3,違和感
取り調べ室の外で川原井は電話に出ていた。
現状のを課長に連絡をしているのだ。
課長の名前は白鷺礼司。
警察署内では、かなり優秀ではあるのものの、パワハラに近い熱血指導と言った感じだ。
しっかりとしているはずなのに、事件のことになると熱意がものすごい。
しかし、別に事件を解決したいがために、そんな熱意がある訳ではなく、そう見せることが大事だと思っているに違いないと川原井は考えている。
頑張っている姿を見せるということは、悪口を言われながらでも、ある程度の尊敬を与えられる可能性があるのだ。
どれだけ陰口を叩かれようと。
そんな白鷺に川原井は軽く信頼されていた。
川原井は良くも悪くも、人にあまり反論しない。
だから、白鷺にとっては使い勝手のいい手駒なのだ。
『犯人が自首した理由は聞き出せたのか?』
「感情に任せて、衝動的に行ってしまったと言っています」
『さっき起きた殺人事件との関係性はありそうなのか?』
「偶然にしてはあまりにも不自然すぎます」
『根拠はあるのか?』
「…」
何も言えなかった。
まだ分からない。
けれども、タイミングがタイミングだった。
犯人が捕まった時点での新しい殺人?
共犯の可能性は?
都合が良すぎるのではないのか?
志村という男が自首してきた、という事実。この疑問に答えることができないため、事件の共通性を見出してみたくもなる。
もし、志村がわざと捕まったのだとしたら?
色んな憶測が出てくる。
『根拠もないのに、関連付けるのはやめろ。
問題を大きくするだけだ。
お前は、取り調べを続けろ』
ブツっと電話を切られた。
言い方と声的に、完全にキレかかっているなと川原井は察する。
通話が切れた画面を見て、深呼吸なのかため息なのか分からない息をした。
また、取り調べ室へと戻っていく。
扉を開けると、そこには変わらず志村が座っている。
石井も椅子の背もたれにもたれかかっていたが、川原井が入って来たと同時に、パソコンに手を置いた。
志村はというと、入ってきた川原井の目を見つめて、ニヤリと笑みを浮かべる。
その光景はやはり不気味で、椅子に座るのを躊躇ってしまいそうになった。
椅子を引く時、ギギギと音を立てるが、いすの音が耳にこびり付きそうになる。
志村の声は椅子の音なんかよりもずっと耳に残るものがあった。
取り調べが終われば、それも消える。
なるべく早めに終わらせたいと、川原井は思った。
「何かあったんですか?川原井さん」
すっとぼけているようにも、本当に疑問を抱いてるようにも取れる言い方をされ、川原井は腹がモヤモヤした。
「別に、あんたとは関係ありませんよ」
「そうなんですか?
川原井さんと、後ろの方がものすごく切羽詰まった表情をしていたので。
もしかしたら、殺しでも起きたのかなって」
どっちだ?これはどっちなんだ?
殺しを匂わせているのか?
それとも、単に自分たちで遊んでいるだけなのだろうか?
現時点では分からなかった。
知っているのなら、教えて欲しいけどね。と言いたいのを必死にこらえる。
「いえ、そういう訳ではないので」
言葉を返した時、グンッと志村の目が見開いた。
一瞬で言葉を失うほどの眼力。
彼の口から放たれた「嘘をついてますね」という言葉。
その言葉に絶句する。
何とか相手に乗せられないように「嘘ではないですよ」と返した。
けれども「目を見れば分かるんですよ」とさらに言われる。
川原井は何も言わずに、疑問を持った表情で志村のことを見つめた。
「分かりませんか?刑事なのに?
人の目は嘘をつかない。
どれだけ巧妙に隠したとしても、目は正直だ。
人は過去を持ち、未来に向かっていく、その過程で今という一瞬を無駄に過ごしている。
目は過去を探すために必要な素材、しかし、目はありもしない未来を作り出すこともあるんだ。
最初に言ったように、目は正直。
嘘をついたこともバラしてしまう。
ありもしない未来を頭の中で作り出していることを話している相手に伝える。馬鹿みたいでしょ?」
志村の笑みは消えるどころか、時間が経つ事に不気味になっていく。
自分は今は本当に人間と話しているのだろうか?
それほどまでに、相手が人間ではないように思えてしまうのだ。
もっとも、川原井は人のことを殺すやつのことを「人間」とは呼びたくはなかった。
例え、衝動的、一時の感情、仕方なく皆に同情される理由であっても、殺したという事実が本人を人間ではなくしてしまう。
「じゃあ、今はどうやって嘘を見抜いた?」
嘘であることを隠しきれないと悟った川原井は殺人が起きたというのを開示することにした。
川原井は気がつかなかったが、後ろで石井が驚いていた。
相手の挑発に川原井が乗っていると感じたらしい。
けれども、その中から何かボロが出るのを待っているのだろう。
変わらず、キーボードを打つ音が淡々と聞こえている。
「人間は左から過去、右に行くにつれて未来というふうになっています。
そして、川原井さんは殺しが起きたと言って、そうじゃないと否定をした瞬間に、目が右を向きました。
僅かな動きです。
しかし、それがものがっている。
ありもしない未来を作り出そうとした、それが真実です。
確実ではありませんが、ある程度は合っているのではないかと」
試されていた。
図星ではあったが、ほんの少しの目の動きだけでそれを見抜かれたというのか?
これがデタラメで本当はコイツが殺人が起きることを知っているとしたら?
それこそ、この事件を関連付けるきっかけになり得る。
白鷺が憶測で動くなと言っていたことを見返して、手のひら返しをさせることだってできるのだ。
川原井は賭けに出た。
「そうだよ。
起きたんだよ。殺人が。
しかも、この近くで。おかしいと思うんだ。
あんたが捕まって、取り調べを初めてすぐに、殺人が起きる。
あまりにも都合がいいと思わないかい?」
「確かに都合はいいですね。
でも、殺人なんて、いつ、どこで起きるかなんて誰にも分かりません。
川原井さんは、もしかして、僕が殺したと?」
「あまりにタイミングが噛み合いすぎていて、関連付けたいと思ってるよ」
この時、川原井は後ろを振り返った。
そこには予想通り、困惑する石井の姿があった。
今の事件と、先程起きた事件を関連付けるなと言われた直後であるため、石井もその状況を理解し、関連付ける必要性はないと思っていたのだ。
警察全体がそう考えたいと思っていただろう。
既に捕まった犯人が、外の無差別殺人と絡んでいるなんて、こんな面倒なことはない。
しかし、取り調べ室の中で発せられた仲間からの言葉。
パソコンに打ち込んでいいものなのだろうか?
それが気がかりだったのだ。
石井の不安に答えるように、川原井は振り返り頷くことでパソコンに打ち込んでいいと伝えた。
これ以上の暴走はできないと思っていたが、何か掴めるのならと覚悟が決まっていた。
直後、川原井の後ろでまたあの高笑いが聞こえてきたのだ。
「ハハ…ハハハハ」
川原井は首を体が向いている方法へと戻す。
目線の先には笑みを隠しきれずに、爆発したような笑いを披露する志村の姿があった。
志村は話し始めるが、まだ笑いが完全に収まりきっていない様子だ。
机の端の方を右手で握り、力を込めている。
左手は膝の上にあり、どうなっているのか分からないが、パンパンという音がしたことで、膝を叩いているのは分かった。
「川原井さん、最高に面白いな。
僕がここにいるのに、殺しを僕と関連付けるなんて」
「別に、あんたがやったと思ってるわけじゃないよ。
でも、あんたが関与してるんじゃないかと思ってさ。
例えば、共犯とかさ」
「なるほどねぇ。共犯ですか。
それがどれだけ危険なことか知っていますか?
一緒にやれば、相手に裏切られる可能性だってある。
そんなリスクを背負ってまでやることでもないでしょ?
それに、僕は自首してきたんだ、なんでそんなやつと、今起きている事件を関連付けようとする?」
理由は川原井の中にあった。
コイツが自分で「殺しは初めてではない」と言ったためである。
それを聞き出すべきだと考えていた。
なぜ、今回は自首をしてきたのか、その理由だけが未だに考えつかないでいたのだ。
「話題を変えましょう。
志村さんは、殺しが初めてじゃないと言いましたね。
過去の殺しについて話していただけませんか?」
過去一。
過去一だった。
過去一、志村の目が開き、瞳孔もありえないぐらいに開いた。
まるで、取り調べ室を照らす明かりが目に入っていないかのように。
そして、口角も過去一あがり出す。
口の端が限界を突破し、目の方まで突き抜けてしまうかのように思えた。
もはや、人間の姿ですらなくなってしまうのではないかと思えるほど。
「初めてですよ。
こんな機会、滅多にないですから。
じゃあ、語らせてもらいましょうか」
志村はとても嬉しそうだった。
その姿はずっと、思っていたことだが、人間からかけ離れた存在に見えてしまう。
川原井は唾を何度も飲み込んだ。
ゴクリという音が、取り調べ室に木霊するのではないかと思えるぐらいには。
志村の嬉しそうな顔を見ながら心の中でこう呟いた。
『サイコパス野郎め』と。




