08-09.信頼の絆に守られて。
深夜の、国王寝室。イリスを招き、ガレットを紹介した上で、エミリアは用件を切り出した。
「まず、やりとりについてはスキルで記録させていただきます。その上で、こちらはスキルで記録したパーシカム公爵からの情報を、そのままここで書きだしてお渡しいたします」
「わかった。だが待ってもらおう、エミリア」
アイード王に止められ、エミリアじっと待つ。
「まずは、お前の言葉で聞きたい。公爵の意図はなんだ」
(これは……私のこと、信用してくださってる、からかしら)
ならば半端な答えは返せまいと、エミリアは背筋を伸ばした。
「始まりのことを仰っているのなら、ただ予定通り祝賀の席にお招きしようとしただけ、でございます」
「なぜそう思う。父がそう言ったからか?」
「いえ。違うのならそもそも、わざわざ私を呼び寄せて、派遣いたしません。謀略の企図があるのなら、適当な手の者を向かわせ、いっそ緊張を煽るでしょう」
「道理だな。ではこちらの動きはなんと理解する」
問い返され、エミリアはこれまでを振り返る。見かけた軍や、帝国や公爵領の様子、そして王都の雰囲気を。
「あの軍、数年おきに行っている、公爵領での対魔物演習の参加者たちでは?」
王と王妃の表情は、動かない。しかし確信を持って、エミリアは続けた。
「領境の監視というよりも、待機を命じられたように見受けられました」
「本当に侵略に軍を出しているのかもしれんぞ?」
「でしたらもっと、人、物、金の動きがあります」
エミリアは首を振り、断定した。
「帝国からここまで辿ってきましたが、どこも商人たちは呑気なものでした。演習予定の王国軍が公爵領に向かっただけ……ではないのなら、それは予定にない動き。大きく物や金が動いたはずで、王都はもっと緊迫していたでしょう。ですが私、王都の検問では素通しでした」
言葉を切り、エミリアは国王を見つめる。どこか楽しそうな、王の青い瞳を。
「ここでは何の緊急事態も起きていない……いかがでしょう。国王陛下」
エミリアの問いかけに。
アイードとカメリーナが、ほおを緩めた。
「その通りだ。最初の手紙もただの招待状だったのだろうし、こちらが派遣している兵も演習のためだと理解されているだろう。ただ、手紙のやりとりだけが常におかしい」
「パーシカム公からのお手紙は、爵位を返上して国王になる、その就任式典に出させてやる……というものだったのよ」
(いやなにその朴訥な謀略は。もっと些細なずれを演出しない? こういうの)
エミリアは思わず唖然とする。彼女の隣に、控えていたガレットが進み出た。
「発言をよろしいでしょうか、オレン国王陛下」
「聞こう、ガレット嬢」
「はい。公爵家に届いた招待状への返事には、〝国軍を駐留させれば、独立を認める〟と書かれていたのです」
(属国扱いやんけ。もうちょっと段階踏めや)
苦笑いを浮かべ……エミリアは小さく息を吐いて、表情を整える。
アイードの言葉とガレットの言伝をまとめると。結局、互いに荒唐無稽な手紙が来ていたため、内々に処理してお互いの意思疎通を図ろうとしていたようだ。だが使者に持たせた親書すらもおかしく、真偽の確かめようがない。明らかに謀略の類であり、もしこの状況下で責任や権限を持った人間――例えば王子や公爵令息――を向かわせたら、道中で謀殺される可能性が高いだろう……王家も公爵家もそう判断し、手詰まりになっていたようだ。
「――――というわけでな。情報が王宮外へは出ぬよう遮断し、あくまで平時であると鎮め、問題ないと噂を広めようとしたのだが……時間はかかると見込んだが、そもそもうまく伝わっているか怪しいところがある」
「もしかして、逆の噂が広められているのでしょうか?」
「ああ。目下、出所を調査中だ。公爵領では、そのようなことは?」
アイードに聞かれ、エミリアはガレットに視線を送る。彼女は、首を横に振った。
「今のところは確認できておりません、陛下」
「では、謀略の中枢はこちらか……」
(となると問題は……誰がどうやって手紙を改ざんしているのか。無制限にそんなことができるスキルは、ないだろうし。最低限、手紙の近くにいないと無理よね? なら……鍵となるのは、親書)
エミリアは瞳をすいっと細める。一つ――心当たりが、あった。
「陛下。親書を開けた時、どなたか立ち合われませんでしたか? あと、公爵家に親書を送るときも」
エミリアの意図が読みきれなかったのか、王と王妃が顔を見合わせている。
「それは謁見の間で開けて、使者に返事も持たせたからな……いや、待てエミリア。何がいいたい」
エミリアは。
「その場に」
にやり、と笑みを見せた。
「レモール国のセラフ第十六王子が、ご参列ではなかったですか?」
「…………今の時点では、与太話と受け取っておこう。滅多なことは言えん。だが」
国王が眉根を寄せている。だがそれは、エミリアに対する疑念や否定ではなく。
「ウォレンツと共に、同席していた。それは確かだ」
信頼の証だと……エミリアには、そう感じられた。
「証拠があるわけでもありませんしね……もし証拠が出たら、どうなさいます?」
思いついて試すように尋ねると、アイードが笑い声を漏らした。
「正直、やりにくいところだな。王国がレモールを貶めるために、王子を罠に嵌めた……と言われたら、何とも言えぬ」
「自作自演を疑われるということですか。では同じ証拠を公爵から突きつけられた場合は?」
「王国としては、誠実に精査せねばなるまい。とはいえ、公国独立前となると……やはり国内の話となる。共謀を疑われるだろうよ」
「なるほど。公国が、セラフ王子の謀略であったと暴く……そういうやり方でなければ、面倒な国際問題になるということですね」
エミリアとアイードの視線が、交わされ。
「そういうことだ。もし証拠など掴んでも、こちらに持ってきてなどくれるなよ? エミリア」
「そう簡単に証拠など出るわけがございません。お戯れを、陛下」
お互いに、悪い顔を見せあった。
(でもこの妙に朴訥な感じ……何らかのスキルの制限によるもの、な気がするのよね。ひょっとしたら)
エミリアが内心、可能性を探っていると。
「ああ、ところで。公爵への返事についてだが……朝まで待ってほしい。確認せねばならないことがあるのだ」
(――――!)
アイードが突然、そう宣った。エミリアはそれが、後押しだと直感する。
「帰りは正門から堂々と出ていいのであれば、それで構いません。それとも、我々はどこかに隠れ潜んでいた方が?」
「いや、客間を使ってもらおう。だが使用人に案内させるわけにもいかない。エミリア」
エミリアはじっと王を見つめ、言葉を待つ。果たしてアイードは。
「西奥の一部屋だけ埋まっている。勝手は、わかるな?」
そうハッキリと――セラフの客間を、教えてくれた。
「はい。では女三人ですし、その隣の大部屋一つを使わせていただきます。ご配慮、ありがとう存じます。アイード陛下」
「エミリア」
エミリアが頭を下げると。
「お前は、公国に戻るのか?」
これまで自信に満ちあふれていた国王が、遠慮がちに零した。首を傾げそうになるのを思いとどまり、エミリアは素直に返す。
「そのつもりです」
「そうか」
「その」
彼の言い様が気になって。
「ジーク殿下は……近頃、どうしていらっしゃるでしょうか」
エミリアは、元婚約者のことを尋ねる。
「聖剣の紛失の責任をとって、自ら謹慎していたが……以降は目を見張るものがある。ウォレンツも、危機感を覚えたようでな。嫁探しに乗り出していたところ、レモールと縁があった」
妙に安堵し、ほっと息を吐く。そこへ。
「今なら、お前がジークに捕まっても、問題ないと思うがな」
「もう二度と、彼を愛することはありません。私は」
いたずらっぽく言われて、エミリアは少しだけ拗ねたように返した。
「伴侶を決めました。この命を捧げる相手を」
アイードとカメリーナが、目を見開いている。なんとなくだが、後ろでイリスが顔を真っ赤にしているような、気がした。
「…………そうか。公国とは、是非良い付き合いをしたい」
「おめでとう、エミリア」
「ありがとうございます、陛下、王妃様。それから」
素直に祝われ――エミリアは胸の奥が、ズキリと痛んだ。
「どうかお許しを。娘にと、請うてくださいましたのに」
「ジークの手綱を握り損ねた、我らの落ち度よ。許しを請わねばならぬのは、こちらだ。エミリア」
「それにエミリア。勝手な話ですが……ジークの嫁にならなかった程度で、あなたと縁が切れたとは思いません」
だが二人は、温かく、優しく告げる。
「この国の因習のような、妃選定。それを自らの力で勝ち抜いたあなたを、私は誇りに思っています。本当はもう少し、助けてあげたかったのだけれど」
「…………どうして、王妃様は。私のことを、そんなに」
エミリアが思わずそう零すと。
「そういえば……言っていなかったわね。私たち四人はね、そこそこ仲が良かったのよ」
(えっ……? もしかして、お父さま、お母さまと?)
予想外の事実を知らされた。彼女は息を呑み、王妃をじっと見つめる。
「今は、なかなか会えないけれど」
「だからこそ、信じている。メンターやクラリスのことも。もちろん……その娘の、お前のこともな。エミリア」
エミリアは重く告げる国王の言葉に、胸が、言葉が、詰まるようで。
固い絆に守られていたのだと。
そう思うと、熱いものがこみ上げて。
「国は、無才で無能の集まりで良い。それが我が国の指針だ。だが過酷な辺境では、それで立ち行かないのもわかっておる。メンターには、もう少し早く楽をさせてやりたかった。預かった大事な娘も、守ってやりたかった」
「そんな、私は!」
想いが、溢れ出た。
「私は十分、よくして、いただきました! 辛いとき、何度も励ましていただいたこと! 慰めていただいたこと! 忘れていません……!」
婚約者が信じられず、自ら捨てた後悔と。あったかもしれない〝もしも〟がないまぜになって。
イリスがいる以上、その選択は絶対になかったのだと……そう身につまされて。
「娘に、なりたいと! そう思っておりました……! ごめんなさい、ごめんなさい!」
どうしょうもない想いが。言っても誰かを傷つけるだけの気持ちが。
どうしても涙と共に。
零れた。
「謝るものではないわ、エミリア」
「そうだとも。むしろお前が、伴侶を見つけたというのならば」
それでも、二人は優しくて。
「祝わせておくれ。その未来を、幸せを」
「陛下! 王妃様……!」
かつての別れの時にはなかった、暖かい涙が。
止まらなかった。




