


「おい、都会から来たお嬢さん! 贅沢三昧のあんたには、この大地の息吹、野生の味ってやつは分からねえだろうよ!」


差し出されたのは、皮どころか泥がべっとりと付いたままの、ただ茹でただけのイモだった。男は鼻を鳴らし、これこそが真の料理だと言わんばかりに胸を張っている。


「……これが料理? 考古学の出土品、ドワーフの胆石の間違いではなくて?」


私は眉をひそめ、フォークの先で慎重にその泥の塊を削り、ほんの僅かだけ口に含んだ。


「……っ」


咀嚼した瞬間、口の中に広がるのは、豊かな大地の香り……などという生易しいものではない。ただの土のザラつきと、根菜特有のえぐみが、何の工夫もなく殴りかかってくるような味。

 私は静かに、クリスタルのグラスをテーブルに置いた。


「……あぁ、なるほど。理解したわ。素材の良さをこれほどまでに徹底して殺せるのは、ある種のデザインセンスだわ。並大抵の無能さでは、ここまで味を無に帰すことはできないもの。この泥の風味……もしかして、あなたのこれまでの泥臭い、救いようのない人生そのものを表現しているのかしら?」


「な、なんだと……!?」


「お黙りなさい。味覚への冒涜よ。このイモ、本来なら甘みがあるはずなのに、あなたの手にかかると『ただの不快な固形物』に成り下がるのね。これを『野生』と呼ぶのは、野生生物たちに対してもあまりに失礼だわ。何より私にね。それと、野生の彼らだって、もう少しマシなものを食べているもの」


私の静かな、しかしカミソリのように鋭い毒舌に、村一番の料理人は膝から崩れ落ちた。都会の令嬢に田舎の洗礼を受けさせてやろうという目論見は、逆に魂を完膚なきまでに叩きのめされる結果に終わったのだ。


「……セレスティーヌ様。この男、貴女様の高貴な味覚に泥を塗ったのですわね」


いつの間にか、料理人の背後にベレッタが立っていた。彼女の瞳には、一切の慈悲がない。冷たいナイフの切っ先が、男の太い首元にそっと添えられる。


「……お嬢様に泥を食べさせた罪、万死に値しますわ。今この瞬間に、私の脳内アーカイブから『マック・ナイト』のダブルチーズサンドのレシピをダウンロードしなさい。それ以上のクオリティを今すぐ、ここで出せ。さもなくば、お前の人生を迅速にシャットダウン(デリバリー)して差し上げます」


「む、無理だ……! マック・ナイトなんて、勝てる場所にしか出店しねえんだぞ……! ここら辺にはない! ひいぃっ!」


「隠れ家戦略ってのもあるのよ」


男が泡を吹いて震え上がる中、反対側から「ドンッ」と地面を揺らす音がした。


「元気を出してください、料理人どの!」


アルフレッドが、真っ白な歯をキラつかせて男の肩を掴んだ。その握力だけで、男の鎖骨が悲鳴を上げている。


「セレスティーヌ様は厳しい方ですが、それは愛があるゆえのこと! 絶望することはありません! 私の相棒、ボブの毛並みの名誉に比べれば、このイモの泥なんてまだマシな方ですぞ! ほら、見てください、あのボブを! それでも彼は今日、世界一の称号を手にしたのです!」


「ぶるるっ」


遠くでボブが「一緒にすんな」と言いたげに鼻を鳴らす。

 アルフレッドの言葉は、フォローどころか「お前の料理は馬の毛並み以下だ」と宣告しているに等しかった。料理人は、もはや言葉も出ない様子で、地面の土を掘り返して引きこもりたいような顔をしている。


私は、ベレッタが脅して作らせた「必死のバター炒め(泥なし)」を一通り眺め、結局それには手をつけなかった。


「もういいわ。気分が悪くなったから出発しましょう。ベレッタ、そこのお詫び料(財布)は回収したわね?」


「はい、セレスティーヌ様。迅速に、彼の全財産を徴収デリバリー済みですわ」


「そう。……アルフレッド、そのドラゴン肉、腐る前に村に置いていきなさい。泥のイモよりは、村の連中の役に立つでしょう」


「おお! さすがセレスティーヌ様! 敗者にまで施しを与える、その慈悲深さ……! 私は一生ついていきますぞ!!」


私は馬車に戻り、奪い取った……いえ、慰謝料として頂いた小銭を数えた。


「……ふふ。やっぱり、タダで……どころか、お金をもらって食べるのは(食べてないけど)、最高に気分がいいわね」


私は、先ほどの伝説のワインを一口含み、荒れ果てた村の料理人の背中を窓越しに見送った。

 私の美食の旅は、これからが本番なのだ。隣国のグルメフェスで、どれほどの「無能な料理人」を絶望させられるかも、同時に楽しみで仕方がなかった。

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