15
「朔斗、私はどうしたら良いんだ?
誰を信じて、愛せば良い?」
私は警告に戸惑い、涙を流した時、彼は出会っていた。天からの運命に。
「私はあなたを殺さなければいけない」
武器を握り、首筋に刃を当てる少女。
「僕はね、彼女のために生きると決めたんだ。それを邪魔するなら消えてくれるかな?」
綺麗な表情を歪めて狂う、彼。
「あなたは彼女を殺す。だから、本当に愛してるならあなたが消えて。あなたは彼女を愛してない。あなたが愛しているのは、愛に満たされてる自分よ」
はっきりとした殺意を向ける少女。
彼女は続ける。
「僕は彼女が居なければ生きていけない」
「なのに、あなたは殺した」
「だって、彼女は愛してくれなかったから。だからね、憎い相手だけど、彼を演じた。そしたら彼女は愛してくれた、なのに僕は満たされない」
人とは思えないくらいに狂気に満ちた表情。
少女は思わず後ずさりする。
「だからね、壊そうと思ったんだ。あいつが残した歴史を全て……! そしたら完全に僕はあいつに勝つ。あいつが手に入れられなかったもの全て、俺は手にしたことになるのだから!」
そう言って、狂ったように彼は笑う。
ひたすらにただ平常心を忘れたように笑って、笑って、笑った後、一瞬だけ悲しそうな表情をした後、片目から一筋だけ涙を流した。
そんな彼を見て、少女は言った。
「可哀想な人」
同情するような顔をする少女を、歪んだ表情をして、彼は平手打ちをした。
「同情なんていらない!!」
少女は、あなたに同情なんてしてないわと声を出さずに、そう口を動かした。
そして……。
「だから、死んで」
そんなことがあったなんて知らずに、私はただ予言を告げられた夢に対して動揺していた。
家に着いて、雪くんが刺されたと言うことを兄上から聞いた。腹部を深く刺されたようだと。
傷跡すらないにもかかわらず、ズキリッと肌が割れたような痛みが腹部に走る。
……前世の私の死因……。
……これは偶然なのだろうか?
そう考えたと同時に腰から力が抜け、服が汚れることを躊躇わず、地面へと座り込んだ。
地面へと服がつくかつかないかのギリギリのところで、朔斗の手が私の腰へと回り、支えてくれた。心配そうな顔をする朔斗の顔をみて、ふと我に返った。
「さくとぉ……、ゆめぇ……。
私、家族以外は信じられないかもしれない。もう誰を信じていいのか、わからなくなってきた……。誰が、本当の私を見てくれてるの?」
私は一筋、涙を流せば、朔斗は流した涙を人差し指で指先で拭ってくれた。
「信じなくていいんです。
ですが、私はあなたを裏切りません。
あなたがあなたである限り、私は……いえ、俺はあなたの味方であります」
力強く、朔斗はそう宣言するように言った。
夢も朔斗の言葉を同じ意見なのか、力強く何度も何度も首を縦に頷く動作をして見せた。その2人の姿を見て少しだけ体の力が抜けたような気がする。
私は気付いてしまった。
私が愛していた人はきっと、私が憎むべき存在だったと言うことに。
でも、憎しみにかき消されることなく、愛しさも私の中に残ってしまっている。
もし、もしも……。
前世で強く関わりがあったとしたのなら、時間はかかるかもしれないけれど、私はきっと……、いつかは彼のことを愛していたかもしれない。
あの事件の犯人でなければ、の話だが。
だからね、雪くん。
私はあなたのことが好きです。
でも、私はあなたを憎いとも思う。
側にいれば……、些細なことであなたを完全に憎んでしまうことだろう。
だからさ、もうダメだ。
あなたの側にはもう、いられない。
だけど、あなたは危うい。
今、私があなたの側から消えたとしたのなら、あなたはきっと、また私を……。
でもね、雪くん。
この世界は広いんだよ。あなたが好きだと感じる人は出会っていないだけで、いるはずだ。
雪くんの私への気持ちを嘘だとは言わない。
だけどね、雪くん。
きっと、前世での雪くんの思いは、恋じゃないと思うんだ。私への気持ちよりもね、あの方に勝ちたい、と言う思いの方が強いと思う。
だからね、雪くん。
未来の雪くんの隣は、私じゃない。
私も、雪くんも。
わずかに恋心もあったかもしれない。
だが、この感情は……。
……執着心、だったのかもしれない。
「朔斗……。探して欲しい人がいるの」
あなたを信じたい。
だから、あえて信じたいと告げないで、私は朔斗にそう頼みごとを切り出した。
朔斗はそんな私に優しい表情を向けて、優しい声でこう返事をしてくれた。
「私は私の意志でしか動きません。
私はあなたのためなら何だって出来る、あなたは私の唯一の姫だから。私はあなたのためになるのであれば、私の意志であなたの命に従いましょう。
……全ては姫の仰せのままに」
朔斗は、何も聞かず動いてくれることを約束してくれた。まるで私が何を頼みたいのか、内心を見透かしているようだった。
ああ、懐かしいことを思い出した。
朔斗は、私の妹によく似ているな。
前世、性別を偽るために両親を説得して戸籍を抜いてもらったが、兄弟関係も、もちろん親子関係も良好で、妹の長女に1度だけ会ったことがある。
その1年後、私は通り魔に遭ってしまったから1度しか会うことが出来なかったが。
確か、その日。私はお腹にまた子供が出来たと妹から電話で知らされたんだったと思う。
それを聞けただけ私は幸せだった。
私の望みはただ一つ。
雪くんの前世が誰であれ、彼には幸せになって欲しいと言うことだ。
私にはそれが出来ないから。
そうすることに迷いが生まれてしまったから、だから私には雪くんの幸せを見守ることしか出来ない。その選択だけは誰にも覆せない。
そんな私が朔斗に命じたこと、それは雪くんのことを傷つけた暗殺者を見つけ出せ、それだけだ。
恐らく、雪くんの暗殺を実行したのは女だろうと思う。彼は、男性には躊躇しないから。
雪くんは自分が汚れ役になろうとも構わない、そう考えるタイプの人間だ。
暗殺者としての技術、場数が高ければ高いほど、雪くんには勝てない。
雪くんは強い、そして躊躇いもない。何より、警戒心が異常なほど強い。
似た者同士である私は、彼を守ることが出来ない。必ず、ああすればよかったと後悔する日が遅かろうと早かろうとやってくるだろう。
だから、私はこの物語の裏方になる。
時には代役だってやってやる。
それが例え悪役だろうとも。
悪役をしたとしても、事前に父上や兄上に相談してからやるつもりではある。
また、戸籍は抜くまでにはいかないが、前世のような手段を取り、表舞台から消えるつもりだ。もし悪役をし、エンディングを迎えたら、私は今立てている計画の責任者として名前を変えることになるだろう。
今世は性別を変えるつもりはないが。
やるとしても、化粧で顔を変えることくらいだろう。化粧だけで、別人の顔になれるくらいの腕は持っている。雪くんにはその特技を念のため隠していたから、恐らくばれることはないはず。
雪くんの幸せを決意したことで、私は……。私はもう……、後戻りすることなんて出来ないことに気付いてしまったんだ。
初めて出会ったあの日。
妖しげな雰囲気に目を奪われた。
私に側にいて欲しいと言われたあの日。
そんな雪くんに私は……、自分でも気づかないうちに依存してしまっていた。
そして、今日。雪くんが刺されたとそう聞かされて私らしくないが、腰を抜かしてしまった。彼を失うことが怖かったから。
そんな私を支えてくれたのは、朔斗だった。欲しかった言葉を言ってくれた。
それで気付けたんだ。
……雪くんに初めて出会ったあの日から、依存心から私は私らしさを見失っていたことに。
それでも雪くんのこと嫌いになれないから、だから私は今から伏線作りに励もうじゃないか。
あれから10年が経った。
重症だったものの、命は助かった雪くんは、また暗殺されないかと心配された籐夜様の命により、護衛付きで学園に通っている。
目には目を、歯には歯を、暗殺者には暗殺者を……と言うことで、この学園には十数人もの手配された暗殺者が存在している。勿論、我が水月家からも手配させてある。
孤児院にボランティアに行った満さんに憧れた子供が彼に弟子入りし、優秀な人材なため、葉月家の力になりたいため、学園卒業まで雪くんの従者とさせたいと提案したら、籐夜様はこの提案に飛びついてくれた。
この提案には裏がある。
その従者は、秋葉のことである。
私より1つ年下である彼は、どんな主人に臨時で就こうと、私を絶対に裏切らないくらいの強い……いや、強すぎるくらいの忠誠心を持ってくれている。
だから、彼。……いや、彼らのことだけは私は心から信頼することが出来た。
超能力も安定している。
実戦をする授業だけ受けるように理事長からそう言われているし、それに手加減するようにも言われている。手の内を明かす訳にはいかない。
萌芽学園は、入学時に実力診断テストが行われる。その結果次第で、何の単位が学力が満たされているため必要ないのかなど、1人1人それぞれにあった日課表を作ってくれる。そのため、実力を隠しやすい。
理由として受けられる科目が多いため、誰が何の授業に出ているのかあやふやになりやすいと言うこと。そして、どんなに権力を持っていても誰がどんな日課表なのか、後悔しないため、実力者だとバレにくい。それは学園内での実力者のランキングを作らせないため、そして実力者同士の決闘を防ぐためでもあるらしいと聞かされている。
さて話は少しずれてしまったが、表上では書店である従者な秋葉も所属しているあの会社の責任者も、今では雪くんでさえ知られていないが、まあむしろ知られてはならないのだが、事実上は私が責任者であり、何があろうと引き継ぎは私になるとそう決められているから、自分の持つ術を全世界に散らばっている彼らや血縁者以外に知られる訳にはいかないのだ。
そう自分の部屋で考えていると、ノック音が聞こえてきて、どうぞと部屋に入ることを許せば、私に用事があったのはどうやら朔斗だったらしい。
今では三十路近いと言うにも関わらず、若い時よりもさらに男前度合いが上がっている。最近、朔斗はオールバックにしたのだが、それもよく似合っている。
「姫、手配完了しました」
その一言で何の手配が終わったのか、理解するには私には十分だった。
あの手配が上手く行ったことに対して思わず、口角が上がることを抑えれなかった。
「ありがとう。
朔斗なら、出来るって信じてた。
こんなに早く彼女のことを手配出来るとは、嬉しすぎる誤算だよ。さすがは私の優秀な秘書、仕事が早い。さて、そろそろ始めるとするかな。
朔斗、計画第2段階に入るぞ。そのことを今回の計画の役者に連絡を入れて欲しい。
朔斗は引き続き、2期生、3期生、4期生の指導を頼む。特に4期生には芸術部門に長けている者が多い、社交場での身の振り方には力を入れてくれ」
私の指示に彼はにこやかな笑みで、
「かしこまりました、姫。
全ては我が姫の仰せのままに。
ああ、それから姫? ご報告があるのですが、よろしいでしょうか」
そういつもの決め台詞を言ってきたのだが、相変わらず切り替えも早いものだと考えつつ、朔斗の話を聞く態勢に入ればまたにこやかな笑みを浮かべて、話し始めた。
「2期生に、右腕候補を発見しました」
その言葉に私はニヤリと笑った。




