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08-08.再会は不法侵入を経て。

 出発から丸半日ほど過ぎて、エミリアたちは王都、王城の城壁そばまで辿り着いた。堀があり、その向こうに壁が見えている。正門からは遠い場所のため、あたりにひとけはない。太陽はとうに隠れており、あたりには何の明かりもない。星明かりも薄く、手元ですら暗くて見えづらいほどだ。


「街の感じでは、政変したという印象はなかった。けれど陛下らが密かに軟禁されている可能性は残るし、正面から行くと警戒される。だから私たちが来たと、気づかれる前に――――」


 そんな中。体を伸ばしていたエミリアは、振り返り。


「強襲するわ。一気に陛下たちに迫り、言伝を済ませる。その間、誰にも見られてはいけない」


 ガレットとイリスをじっと見てから、そう宣言した。


「この辺り、見回りはいないから……喋れる間に、段取りを確認しましょうか」

「いやその……もう任せるけれども。領境だってあなたの言う通り、兵はまったくいなかったし」


 エミリアの闇に慣れた目が、ガレットの呆れた顔を捉える。その隣にはどうしてか……ほんのり顔の赤いイリス。


(潜入ついでにお姫様抱っこして愛で愛でしたいけど、ガレットがいるから遊んでられないわね……見つからないように、事故がないように、真面目にやらないと)


 さしものエミリアもぬるい夜風で頭が冷えたのか、集中した様子を見せていた。


「遠くにはいたわよ? 平和ボケてる感じだったから、いっそ近づいて状況を盗み聞きしてもよかったかしらねぇ」

「逞しいわねエミリア」

(というか彼ら、たぶん侵略軍じゃない。確かこの時期だと――――)


 途中見かけた兵士たちを思い起こし、エミリアは思案する。


「それで?」


 だがガレットに促され、小さく首を振った。


「まず、国王陛下の執務室まで行くわ。城壁を越えて、庭木伝いに辿り着ける。でも陛下たちはもうお休みだろうから……バルコニーに出て、真上の寝室に乗り込む」

「大胆ね……執務室とかって、鍵は?」

「今回の潜入はね、正門とかはダメだけど、国王様たちにはバレてもいいの」


 エミリアは少しだけ白銀に輝く刃を出し、ガレットに見せた。


「だから、鍵は聖剣で切って入る」

「大胆過ぎるでしょ……まさか、この城壁も?」


 ガレットはさすがに呆れているようだ。彼女はじっと、堀の向こうの壁を見つめている。


「さすがに切ったらバレちゃうわよ。お堀もあるし、まずはこうするわ」


 エミリアは剣を仕舞い、しゃがみ込み、手をかざす。〝積載〟スキルの中から、分厚い木材を取り出し……向こう岸に渡した。計3本を置き、こちら岸側を踏みしめる。崩れたり傾いたりしないことを十分確認してから、精霊車を出し、タイヤを木の上に乗せた。


(堀は2mほど。木材は3m余りのものをご用意っと。縄での補強とかは、要らなそうね)

「えっ。なんでこんなもの用意してるの……? エミリア」

「こんなこともあろうかと。前は跳んで渡ったけど、今回はガレットがいるし。大丈夫そう?」


 こともなげに言って、エミリアは立ち上がる。その目の前で、侯爵令嬢が引きつった顔を見せていた。


「これ落ちないわよね……?」

「大丈夫ですよ、ガレットさん。土も乾いてるし、木が転がる心配もないです」

「ほんとかしら……」


 イリスがガレットを宥めるのを頼もしく眺め、エミリアは頷いた。


「私が先に行くから。ガレットが次、イリスが最後ね。〝噂語り(ローマートーカー)〟! 〝木材の位置〟!」


 青銅のすり鉢を出し、エミリアはその先端を吹く。光の戻りを待って命令を出すと、虹の輝きが簡素な橋を照らした。エミリアは夜目が利くので必要ない。ガレットのための明かりだ。


「イリスからは、何かある?」

「いいえ。いつも通り、鮮やかですね。エミリア様」


 お互い、微笑みを交わし合い……エミリアは少しの照れを感じて。


(っ。今欲望垂れ流すのダメだって。集中、集中……)


 目を逸らした。なぜかイリスも顔を赤くして、顔を背けている。気になって仕方がないが……すり鉢をもったまま、エミリアはひょいひょいっと橋を渡り切った。


(よし……ガレットをお願いね、イリス)


 振り返ると、イリスと目が合った。頷き合い、イリスがガレットの背を押すのを眺め、思案する。


(城壁の外周には何か所か、壁の足元が広くとってあるところがある……そのうち、侵入に適してるのがここなのよね。門や勝手口、城内の人がいるところから遠くて、音を立てても問題ないし。そのうえ、壁を越えたら庭木があって、渡った向こうが執務室。都合よくて助かるわ)


 青銅のすり鉢から漏れる明かりが、僅かに城壁も照らしている。壁を見上げて、念のためその凹凸を確認した。


「エミリア様、お待たせしました」


 イリスの声を聴き、エミリアは無事に渡ってきた二人の姿を確かめる。それからしゃがんで、木材に手を当てた。三本の木と精霊車、青銅のすり鉢もするするとエミリアに吸い込まれる。光が消え、再び暗闇が訪れた。


「便利すぎる体質ね……ここからはどうするの?」

「そんなもの、登るだけよ」

「こんなとっかかりのなさそうな壁を?」

「あるじゃない、たくさん」


 エミリアはガレットに応え、壁の僅かなくぼみに指をかける。すぅーっと長く細く息を吐いてから、体をぐっと持ち上げ、上の出っ張りを掴む。足先を小さな隙間に差し込み、さらに上のくぼみを掴み。


「え、え?」

「後でロープ垂らすから」


 それだけ残して、1m、2mと登り上がる。5分もしないうちに、エミリアの手が城壁の上辺にかかった。


(んー……城の中、見回りはいないわね。庭も問題なさそう)


 夜に慣れた目で、念のため周囲を確認。そのまま体を引き上げた。人が立つには十分な幅があり、エミリアはほっと一息ついてから、今度は縄を取り出す。先を結んで輪を作り、近くの背の低い木に向かって投げる。うまいこと引っかけた後、ぐっと引っ張ると輪が縮まってしっかりと結びついた。引っ張って抜けないことを確認してから、反対の先を城壁の外に向かって垂らす。ガレットが掴んだようで、幾度か縄が引かれた。下を覗き込むとイリスが見上げており、視線が合った二人はまた頷き合う。力強く壁を上がるガレットを見て、エミリアは振り返った。


(大丈夫そうね。先に行って、中から縄を出しておきましょう)


 エミリアは庭木に飛びつき、さらに別の木へ跳ぶ。壁と城の間の庭を渡り、窓から張り出している縁に飛び乗った。窓の鍵は留め金だけで、薄い金属板を出して外す。慎重に窓を開け、城内に入り込んだ。


(ここに来るのも、久しぶり。ちょっと懐かしい……っといけない。気を引き締めないと)


 細く呼吸し、集中し直して、あたりを見渡す。廊下に、人影はない――――。


(っ!?)


 奥にゆらゆらとした光を見つけ、エミリアは声を無理やり飲み込んだ。近くの柱の影に、急いで隠れる。窓の前だと、ほんのわずかに光が差し込んでいたからだ。身を低くして息をひそめ、奥の明かり、そして時折廊下の反対側を注視する。緊張で体が強張り、じっとりと汗がにじむのを感じた。


(あれは)


 燭台を持つ人物が、誰かと話しているようだ。揺れる明かりでは確信が持てないが、二人の男はやや肌が浅黒く見える。


(あっちの男は、セラフ王子? レモール国の? 相手の男も彫が深いし、西方の人っぽいわね……なぜ彼がオレンの王城に――――そういえば)


 王国や第一王子ウォレンツに、レモール国が接触をはかっている……そんな話を確か、サルのディーバートから聞いた覚えがあった。ドニクスバレットと共に、レモールの動きを探っていた彼の情報は、正しかったのかもしれない……エミリアはそう考えつつ、二人を注視する。


(読唇術は苦手なのだけど……『竜』? 『調整』? なんのことかしらね……)


 小首を傾げてエミリアが見つめる中、王子は奥へ、もう一人の男は向かって右へと消えた。確かあちらは、階段だったはずだ。廊下に明かりがなくなり、エミリアは深く息を吐いた。


(……もし彼がここに滞在しているのなら、ちょっと調べてみたいわね)


 エミリアは柱の影から進み出て、そっと窓を開けて縄を垂らす。結ぶ先がないので、まず縄を持ったまま窓の反対の壁まで下がる。それから今一度視線を走らせ、人が来ないのを確認した。


(よし、アイテール!)


 エミリアは通路のど真ん中に、どんと精霊車を出した。素早く運転席の扉を薄く開け、縄を持ったまま中を通って助手席側から出る。車体の床をぐるっと一周させ、車に縄を結びつける考えだ。縄を結わえて、引っ張って確認。それから窓を開けて顔を覗かせ、下のイリスとガレットに小さく手を振った。彼女たちが登ってくるのを、静かに待つ。


(さて、ついでにっと)


 二人が来るまでの間に、エミリアは聖剣を取り出し、両手で柄を握り締めた。国王執務室の扉を前にし、ゆっくりと呼吸を整える。


(たぶん、こいつが虹色に光るのは……私がイリスのことを、考えた時。イリス――――)


 恋人のことを想うと、エミリアの胸の奥には〝もやもや〟がふわりふわりと沸き上がった。それが腕を伝って、聖剣の柄、そして刀身に流れ込んでいくような感触があり……剣は静かに、輝きだした。


(いける! 〝(ソード)〟!)


 振るわれた虹が、音も立てずに空を駆ける。確かな手ごたえを感じたエミリアは、そのまま剣を仕舞った。素早く扉に近づき、取っ手を下げる。ドアは……開いた。


(中は……誰もいない。じゃあ、寝室ね)


 振り返ると、ちょうどガレットに続いて、イリスが上がり込んできたところだった。縄や精霊車を仕舞い、エミリアは二人を出迎える。

 三人。視線を交わして、頷いた。



 ☆ ☆ ☆



 執務室のバルコニーから、上の階へ登り、二人のために縄を垂らした後。

 星空の下の王都が、目に入って。

 ふっと、息を吐いた時。




「来るような気がしていたぞ、エミリア」




 内側から窓が開けられ、そう声を掛けられた。

 エミリアは慎重に呼吸して、笑顔を浮かべ。

 ゆっくりと振り返る。


「アイード国王陛下。カメリーナ王妃殿下。お久しぶりです」


 夜着の王と王妃の姿があって。


「よく来ましたね、エミリア」


 二人とも、笑顔で。

 エミリアは星空を背に。

 少しの涙を、にじませた。


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