4,過去
パトカーで現場に向かうのにそんなに時間はかからなかった。
川島と柊木が最初に調査していた場所から、殺人の報告があった場所まで数分。
どちらも渋谷内だ。
まさか、更に殺人事件が起きるなんて夢にも思っていなかった。
しかし、川島も自首してきたという犯人に対して不信感を抱いていたのは否めない。
通報を受けた時、かなり驚いた。
この事件は先程調べていたものとは別物なのだろうか?
それとも…
そんなことを考えていると、黙り込んでしまう。
頭の中で色んな思考が巡る。
結論は出ないまま、時間だけが過ぎていく。
「どうした?顔が強ばってんぞ」
「あ、いえ、少し考え事をしてて」
「それもいいが、ちゃんと捜査してくれよ?
足手まといにはならんことを期待してるぞ。
そういや、今取り調べしてるのって、お前の同期なんだって?」
「あ〜川原井のことですね。
同期ですけど、それが何か?」
パトカーのハンドルを握りながら、柊木が横目でチラッと川島の方を見た。
「いや、どんなやつなんだろうってな。
俺も姿は見たことはあるけど、そんなに話したことはねぇからな」
頭の中から事件のことを1度消して、川原井のことを思い返していた。
最近は話す機会が少なくなったが、同期ということで、かなり近くにいたことは事実。
昔は人当たりもよくて、話しやすいという印象を受ける人だった。
《《昔は》》。
過去を思い返して、彼との思い出を振り返る。
いい思い出ばかりでもなかった。
「あいつは、無愛想に見えて、いいやつですよ。
でも、たまに感情的になる時があって。
特に、凶悪な犯罪者相手だと、理性を失う時すらありました」
「理性?今のだけだと、かなり危ないヤツに聞こえるが、そんな奴に取り調べを任せて良かったのか?」
「それは俺も思ってます。
昔から感情的になる感じでしたけど、とある事件が川原井のことを変えてしまったんです」
「なんだ?その事件って」
思い出したくも無い記憶。
自身のことではないのに、自分の身に起こった出来事に思えるほどに脳内にこびりついている事件。
あの事件から川原井は変わってしまった。
話すことは少なくなり、自分よりも早い段階で昇進していった。
「俺より先に川原井は刑事になったんです。
その時、初めての事件があって。
それがかなり、彼にとっては辛いものでした」
運転をしながらも聞き耳を柊木は立てている。
ハンドルの操作は乱れていない。
「彼の彼女が殺されたんです」
運転に集中していた柊木が一瞬川島の方を向く。
乱れがなかったハンドルが少し傾いたが、何事もなかったようにバランスを取り戻す。
川島は柊木の顔を見てはいないが、なんとなく分かる。
おそらくは、かなり驚いたに違いない。
そりゃそうだ。
刑事になって初めての事件が、自分の恋人が殺されたなんて聞いたら驚かない方が難しい。
刑事になれた喜びを分かち合える人、なんなら、分かち合ったすぐ後だったかもしれない。
どんな気持ちだったのだろう?
同期として何か彼に出来なかっただろうか?
考える度に頭痛がしてきそうだった。
「それで?」
柊木は続けろと言いたげに言ってきたが、少し遠慮が混ざったような感じがした。
これ以上、踏み込んでいいものなのかを伺っているようだ。
別に隠すことでもなかったので、川島は話を続ける。
「犯人が捕まって、取り調べを川原井は立候補したんですよ。
あの時、俺は止められませんでした。
自分の恋人を殺した人間が目の前にいたらどうなるかなんて分かり切ったことだったのに。
案の定、暴力事件になる手前まで行ってしまいました。
間一髪でそれは回避されましたけど…」
柊木は何も言わずに、運転を続けた。
川島の頭の中には当時の記憶が鮮明に蘇る。
恋人の死体…
それを見たあとの川原井の顔。
涙を浮かべて、膝から崩れ落ち、死体に駆け寄ろうとしたのを他の警官に止められていた。
川島はその様子をただ見ていることしかできなかった。
あまりにも悲惨な光景だったのを覚えている。
金目当ての殺人ではなかったのだ。
単純な快楽殺人。
思う存分いたぶって殺したあと、その場で犯人が何をしたのかは明確だった。
死体から放たれる異臭とは別の匂い。
鼻をツンと刺激するが、男なら一度は匂いを嗅いだことがある匂いだ。
あろうことか、犯人は死体で快感を得ていた。
捕まったあとも、悲惨なもので、犯人は精神に異常をきたしており、人間とは呼びたくないほどに狂っていたと言える。
それからというもの、川原井の目から光が消えていった。
今はだいぶ回復したと思えるが、それでも、全盛期ほどではない。
今回も取り調べを行っているらしいが、犯人が川原井を大きく刺激することは防いで欲しいと心の中で思っていた。
「心配か?」
「え?」
「心配なんだろ?
また暴力事件を起こすんじゃないかって。
にしても、そんな奴がよく取り調べに選ばれたもんだ」
心配…。
暴力を起こしてしまうかもしれないということに関しては、そこまで心配をしているわけではなかった。
本当に心配なのは、川原井の心の方だ。
事件の取り調べを通して、彼の心が崩れてしまわないか、そっちの方が心配だった。
心を守るための壁が外からの攻撃で崩され、崩壊した時、まさにその時にこそ、彼は暴力事件を起こしてしまうのではないのか?
川島はそのように考えていた。
「その後は目立ったことはしてないので。
それに、優秀でしたからね、彼」
刑事として、大きな事件があり、それを乗り切ったことで彼は出世の道を歩んでいる。
だが、彼の心の穴を埋めるものはあるのだろうかと思う時もあった。
一生の傷を背負っていくのを見ているのは辛い。
例え、今の立場がどれだけ違くとも、少しの間でも同期として一緒にやってきた仲なのだ。
彼の心の穴を埋められるもの。
それは殺された恋人だけ。
つまり、一生埋まることはないのだろうなと、心無い考えが浮かぶ。
その度に、自分を殴りたくなる。
何とかしてやりたい。
でも、自分はその立場にはなれないのだ。
複数の人間を幸せにできる人間なんてそういるわけがない。
ましてや、自分は同性なのだから。
「着いたぞ」
パトカーが止まる。
渋谷というのもあり、野次馬が大量にいた。
既にバリケードテープが貼られ、中に入れないようになってはいるものの、事件の内容見たさに野次馬は数を減らすことを知らない。
それを食い止めるだけでかなりの重労働だ。
バリケードテープを潜り、中へと入っていく。
渋谷の街中、しかも、路地裏などの目立つ場所ではない。
完全な通り魔だ。
死体の状態を見ても、そう言える。
何ヶ所かを刺され、出血多量での死。
快楽のための殺人とは言い難いもの。
状態を見た時点で、今取り調べをしている人物とは関連付けられないと川島は思う。
しかし、どこか腑に落ちない。
彼が捕まった直後に、こんな殺人が起きるだろうか?
都合が良すぎる。警察は口にしないだけで、皆がそう思っていることだろう。
「身元は?」
「名前は、迫光太郎。
都内に住む普通のサラリーマンです」
「ご苦労」
柊木は死体を眺めている。
アパートの時と同じく手を合わせていた。
彼も同じことを思っているかもしれない。
そして、それは次の言葉で確信に変わる。
「一応、さっきの死体の身元が分かり次第、照らし合わせてみよう」
「はい」
嬉しかった。
その分、返事が妙に高ぶった返事になってしまった。
まるで、この状況を楽しんでいるかのように。
柊木もそう感じたのか、チラッと川島の方を見た。
「あ、やべ」と心の中で思い、下を向く。
下を向いたことにより、死体に目がいった。
どう見てもやはり、通り魔という他ない。
もし、快楽殺人をするなら、路地裏や人気のないところでやるはず。
完全に「殺す」ということに焦点が向けられている。
理由を川島は考えた。
つまりは、無意識のうちに取り調べ室の犯人の事件と関連付けようとしていたということ。
途中で、警官が2人に話しかけてきた。
「今、監視カメラをチェックしていたものから、とある写真が送られてきました」
2人は送られてきた写真を見る。
それは、志村が起こした事件のアパートのすぐ近くのものだった。
志村が自首をする1時間半前ぐらいにその近くを通っていて、自首をする数分前にもその場所を通っているのが確認されたのだ。
「急いで、この辺りの監視カメラもチェックさせるんだ!」
「はい!」
嫌な予感がする…
そのように思っていたのは川島だけではなさそうだ。
柊木も、まさかと最悪の事態を想定した。
写真に写った黒い影、意味深に顔を隠しているかのようにも見える。
コイツがこの近くの監視カメラにも映っていたのなら、共犯の可能性が高いだろう。
2つの事件は一気に関連性を持つこととなるのだ。




