3,自殺死体
人が少なく、死体も目立たない場所。
今までの無差別殺人にはそれが共通点だった。
犯人が人のいる場所を避けていたということ。
しかし、今回のは2つ違う部分がある。
1つ目はとても目立つ場所だったということ。
使われていないビルに死体はぶら下がっていたのだ。
ぶら下がっていた、というのは、殺されてから犯人に吊るされていたわけではない。
もう1つの違う部分は死体が自殺死体であるということなのだ。
もっとも、解析がされるまでは殺されたのか自殺なのかは半信半疑であった。
川原井が現場に到着した時、マスコミと野次馬の量は今までとは比べ物にならないものだった。
波のように押し寄せる人間をどうにか抑える。
深夜を回ってもまだ人の数は減ることを知らないらしい。
白鷺の自宅からパトカーで移動中に報告を受けた時は「またか」と半分諦めの気持ちが勝っていた。
無差別に人を殺している犯人を捕まえるなど、ほとんど無理と言わざるを得ない。
どこでいつ起きるか分からない殺人を前もって止めることなど不可能なのだから。
数分後、その場に川島も到着する。
顔を見合せた2人は何も言わずに、お互いに近ずき、現場に足を踏み入れた。
報告があった通り、死体が首を吊った状態でビルの屋上からぶら下がっている。
顔は目を瞑り、思いのほか綺麗だった。
綺麗だったが故に、その顔はとある人物に似ていた。
「ま、まさか…」
川原井はスマホで写真を撮った。
川島は川原井が驚愕している理由が分からずにいる。
説明されるまで、また無差別殺人が行われ、今度は公衆の面前に晒されたのだと思ったのだ。
「コウ、どうしたんだよ?」
コウ、と呼ぶのは久しぶりだった。
ほぼ慣れで呼んでしまったというのが正しい。
時が経ちすぎていて、口にしてから「あっ」と心の中で思う。
川原井と同期なだけあり、最初の頃の名残りがあったのだ。
あの頃はお互いにコウ、ケンというふうに呼びあっていた仲だった。
川原井が先に刑事になった時、あの忌々しい事件が起きたのを境に、話さなくなって以来だ。
「ケンは気がつかないのか?」
川原井は気にしていない様子だ。
当時のようにケンと呼ばれるのが嬉しかったが、それ以上に何に気がつけばいいのか分からなかった。
首を傾げると、それに答えるように川原井が言う。
「あの顔、どこか白鷺さんに似てないか?」
もう一度よく死体を見てみる。
人の顔を覚えることが苦手な川島だったが、言われてみれば、どことなく似ているかもしれないと思った。
もし、そうなのだとしたら、あの死体は白鷺礼司の娘である白鷺加奈子の死体なのではないのか?
川原井は先程、写真を撮り、礼司に送っていたのだ。
しばらくして、死体をどうにか地面に下ろすことができた。
死体は、縛られている訳でも、首を吊ったことによる損傷以外、目立った傷がないことで自殺だと判断がされた。
今まで通りなら、背中に刺し傷があってもおかしくはない。
だが、今回の死体は綺麗なままで死因はあくまでも首を吊ったことによるもの。
その後、死体を調べている間、ポケットからとあるものが出てきた。
警察官が慌てて川原井と川島の元にそれを持ってきたのだ。
なぜ、慌てているのか分からない。
スマホなんてごくありふれたもの。
ポケットから出てこようがなんら不思議はないのだ。
「このスマホがどうした?」
「カバーの後ろを見てください」
スマホは透明なカバーがかけられていた。
これもありふれたもの。
別に違和感を覚えはしなかった。
しかし、スマホの裏を見た時、違和感の正体に気がついたのだ。
よく、カバーの中にシールやカードを入れている若者を見かける。
その類のものがあった。
だが、単純なオシャレや自分のものだと示すためのものではなかったのだ。
明らかに警察へのメッセージが書かれたメモ帳の切れ端がスマホとカバーの間に挟まれていたのである。
「パスワード○○○○」
手袋越しにスマホの画面を操作し、ロック画面を開ける。
開かれた画面は真っ暗だった。
真っ黒の画面の真ん中に白い三角形が現れる。
スマホを開くと直ぐに、録画の画面になるようになっていたのだ。
犯人は自殺をする直前、録画を再生できる画面のまま画面を閉じ、ポケットに忍ばせておいた。
つまり、これは明らかに警察へのメッセージが記録されたもの。
「見ろ」とでも言ってるかのようなものだったのだ。
「川原井さん、これ」
「録画なら、あとからいつでも再生できる。
一応、聞いてみよう」
川島が再生ボタンを押す。
映し出されたのは、とあるアパートだった。
犯人はアパートに入る前から録画を開始していたらしい。
そのアパートに川島は見覚えがあった。
部屋の扉の前に着き、扉を開ける。
中には1人の男、男のすぐ横に横たわるバラバラの何か。
今度は逆に川原井が反応する。
中にいた男には見覚えしかなかったからだ。
『やっと来てくれた…これ、どうしよう?』
『これ、あなたがやったの?』
男は志村だった。
犯人は死体からも分かるように女性だ。
志村は撮影されていることには気がついていないらしい。
余程、相手にバレないように撮影をしていたようだ。
見るからに志村は焦っていた。
『あぁ、そうだよ。
僕がやった。でも、衝動的なんだ』
『私以外にも、女がいたんだ…』
『今はそんなことを言ってる場合じゃないんだ。
僕のことを愛してるなら助けてくれ。
バレたら、君とは二度と会えなくなる。それでもいいのか?』
『それは…嫌だよ』
『ならば、どうにかして罪を逃れなくちゃ』
『今思いついたから、上手くいくか分からないけど。
方法があるかも』
『なんだ?』
『私、あなたの為なら死んでもいい、どうなってもいいって言ったよね?』
『言ってくれたね』
『今が、その時みたい』
そこからの内容は耳を疑うものだった。
女は淡々と落ち着いた様子で語り始めたのだ。
計画、すなわち…
この事件の全容を。




