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黄金の雑巾

街の出口へ向かう傍ら、何かのイベントが目にとまる。

この街では国全土から名馬が集う「ロイヤル・ホース・コンテスト」が開催されていた。

 本来なら、四足歩行の雑巾ことボブを連れた私たちには無縁の行事だ。私は馬車の窓から、着飾った貴族たちが自慢の駿馬を誇示する様子を、冷めた目で見つめていた。


「……馬の美しさを競って何になるのよ。速く走るか、重い荷物を運ぶか、あるいは……」


私の言葉が止まった。広場の掲示板に張り出された、優勝賞品のリスト。その最上段に、信じられない文字が躍っていたからだ。


『優勝副賞:マック・ナイト・ロイヤル・シルバーパス(全店舗・一生涯Lサイズ無料&限定商品優先注文権)』


「……なっ!?」


私の脳内に衝撃が走った。シルバーパス。それは金や権力、王族の地位をもってしても手に入らない、マック・ナイト本部が教皇の後ろ盾で作成した「真にブランドに貢献した者」にのみ贈る伝説の聖遺物だ。


「……いい、二人とも。よく聞きなさい。あのパスは、私のマックナイトファンとして、今後の人生において、空気や水よりも必要なものよ。何としても、あの四足雑巾を優勝させるわ」


「おお! ついにボブの真価を世に知らしめる時が来ましたか、セレスティーヌ様!」

「畏まりました。……迅速に、他の馬たちを『棄権』へデリバリーして参りますわ」


私はボブの鼻面に顔を近づけ、人生で一度も見せたことのないような慈愛に満ちた(嘘の)微笑みを浮かべた。


「いい? ボブ。あんたが勝ったら、一生分の藁を隣国の最高級ブランド『エルフの嘆き』に変えて、毎日マッサージ師まで付けてあげるわ。だから、今日だけは馬の形を保ちなさい」


ボブは「ぶるるっ」と面倒そうに鼻を鳴らした。泥にまみれ、野生のにおいを放つその姿は、どう見ても「屠殺場直行ルート」のそれである。


しかし、審査が始まると同時に、アルフレッドが動いた。


「ボブよ! 我らの正義を、この地の民に見せつけてやるのだ! はあああああっ!!」


アルフレッドがボブの背中に手を置いた瞬間、彼の体内から溢れ出した常人離れした「正義の闘気オーラ」が、物理的な圧力となってボブへと注入された。

 するとどうだろう。泥まみれの毛並みが、内側からの発光によって黄金色に輝き始めたではないか。


「……ま、眩しいわね。あのアホ、馬を生物学的な限界まで強化してるわ」


一方、影ではベレッタが暗殺技術の粋を凝らしていた。

 彼女は目にも止まらぬ速さで各厩舎を巡り、有力候補の馬たちの飼い葉桶に、特製の「超強力・即効性下剤」をデリバリーしていった。


「セレスティーヌ様の勝利を妨げる胃腸の平穏など、この世には不要ですわ……!」


コンテストが始まると、会場は阿鼻叫喚の図に包まれた。

 昨日まで「大陸一の美しさ」と謳われた名馬たちが、次々と尻から凄まじい轟音を響かせ、審査員の目の前で「噴水」のような粗相を繰り返して失格していく。


そんな地獄絵図の中、一頭だけが異彩を放っていた。

 黄金のオーラを纏い、神々しいまでの威圧感で直立するボブ。もはや馬というよりは、天から舞い降りた聖獣の如き風格である。泥汚れすらも、古代の神秘的な紋様に見えてくるから不思議だ。


「……信じられん。これほどまでに気高く、力強い馬が存在したとは!」


審査員たちは涙を流しながら、満場一致でボブに優勝旗を授与した。


「やったわ! シルバーパスは私のものよ!!」


私は歓喜に震えながら、表彰台へと駆け寄った。しかし、賞状と共に手渡されたシルバーパスの裏面を見た瞬間、私の笑顔は凍り付いた。


『※本パスは、優勝した個体(馬)に対してのみ有効です。人間への譲渡・使用は固く禁じます』


「……は?」


私は絶句した。隣では、マック・ナイトの店員がボブの鼻先に、特製Lサイズポテトを差し出している。ボブはそれを、実に美味そうに「ムシャムシャ」と咀嚼し始めた。


「……ちょっと、馬にバーガーやポテトを食わせてどうするのよ!! 意味ないじゃない! 私が、私が食べたいのよ! こんな紙切れ、ゴミよ、ゴミ!!」


私は受け取ったばかりの栄誉ある賞状を、その場でビリビリに引き裂き、瓦礫のようにぶちまけた。私のシルバーパス計画は、システムの壁によって無惨に粉砕されたのだ。


怒り狂う私をなだめるように、ギムレットの部下たちが副賞の木箱を運んできた。


「落ち着いてください。副賞のこちらは、本人のみ有効といった制約はございませんので」


箱を開けると、そこには深い深紅の輝きを放つ一本のボトル。

 シャドー・ボルトが、この百年で一度だけ生産したという、伝説の当たり年ヴィンテージワイン。その一本だけで、小国なら3ヶ月は運営できると言われる幻の酒だ。


「……あら」


私はそれを受け取ると、さっきまでの憤怒が嘘のように、頬を緩ませた。

 鼻をくすぐる、複雑で芳醇な葡萄の香り。これ一本あれば、道中の安宿での食事も最高級の晩餐に変わる。


「ふふっ、まあいいわ。シルバーパスは逃したけれど、このワインがあれば許してあげる」


私は、まだ黄金のオーラを微かに残しながらポテトを完食したボブの、泥だらけの首筋をそっと撫でた。


「……あんた、やるじゃない。初めて役に立ったわね。今日だけは、その雑巾みたいな顔も、名画のモデルに見えなくもないわ」


ボブは「ふんっ」と自慢げに鼻を鳴らし、再び元の「四足歩行の雑巾」へと戻っていった。

 アルフレッドは「おお、セレスティーヌ様の愛がボブに届いた!」と号泣し、ベレッタは「セレスティーヌ様に撫でられるなんて……ボブ、迅速にその皮膚を私にデリバリーしなさい!」と物騒なことを口走っている。


私は伝説のワインを大切に馬車へ運び込み、満足げに指示を出した。


「さあ、出発よ。目指すは国境。このワインを最高の状態で開けるために、さっさと隣国へ入りましょう」


馬車は再び走り出す。私の心は、手に入れたヴィンテージワインと、次なる美食の地への期待で、春の陽だまりのように温かくなっていた。

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