回収日
火曜日。
午前六時四十二分。
川南三丁目。
ごみ収集車が、
住宅街をゆっくり進んでいた。
黄色い回転灯。
低いエンジン音。
助手席の佐伯が、
次の集積所を見る。
「三袋です」
運転席の吉岡が言った。
「四つあるだろ」
「え?」
佐伯が数える。
一。
二。
三。
少し離れて、
電柱の横。
黒い袋が一つ。
「あれ指定袋じゃないですよ」
「知ってる」
「回収しないやつ?」
「回収する」
「どっちですか」
「最後に」
吉岡は、
車を止めた。
*
佐伯は、
清掃事務所へ配属されて三週間だった。
二十四歳。
それまでは、
市役所本庁の市民課にいた。
人事異動。
本人の希望ではなかった。
最初の一週間は、
筋肉痛になった。
二週間目で、
臭いには少し慣れた。
三週間目。
初めて、
戻るごみ袋を見た。
*
普通の三袋を先に積む。
家庭ごみ。
指定袋。
収集日も合っている。
最後。
黒い袋。
昔の市指定袋だった。
半透明。
現在は使われていない型。
袋の横に、
赤いマジックで小さく書いてある。
《七》
佐伯が聞いた。
「これ何ですか」
「戻るやつ」
「戻る?」
「燃やしても戻る」
佐伯は笑った。
「またまた」
吉岡は、
袋を持ち上げた。
「重さ四キロくらい」
「普通に回収するんです?」
「する」
「じゃあ何で戻るんです?」
「知らん」
袋を収集車へ入れる。
圧縮板が動く。
他のごみと一緒に、
奥へ押し込まれた。
吉岡が車へ戻る。
「次」
「いや、ちょっと待ってください」
「遅れるぞ」
「燃やしても戻るんですよね?」
「うん」
「何でそんな普通なんですか」
「毎週あるから」
*
黒い袋が最初に確認されたのは、
九か月前だった。
川南三丁目第七集積所。
火曜日。
可燃ごみの日。
指定外の古いごみ袋が、
一つ置かれていた。
中身。
新聞。
食品包装。
空の薬箱。
男性用の靴下。
古いタオル。
瓶の蓋。
乾いた茶殻。
破れた封筒。
危険物なし。
個人情報につながるものも、
ほとんどなかった。
収集員は、
普通に回収した。
翌週。
またあった。
同じ場所。
同じような袋。
中身も、
よく似ていた。
回収。
翌週。
また。
*
最初は、
不法投棄だと思われた。
近隣住民へ聞き取り。
防犯カメラ確認。
夜間巡回。
誰かが置いている様子は、
映らなかった。
ただ、
午前四時十三分。
映像が一度だけ乱れる。
四時十四分。
袋がある。
それだけだった。
*
清掃事務所では、
一度、
回収しないことにした。
指定袋ではない。
中身も分別不十分。
ルール上は、
収集しなくても問題なかった。
警告シールを貼る。
《収集できません》
翌日。
近隣住民から電話。
「ごみが残ってる」
次の日。
別の電話。
「カラスに荒らされてる」
三日目。
「道に散らかってます」
清掃職員が現場へ行った。
袋は破れていた。
中身が、
歩道へ広がっていた。
新聞。
包装紙。
古い靴下。
薬の箱。
それらを集め、
新しい市指定袋へ入れ直した。
回収。
翌週。
元の黒い袋に戻っていた。
*
そこで、
事務所内で少し話題になった。
「誰か遊んでるんじゃないか」
「毎週?」
「暇なやついるだろ」
「防犯カメラは」
「映ってない」
「住民?」
「全員否定」
「まあ、否定するだろ」
係長が言った。
「一回、中身確認しよう」
机の上へ、
ブルーシートを敷いた。
袋を開ける。
新聞。
一九八九年。
地方紙。
次。
二〇〇四年のスーパーのチラシ。
次。
薬の箱。
製造は二〇一七年。
次。
菓子包装。
販売開始は二〇二三年。
一人の職員が言った。
「時代バラバラですね」
「一軒の家のごみじゃない?」
「物持ちいい家なら」
「薬の箱とか二十年取っとく?」
「知らんけど」
古い封筒。
宛名なし。
便箋もなし。
子供用の靴下が片方。
割れた櫛。
ペットボトルのラベル。
使い切った乾電池。
誰か一人の生活には、
見えなかった。
*
事務所は、
袋に印を付けた。
赤いマジック。
《一》
回収。
焼却場へ。
他の可燃ごみと一緒に投入。
燃焼確認。
翌週。
黒い袋。
赤い文字。
《一》
*
二回目。
《二》
今回は、
袋の中に金属製の識別札を入れた。
番号。
日付。
回収。
焼却。
翌週。
黒い袋。
中。
識別札。
番号一致。
日付一致。
*
そこで、
市の異常事案担当へ連絡した。
*
「危険性は?」
異常事案担当の女性職員が聞いた。
清掃事務所の係長が答える。
「今のところないです」
「接触した職員に健康被害」
「なし」
「臭気」
「普通のごみです」
「生物反応」
「カラスは来ます」
「そうではなく」
「分かってます」
担当者が記録する。
「増殖しますか」
「しません」
「毎週一袋?」
「一袋です」
「中身は毎回同じ?」
「微妙に違います」
「何が?」
「新聞が変わってたり、薬の箱が増えてたり」
「減るものは?」
「あります」
「規則性」
「分かりません」
「袋そのものは?」
「同じように見えます」
「焼却後も?」
「戻ります」
担当者は少し黙った。
「困っていることは?」
係長が答えた。
「回収しないと散らかります」
「……」
「あと苦情が来ます」
「……清掃上の問題ですね」
「だから来てるんです」
*
異常事案担当による調査が始まった。
袋の重量。
四・二キログラム。
表面温度。
外気温とほぼ同じ。
放射線。
異常なし。
電磁反応。
異常なし。
内容物。
いずれも通常品。
袋。
樹脂。
普通。
識別札。
普通。
映像。
午前四時前後に出現。
出現瞬間は、
記録できない。
カメラを増やした。
四台。
熱画像。
一台。
それでも、
袋は現れた。
*
ある火曜日。
担当者が、
袋を別の集積所へ運んだ。
川南三丁目から、
三キロ離れた場所。
回収。
翌週。
元の第七集積所に戻った。
*
次。
焼却せず、
異常事案担当の保管庫へ置いた。
施錠。
監視。
翌週。
保管庫は空。
川南三丁目。
黒い袋。
*
さらに、
袋を開け、
中身を十か所へ分けた。
新聞は資源回収。
乾電池は危険物。
布類。
可燃。
瓶の蓋。
不燃。
それぞれ別々に処理。
翌週。
黒い袋。
中には、
新聞。
乾電池。
靴下。
瓶の蓋。
全部戻っていた。
*
「すごいですね」
佐伯が言った。
休憩室。
吉岡は弁当を食べている。
「何が」
「全部戻るんですよね」
「うん」
「怖くないんですか」
「別に」
「何で?」
「臭いだけだから」
「そういう問題ですか」
「人襲うの?」
「襲わないですけど」
「増える?」
「増えない」
「車壊す?」
「壊さない」
「じゃあいいだろ」
佐伯は、
少し考える。
「でも原因とか知りたくないですか」
吉岡が卵焼きを食べる。
「調べた人が分からんのに、
俺に分かると思う?」
「それはそうですけど」
「午後もあるぞ」
*
集積所の前には、
昔、
一軒家があった。
木造二階建て。
取り壊されたのは二十二年前。
住んでいたのは、
老夫婦。
夫が先に死亡。
妻はその三年後、
病院で死亡。
子供は県外。
土地は売却。
道路拡幅。
一部が、
現在のごみ集積所になった。
異常事案担当は、
親族へ連絡した。
「ごみ袋について心当たりは?」
「ありません」
「昔、この場所へごみを出していました?」
「家の前に出してたとは思います」
「袋の特徴は?」
「覚えてません」
「新聞は取っていました?」
「普通に」
「薬」
「母は飲んでました」
そこまでだった。
袋の中には、
老夫婦の死後に販売された商品もある。
関係があるのか。
ないのか。
分からなかった。
*
別の説も出た。
集積所そのものに、
ごみの記憶が残っている。
過去に出されたものの一部が、
再現されている。
では、
なぜ一袋なのか。
なぜ火曜日なのか。
なぜ午前四時台なのか。
分からない。
誰かの生活の残滓。
土地の異常。
ごみ収集という行為そのものに反応している。
どれも、
証明できなかった。
*
調査開始から二か月。
異常事案担当は、
追加研究の必要性を低いと判断した。
報告書。
《現象は反復性を有する》
《現時点で人的危害なし》
《拡大傾向なし》
《周辺環境への影響は、通常の未回収家庭ごみと同程度》
《焼却その他の処理による現象停止は確認できず》
《継続監視》
清掃事務所へ、
対応方針が返された。
*
係長が読んだ。
「継続監視だって」
吉岡が聞く。
「で、回収は?」
「清掃事務所で対応」
「じゃあ今まで通りじゃん」
「そうだな」
若い職員が聞く。
「毎週焼却するんですか」
「する」
「戻るのに?」
「戻る」
「意味あります?」
係長が答える。
「その週の分は片付くだろ」
*
そこから、
運用が決まった。
火曜日。
川南三丁目第七集積所。
通常ごみを先に収集。
最後に、
黒い袋を回収。
袋が破損している場合は、
その場で内容物を回収。
異常な増量。
異臭。
生物発生。
内容物の大幅な変化。
その他、
通常と異なる状態を確認した場合のみ、
異常事案担当へ連絡。
それ以外。
通常収集。
*
半年。
特に変化なし。
一年。
一袋。
毎週。
夏。
冬。
雨の日。
雪の日。
祝日。
火曜日が来れば、
袋がある。
*
一度だけ、
大雪で収集が一日遅れた。
水曜日。
吉岡たちが集積所へ行く。
黒い袋は、
あった。
佐伯が笑う。
「火曜じゃなくてもあるんですね」
「昨日出たんだろ」
「回収来ないのに?」
「ごみ出す側は知らんだろ」
「誰が出してるんですか」
「知らん」
袋を積む。
*
佐伯が配属されて、
半年が経った。
もう、
朝の収集にも慣れた。
袋を見る。
分別。
積む。
次。
住民に挨拶。
カラス除けネットを直す。
道路へ落ちた包装紙を拾う。
収集車がいっぱいになれば、
焼却場へ戻る。
また出る。
火曜日。
川南三丁目。
佐伯が先に車を降りる。
通常袋。
五つ。
資源ごみの混入。
一つ。
「これ残します?」
「シール貼って」
「はい」
最後。
黒い袋。
佐伯が持ち上げる。
「あれ」
吉岡が振り返る。
「何」
「ちょっと軽い」
簡易計量。
三・六キログラム。
前週より、
約六百グラム少ない。
佐伯が袋を見る。
「連絡します?」
吉岡が考える。
「大幅?」
「基準、一キロ以上です」
「じゃあしない」
「了解」
佐伯は、
袋を収集車へ入れた。
*
数週間後。
佐伯は、
新しく入った会計年度任用職員と一緒に回っていた。
二十代後半。
初日。
川南三丁目。
新人が集積所を見る。
「一袋、古い袋ありますよ」
「それ最後でいいです」
「指定袋じゃないですよね」
「回収します」
「いいんですか」
「それだけ別です」
「何で?」
佐伯は、
一瞬だけ考えた。
「戻るから」
新人が笑った。
「またまた」
佐伯は袋を持つ。
「ほんとですよ」
「どこに?」
「ここに」
「誰が?」
「知らないです」
「調べないんですか」
「調べました」
「で?」
「分からなかったです」
新人が袋を見る。
「じゃあどうするんです?」
佐伯は、
収集車の投入口を開けた。
「回収します」
袋を入れる。
圧縮板が動く。
黒い袋は、
他の家庭ごみと一緒に、
奥へ消えた。
「次行きますよ」
「はい」
収集車が動き出す。
川南三丁目を離れる。
*
翌週。
火曜日。
午前四時十四分。
第七集積所。
防犯カメラ。
誰もいない。
道路。
街灯。
閉じた家々。
画面が、
一瞬だけ乱れた。
戻る。
黒い袋が、
一つ置かれている。
それ以上、
何も起きなかった。
*
市清掃事務所。
川南地区収集経路表。
火曜日。
十四番目。
《川南三丁目第七集積所》
その横に、
小さく手書きで追記されていた。
《戻り袋あり》
《最後に回収》
翌年度の経路表にも、
同じ文言が引き継がれた。
原因は、
分からなかった。
消す方法も、
分からなかった。
だが、
火曜日になれば、
回収車は来た。




