4,推理
パソコンの画面を見せても、黒崎は動揺を一切見せなかった。
それどころか、状況が優勢に動いたかのように席に戻る。
スマホを操作し、志村に画面を見せた。
志村は画面を見るなり、驚愕して椅子から飛び出るように立ち上がる。
壁へともたれかかり、呼吸が荒くなっていた。
顔は泣き出しそうになっており、せっかくのイケメンの顔も少し惨めったらしく見えてしまう。
過去一で動揺を見せた志村。
石井は最初の頃に感じたサイコパスな志村のことなど忘れかけている。
「席に戻ってください。志村さん」
恐る恐る志村は席に戻った。
椅子に座る動作が遅く、椅子を引くのもかなり遅い。
ギギギと椅子を引きずる音がゆっくりと耳の中へと入ってくる。
変わらず、志村の顔には焦りが見えていた。
「知らないわけはないですよね?
あなたが口にした名前、白鷺加奈子さんが自殺した。
そして、この人こそが、志村さん、あなたの共犯者だった」
打ち込みながらも、事実を2度見したくなる。
白鷺礼司の娘が、志村の共犯者?
無差別殺人を犯していた共犯者がなぜ死んだのか。
石井は自分なりの推理論を出そうとしたが、無駄だった。
その前に黒崎がものすごい速さで話だし、パソコンに内容を打ち込まなくてはいけなくなったからである。
「今分かった情報なんですけど、加奈子さんの服のポケットからスマホが見つかったそうなんですよ。
で、意味深にパスワードがカバーの中に入っていた。
解除してみると、とある動画の画面だったそうです。
そこにはこの事件の全容が載っていた。
見れば確実に真実に辿り着く。
でも、その前に私の推理を聞いてもらいましょうかね」
いかんせん、志村は言葉を一切発さない。
ただ、黒崎の方をジッと見つめているだけである。
観念したのか、黒崎のペースに飲まれてそれどころではなくなってしまったのか。
ともかく、これからここで、黒崎の推理劇が始まるのだ。
「まず、この計画、志村さんが考えたものではないでしょう?
計画は警察を錯乱させるために、しっかりと作られていたものでした。
ですが、あなたはここぞという時に、ミスを犯した。
私が警戒していただけですが、ミスをそそのかしたわけではありません。
わざわざ、警察に自首してまで計画を進めようとする人物がミスを犯す真似をするでしょうか?
いいえ、警戒するべきです」
志村は瞬きひとつせずに、黒崎の話を聞いている。
表情が固まったまま、ピクリとも動いたようには見えなかった。
「志村さんが衝動的に人を殺してしまった、というのは本当のことでしょう。
いつもなら、そんなことはしない。
殺すことに関しては、徹底的に行っていたはずです。
心を操り、自分の言うことならなんでも聞いてくれたという人間なら、見つからない場所に連れて行って殺すことなど容易かったでしょう。
だが、今回はそうはいかなかった。
喧嘩か揉め事の末に、衝動的に殺してしまい、死体の処理の方法が分からなくなったあなたは白鷺加奈子さんに助けを求めた。
結果、加奈子さんは志村さんにとある提案をした。
それこそが今回の事件です」
黒崎が話す度に、石井はパソコンに黒崎の言葉をものすごい速さで打ち込んでいく。
まるで小説の終盤を読んでいるかのような感覚になる。
自分で打っているが、内容は黒崎の口から次から次へと吐き出されているため、打ち込むと同時に読んで内容を頭に入れているのだ。
「まず、自首してきた理由ですが。
『自分が犯人に仕立てられている』というふうに見せかけるためですよね?」
タイピングの動きが1度止まり、黒崎の方を数秒見つめたあと、すぐに指を動かした。
指よりも頭が黒崎の言った言葉を理解しようと必死だったに違いない。
説明を求めたかったが、休まずに黒崎は口を動かしている。
「あなたが自首してきた時、志村さんが人を殺したという事実は言葉と死体でした。
そして、自ら捕まり、過去の殺人を話していく。
殺人を本当に過去に犯していたのか分からない状態にしたのは疑心暗鬼にさせるためでしょうね。
共犯者、つまりは白鷺加奈子は志村さんが話している間に無差別殺人を犯す。
途中、メッセージを残し、この事件が関連性を持っているというのを示した。
最終的には志村さんはサイコパスを演じさせられていた、白鷺加奈子が殺人を犯していたという偽の証拠を出す予定だってんでしょう?
『冤罪』を暴けなかった無能な警察、なんてベタなキャッチコピーをつけてね。
そうすれば、あなたは罪を逃れ、晴れて自由の身になれる。
衝動的に犯してしまった殺人を別の人間に押し付けることでね」
なるほど、と気がつけば石井は納得していた。
これまで分からなかった、志村が自首してきた理由。
それをいとも簡単に解いてしまった。
だが、志村は計画を最後まで実行することができなかった?
「志村さん、あなたは気がついていた。
この事件が、白鷺加奈子が作ったシナリオ通りに進んでいないことに」
少し、志村の顔が上がる。
「僕は、頭が悪いんです。
地頭も勉強する頭も。
そんな僕でも、さすがに察することができた」
「1つ目はあのメッセージですね」
「そうです」
「おそらくは、メッセージを書く際に血を使うなんて聞いていなかった。
ボールペンやマッキーで書くと聞かされていたはずです。
でなければ、あなたが焦ることはない。
『ペンで書く』と聞かされていたからこそ、予定と違う、血で書かれた文字を見た時、あなたは違和感を覚えたはず。
しかし、気のせいだと考え、計画を進めた。
そうでなくては、あなたは捕まってしまいますからね」
メッセージが血で書かれているというとは、見ればなんとなく分かった。
血で書く意味というのを考えてはいない。
黒崎の推理を聞いていると、意味があるようにしか思えない。
血のメッセージというだけで、そこまで分かってしまうのかと、半分疑わしく思えてしまう。
「2つ目は、ほぼ確信したんですよね?
死体の顔に般若のお面がつけられていた。
般若は女の恨み、嫉妬から浮かび上がるもの。
そこであなたは、この計画が自分が知っているように進んでいないことを理解した。
しかも、同時進行でもう1つ、確信に迫る要素が起きていた。
私が取り調べに来なかったことです」
気になってはいたこと。
川原井の背中を眺めながら思っていたことではあった。
いつまでも上のものが部屋にやってこない。
なぜ、いつまでも川原井が取り調べを任せられているのか不思議だった。
「そこに関しては私の独自の判断ですね。
私は川原井さんが、志村さんから何か成果を出してくれることを期待していたんです。
結果的に、計画と違うものになってしまった。
白鷺加奈子さんから、私が来ることを知らされていたんでしょう?
私は白鷺さんとは知り合いで、娘さんからも認知されていた。
そしてあなたは『そこまで優秀ではない』とか『サイコパスの考えで話せば丸め込める』なんて言われていたんじゃないですかね?
川原井さんを交代させた理由として『サイコ野郎』って言われたことを根に持っていましたね。
でも、その言葉を発したのはかなり前でした。
焦ったあなたは、どうにか川原井さんと話さない口実を作った」
「はい、そうです」
志村の顔にはもう気力がなかった。
頼みの綱はとっくに切れていたという事実を突きつけられた結果だろう。
素直に黒崎の話にあいずちをする以外にすることがなくなっているようだ。
それほど、黒崎の推理が的を得ているということだろう。
「油断させられるように仕向けられていたあなたは、凡ミスを犯した。
その後すぐに、白鷺加奈子さんは自殺を計りました。
彼女は頭もいいし、運動神経も良かったんでしょうね。
ここまでの殺人事件を組み立てたんですから。
ねぇ、志村さん」
「なんですか?」
「白鷺加奈子さんは、あなたが他の女の人と恋人ごっこをしているのを知っていたんじゃないんですか?」
「そんなはずはありません。
僕の前にいる時、彼女の目を見ました。
そこに疑いの余地はなく、僕をこよなく愛していた。
死体の場所に呼び出した時だって、他の女がいたことについて驚いてました」
「知っている上で、あなたに復讐するために恋人を演じていたとしたら?
本気で殺すために、本気で愛しているフリをしたのなら、あなたの目を欺くことができたかもしれない。
誰がどんな思いをしているのかなんて誰にも分からない。本人以外は。
浮気をしているのかも分からない。
誰にだって、その可能性はあったんです。
あなたはそこが甘かった。
これまで失敗したことがないから。
あ、そうだ、あなたが名前を出した柊木琴音さん。
ご自宅に行っている刑事から連絡がありましてね。
あなたが名前をあげられたのは、白鷺加奈子のお友達だったからだそうですね」
志村は言葉は出さずに静かに頷いた。
つまり、残りの2人は本当に志村が殺していたのだろう。
これが…事件の全容。
打ち込み終わった手が震えていた。
この取り調べ室には1人のサイコパスと事件をものすごいスピードで解いた刑事がいるのだ。




