通常業務
午前四時十四分。
川南三丁目。
防犯カメラの映像が、
一瞬だけ乱れた。
戻る。
第七集積所。
黒いごみ袋が、
一つ置かれていた。
*
午前六時十二分。
市内北部。
新聞配達のバイクが走る。
交差点。
赤信号。
運転手が止まる。
道路の向こう側に、
白い服の女が立っている。
信号が青になる。
バイクが進む。
女はいない。
運転手は、
特に止まらなかった。
*
午前七時三十分。
市立中央図書館。
職員が入口を開ける。
照明。
空調。
返却ポスト。
新聞。
予約資料。
一階閲覧室。
窓際の席は、
空いている。
指定棚には、
本が一冊置かれていた。
その横。
メモ。
《二階東側の時計が三分遅れています》
職員が時計を見る。
本当に三分遅れていた。
直す。
*
午前八時十九分。
警察署。
三宅が、
自動販売機の前で財布を探していた。
「ない」
黒田が横を通る。
「何が」
「百円」
「知らない」
「先輩持ってません?」
「あるけど」
「貸してください」
「昨日も貸しただろ」
「返しましたよ」
「いつ」
「昨日」
「返されてない」
三宅が考える。
「じゃあ今日返します」
「今借りたら増えるだろ」
「細かいですね」
黒田は自動販売機へ硬貨を入れる。
「仕事だからな」
「それ関係あります?」
無線が入った。
二人とも、
そちらを見る。
*
一件目。
落とし物。
駅前。
財布。
現金一万八千円。
免許証。
ポイントカード。
拾ったのは、
高校生だった。
「中、見ました?」
三宅が聞く。
「名前見るためにちょっと」
「現金は?」
「触ってないです」
「ありがとうございます」
高校生が聞く。
「持ち主に連絡いくんですか」
「連絡先分かれば」
「お礼とか別にいらないんですけど」
「その辺は手続きあります」
「面倒ですね」
「そうなんです」
黒田が書類を書く。
*
二件目。
スーパー。
店員と客の口論。
「俺は払った」
「レシートがありません」
「捨てたんだよ」
黒田が聞く。
「何を買ったんですか」
「豆腐とネギ」
「金額は?」
「二百いくら」
防犯カメラ確認。
客は払っていた。
レシートも、
店のゴミ箱から出てきた。
「ほら」
客が言う。
店員が謝る。
客も、
少し言い過ぎたことを謝る。
終わり。
*
三件目。
犬。
住宅街。
首輪だけ残して、
庭からいなくなった。
飼い主の女性は、
半分泣いていた。
「門、開いてました?」
「閉めたと思います」
「犬種は?」
「柴の雑種です」
「色」
「黒っぽいです」
「名前」
「ゴン」
三宅が周辺を探す。
黒田は近所へ聞く。
二十分後。
ゴンは、
二軒隣の庭で寝ていた。
柵の下に、
掘った跡があった。
飼い主が抱きしめる。
「本当にすみません」
「穴、塞いどいてください」
「はい」
ゴンは、
特に反省していなかった。
*
午前十一時四十八分。
市役所。
危機管理課。
真壁亮介から、
連絡。
《明日午前十時頃、市役所西側駐輪場で自転車が倒れます》
担当者が聞く。
「一台ですか」
『たくさんです』
「原因は?」
『風だと思います』
「怪我人は?」
『見えません』
「分かりました」
担当者は、
天気予報を見る。
翌日。
強風注意報の可能性。
施設管理へ連絡。
《西側駐輪場 転倒防止確認》
それだけだった。
*
正午。
黒田と三宅は、
コンビニの駐車場にいた。
三宅はおにぎりを食べる。
「平和ですね」
「そうだな」
「最近ずっと何かありましたからね」
「いつも何かあるだろ」
「そういう何かじゃなくて」
「じゃあ何」
「赤い家とか」
「もうないだろ」
「予知とか」
「真壁さん普通に仕事してるだろ」
「澪さんのこととか」
黒田が弁当を食べる。
「それも今は何もないだろ」
三宅は少し考える。
「何もないって、いいですね」
「当たり前だろ」
無線。
二人が止まる。
三宅がため息をつく。
「言ったそばから」
*
午後十二時三十九分。
中央公園。
通報内容。
《ベンチに幽霊が座っている》
*
公園は、
昼休みの人間でそれなりに混んでいた。
会社員。
子供。
高齢者。
ベビーカー。
鳩。
三宅が辺りを見る。
「どれです?」
通報者の男性が指差す。
「あそこ」
木陰。
古いベンチ。
一人の男が座っている。
七十代くらい。
灰色の上着。
黒いズボン。
帽子。
普通の老人に見える。
ただ、
向こう側の木が、
身体を通して薄く見えていた。
三宅が言う。
「いますね」
「いるな」
二人が近づく。
老人は、
正面を見ていた。
黒田が声をかける。
「こんにちは」
反応なし。
「聞こえます?」
反応なし。
三宅が横から覗く。
目は開いている。
瞬きはしない。
「体調悪いですか」
返事なし。
黒田が通報者へ聞く。
「いつからいます?」
「昨日もいました」
「ずっと?」
「昼に見るといるんです」
「夜は?」
「知らないです」
「何かされました?」
「いや」
「誰か追いかけたとか」
「ないです」
「声出した?」
「ない」
「じゃあ何で通報を?」
男性は、
少し困った。
「幽霊だから」
「そうですよね」
黒田は、
もう一度老人を見る。
ベンチに座っている。
それだけだった。
*
一応、
異常事案担当へ連絡。
既知の対象ではなかった。
簡単な確認。
周辺温度。
異常なし。
接近。
反応なし。
人間が隣へ座る。
反応なし。
ベンチを占有している以外、
特に問題なし。
市職員が聞く。
「公園管理上、何かあります?」
公園担当者が老人を見る。
「ベンチ一人分使ってます」
「それだけ?」
「今のところ」
「清掃は?」
「できます」
「芝刈り」
「関係ないです」
「じゃあ」
職員は端末へ入力する。
《中央公園―新規人型異常》
《会話不能》
《能動的行動なし》
《危険性確認されず》
《経過観察》
三宅が聞く。
「このままですか」
「何か変われば連絡ください」
「誰が?」
公園担当者。
「こっちで見ます」
黒田が言う。
「じゃあ戻るぞ」
三宅が老人を見る。
「本当にいいんですかね」
「何が」
「幽霊ですよ」
「だから?」
三宅が少し笑う。
「いや」
「何かしてた?」
「座ってます」
「それだけ?」
「はい」
「じゃあいいだろ」
*
二人が公園を出る。
後ろでは、
小さな男の子が、
老人の座るベンチへ近づいていた。
母親が呼ぶ。
「そこ座るの?」
「うん」
男の子は、
老人から少し離れて座る。
母親も隣へ。
老人は動かない。
男の子はジュースを飲む。
それだけだった。
*
午後二時十三分。
中央図書館。
通常開館。
利用者百四十二名。
異常なし。
*
午後三時二十六分。
川南三丁目。
清掃事務所。
午前中に回収した黒い袋は、
焼却施設へ搬入済み。
特記事項なし。
*
午後四時十一分。
市内西部。
道路工事現場。
地下から、
人の声のようなものが聞こえる。
作業停止。
確認。
近くの排水管から、
ラジオ放送が反響していた。
異常事案ではなかった。
工事再開。
*
午後五時四十分。
警察署。
財布の持ち主が来た。
五十二歳。
会社員。
「いや、本当に助かりました」
受付で、
何度も頭を下げる。
三宅が拾得物を渡す。
「中身確認してください」
「はい」
「現金」
「あります」
「カード」
「あります」
「大丈夫ですか」
「大丈夫です」
男が財布を抱える。
「拾ってくれた子にお礼したいんですけど」
「手続き説明しますね」
*
午後六時二十分。
中央公園。
昼間の老人は、
いなくなっていた。
ベンチ。
空。
公園管理職員が記録する。
《午後十八時二十分 対象確認できず》
翌日の昼。
また同じ場所に座っていた。
*
午後七時。
市立中央図書館。
閉館準備。
利用者退館。
消灯。
午後九時十二分。
窓際。
高瀬美知子が、
本を読んでいた。
警備員が通る。
「こんばんは」
『こんばんは』
「時計、ありがとうございました」
『直りました?』
「直りました」
『よかったです』
「今日は何読んでるんです?」
高瀬が表紙を見せる。
「長そうですね」
『長いです』
「無理して今日読まなくていいですからね」
『明日もありますか』
「たぶん」
高瀬は、
また本を開いた。
*
午後九時四十八分。
黒田と三宅。
勤務終了。
三宅が署から出る。
「疲れた」
「普通だろ」
「今日は普通の疲れですね」
「何それ」
「分かりません」
二人は途中まで同じ道を歩く。
交差点。
コンビニ。
店内のテレビが見える。
三宅が立ち止まった。
「あ」
「何」
「久世さん」
黒田も、
一応見る。
ニュース番組。
久世宗一。
司会者が質問している。
『久世さんは、人間と異常存在が本当の意味で共存することは可能だと思いますか』
久世は、
少し考えた。
『もうしているでしょう』
司会者が聞き返す。
『もう?』
『はい』
久世は答える。
『ずっと前から』
『上手くできているかは、別として』
三宅がテレビを見る。
「いいこと言いますね」
黒田は、
コンビニへ入る。
「コーヒー買う」
「聞いてました?」
「聞いてた」
「感想は?」
「別に」
「先輩、本当にあの人に興味ないですよね」
「テレビの人だろ」
「まあそうですけど」
*
二人は、
河川敷を通った。
夜。
街灯。
橋。
川。
澪がいる。
三宅が手を上げる。
「こんばんは」
『こんばんは』
黒田も軽く頭を下げる。
澪が聞く。
『仕事終わり?』
「終わりです」
三宅が答える。
『今日は?』
三宅が少し考える。
「財布と」
「犬と」
黒田が言う。
「豆腐」
「豆腐は別に私たち何もしてないじゃないですか」
「あと公園」
「ああ」
澪が聞く。
『何かいた?』
「幽霊です」
三宅が答える。
澪は、
少し黙る。
『大丈夫だった?』
「座ってるだけでした」
『そう』
澪は、
それ以上聞かなかった。
*
三宅が言う。
「じゃあまた」
『また』
黒田も歩き出す。
少し進んで、
三宅が聞く。
「先輩」
「何」
「公園の幽霊、何なんでしょうね」
「知らない」
「気にならないですか」
「少しは」
「調べたいとか」
「調べる人が調べるだろ」
「正体分からないままでいいんですか」
黒田は、
少し考えた。
「困ったら考えればいいんじゃない」
「そんなもんですか」
「そんなもんだろ」
*
午後十一時二十七分。
市内。
病院。
最後の面会者が帰る。
消防署。
救急車が一台出る。
駅。
終電を待つ人。
コンビニ。
夜勤の店員が品出しをする。
中央図書館。
高瀬が本を読む。
中央公園。
ベンチは空。
川。
澪が立っている。
市役所。
真壁から届いた翌日の予知情報が、
施設管理の机に置かれている。
清掃事務所。
翌朝の収集経路表。
《川南三丁目第七集積所》
《戻り袋あり》
《最後に回収》
*
午前零時。
日付が変わった。
何かが終わったわけではなかった。
何かが始まったわけでもなかった。
怪異はいた。
能力者もいた。
神を信じる人も、
信じない人もいた。
分からないものも、
まだたくさんあった。
それでも、
図書館は朝になれば開く。
ごみは曜日になれば回収される。
事故の予知が来れば確認する。
危険なら止める。
困っていないなら、
そのままにする。
*
午前四時十四分。
川南三丁目。
防犯カメラの映像が、
一瞬だけ乱れた。
黒い袋が、
一つ置かれる。
*
午前六時十二分。
新聞配達のバイクが走る。
*
午前七時三十分。
中央図書館の職員が、
入口を開ける。
*
午前八時十九分。
警察署。
三宅が自動販売機の前で言った。
「先輩」
「何」
「百円貸してください」
「昨日返してないだろ」
「今日まとめて返します」
「増えてるじゃん」
無線が入る。
二人が、
そちらを見る。
街の一日が、
また始まった。




